ツンツンな妹が実はデレデレだったって本当ですか?

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第6話 兄妹の会話

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『20分間、喧嘩をせずにお話ししてねっ』

 キャラクターが場の雰囲気にそぐわない、明るい声でそう告げる。

 ミッションの内容は、拍子抜けするほど簡単なものだった。

「な?」

 たった20分間話し合うだけ。今までこうして居るだけでもう10分近いのだから、その倍話せばいいだけなのだ。

 難しい事など何もない。

「とにかくさ。訳分かんないけど難しくはないんだからそんなに怖がる必要なんてないって」

 俺は脱力している蒼乃の手をゆっくり机に置くと、肩をポンポンと叩いて対面の席に戻った。

 スマホを見ると、画面上に残り19分と表示されている。どうやらご丁寧に時間の計測までしてくれるらしい。なんとも至れり尽くせりではあるが、監視されているようで気持ち悪くもある。

 それを言ってしまうと蒼乃が怖がるだろうから胸の奥にしまっておいた。

「さて、それじゃあ話すか。えっと……」

 改めて話をしようとして気付く。

 ぼたんなら特撮の話をすれば何時間だって話てられるだろうし、名取ならどんな話題ででも話していられる。でも、蒼乃は一体何を話せばいいのかまったく見当もつかなかった。

 好きな物は何だろうか。好きな色……も分からない。食べ物は昔は……なにが好きだったかも思い出せない。

 長い時間一緒の家で暮らしていたのに、俺は蒼乃の事を何も知らなかった。

「蒼乃って……」

 怒りっぽいよなと言おうとしてしまい、慌てて口を押さえる。そんな事を言ってしまえばまた喧嘩に発展しかねなかった。

「……そういえばさ、俺たちって昔はこんなに喧嘩しなかったよな」

 蒼乃はただ黙って俯いている。何を考えて居るのかは分からない。

「いつからだっけ、こんなに喧嘩するようになったの」

 記憶を掘り返してみても、怒っている蒼乃の顔しか思い出せない。でも確かに小さい頃は、蒼乃とよく一緒に遊んでいたように思う。

 いや、むしろ小さい頃はいつも一緒に居るぐらい仲良くて……。

「小学校に入ったぐらいはまだ仲良かったよな? となると10年前くらいか? 何があったっけ……」

 俺が一人で話し続けるだけで、蒼乃はずっと俯いていたが、一応話にはなっているはずだ。スマホを盗み見ると、残りは18分で一応大丈夫なようだが……この調子で残り18分は気が遠くなりそうだった。

「どうせ何も覚えてないでしょ」

 急に、蒼乃が口を開いたのだが、その口調は少しばかり棘があった。

 いつもならばここで「何だよ」とこちらも喧嘩腰で返すのだが、そんな事をしてしまえばミッションは失敗してしまう。一度しかチャンスがない、という訳ではなさそうだが、また始めからやり直しというのはさすがに気が滅入るため、俺はぐっと堪えて、

「まあ、そうだな」

 なんて言うに留めておいた。

「いつもそうだよね。私の事なんてどうでもいいんでしょ」

「そんな事はねえよ」

「嘘っ! だったら私の手を勝手に持って勝手に話を進めないでよ!」

 蒼乃はそれまで伏せていた顔を上げると今までと同じように俺を睨みつける。

 結局はこうなってしまうのだ。俺と蒼乃は仲が悪くて、それが普通になってしまっている。喧嘩するのが当たり前で、しないのが異常。

 俺は蒼乃の事なんか何も知らなくて、蒼乃も俺の事を知らない。そして二人共、知るつもりもない。

「それは……」

 蒼乃はだんだんと語気が荒く、感情的になり始めている。

 拙いなと思った俺はスマホに一瞬視線を走らせたが、予想通りというか当たり前というか、残り時間はリセットされてしまっていた。

「ほら、そうやって。あんな目に会いたくないから私を勝手に……! だいたいこんな風になったのはにいの責任でしょ! 私は巻き込まれただけなのっ! 私はこんな事したくないのっ! ほっといてよ!」

「ほっとくとかそういう問題じゃねえだろっ。二人じゃなきゃゲームクリアできねえんだから巻き込むもクソもねえよ」

「私は怖いのっ! なんで分かってくれないの!? 嫌なのっ! こんなゲームしたくないのっ! したくないのに無理やりさせないでよっ!」

「俺だってしたくねえよ、こんなのっ! でもしなきゃ仕方ねえだろっ!」

 いつもの言い合いが始まってしまう。もうこうなる運命だったのだ。俺と蒼乃は究極的なまでにそりが合わないし、絶対に仲良く……出来ない。

 そう思った瞬間、少しだけ胸がチクリと痛んだ。

「おかしいでしょっ! おかしいと思わないのっ!? 絶対変だよっ! なんで私達が喧嘩してるって分かるの? 見てよこのスマホ。残り時間がずっと20分で動かないの。私達を監視してるの? それとも盗聴? なにこれ! なんなの!?」

 もう蒼乃はパニックに陥っていた。涙をこぼしながら叫んで、喚き散らして、感情のままに暴れている。

 俺は蒼乃と仲が悪いけれど、だからといって蒼乃がどうなってもいいと思っているわけではない。家族として最低限の情は持ち合わせていた。だから……。

 俺は腹にぐっと力を入れて自分の感情を押し込めると、本当に、何年ぶりだろうかってぐらい久しぶりにお兄ちゃんに戻る。

「蒼乃。怖いのは、分かる。俺も怖い」

「……っ。簡単に言わないでよ」

 なんでお兄ちゃんに戻ろうと思ったのかは……蒼乃が久しぶりに俺の事を『にい』と呼んだから。

 いつもは、オイとかアンタと呼ばれるのに……。

 思わずそんな言葉が出てしまうほど、蒼乃は追い詰められているのだろう。

「無理にやったのは謝る。ごめん」

「あ、謝らないでよっ。どうせ兄もあんな不幸が来るのが怖いからでしょ?」

「それもあるけど、お前が怖がってるって分かってやれなかった事を悪いと思ってるのもホントだ」

「そう言ってたらクリアできるとか思って無理してるだけでしょ!? そういうとこ嫌い、大っ嫌い!!」

「…………蒼乃」

 俺はスマホを取ると、ゲームを終了させて電源も落とす。ついでに壁にかかっている時計も外して床に伏せておく。

「……なにしてるの?」

「これで時間は分からんだろ。ゲームとか関係なしに話を聞く。ついでにクリアとかするつもりないから、いくら怒鳴ってもいいぞ」

「嘘っ!」

「そう思ってもいいから、とりあえず話そうぜ。何時間でも付き合うから。ゲームとか関係ないってのは本気だ」

「そうやって結局ゲームの事しか頭にないじゃないっ」

「そう思われても仕方ないかもしれないが、それだけじゃない」

 それだけ言うと俺は冷蔵庫前に移動し、コップに並々とジュースを注いで食卓に戻って来た。

 そのコップを蒼乃の前へと無遠慮に置く。

「ほれ、飲め。叫んで喉乾いたろ」

「……炭酸はあんまり好きじゃない」

 一拍置いたからか、蒼乃はほんの少しトーンダウンしている様だった。目の前にあるコップを見つめて少し不満そうに拗ねる。

「そうか。じゃあどんなジュースの方が好きなんだ?」

「……ジュースより紅茶の方が好き」

「それは甘いのが苦手ってことか……ってそうか。お前はよっさんイカとか昔好きだったな」

「別に甘いのが苦手ってわけじゃないし。っていうか今でも好きだけど悪いのっ!?」

 多分今の怒鳴り声はアウトだろう。時間はリセットされたかもしれない。でも今の俺はそんな事さして気にならなかった。

「悪くは無いけどな。なんか、あんまり女の子っぽいイメージじゃないよな」

「それって悪いって言ってるのと同じでしょっ」

「なんでだ? お前はお前でいいんじゃね? んな事言ったらぼたんの趣味だって特撮で全然女の子らしくないぜ」

「それはそうだけど……」

「それから……」

 そんな風にして俺と蒼乃は、何年振りかに普通の兄妹に戻って、口喧嘩を交えつつ話したのだった。

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