異世界にスマホを持ち込んだら最強の魔術使いになれたんで、パーティーを追放された美少女と一緒に冒険することにしました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第85話 失いたくない、失いたくない、失いたくないっ

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「アウロラぁぁぁっ!!」

 俺は体を起こすと、そのままアウロラに駆け寄り、彼女の体を抱える様にかき抱く。

 アウロラの額には虹の魔石が張り付き、その周囲には植物が根を張っているかの様に血管が浮き出ている。間違いなくアウロラは魔王に取り憑かれていた。

 俺の腕から流れる血がアウロラの服を汚していくのを見たアウロラが、震える手で俺の腕を掴む。

「ナオ……ヤ。傷、死んじゃうよ……」

 アウロラはこんな時だというのに、俺の身を案じてくれていた。

 自分が自分でなくなる恐怖はどれほどのものだろうか。間違いなくアウロラの方が辛いはずなのに。

「自分の心配をしろよ」

 俺はアウロラの体をゆっくりと地面に横たえてからスマホを操作して、治療用の魔術式で最低限の血止めを行う。

 腕の肉がえぐれているせいか、右手の小指と薬指は動かないままだったが、まだ三本は動くのだから問題はない。その手を額の魔石へと伸ばして――。

「いけませんっ!!」

 大きな黒いうろにも見える、泥の塊を魔法で抑えながら、ヴァイダが鋭い警告を飛ばしてくる。

「触れた場所から浸食してくるのですよ!? ナオヤ様が乗っ取られてしまうかもしれません」

「…………」

 一瞬その意味を考えてから、俺は止めていた手を再度動かす。

「アウロラが助かるだろ。ならそれで――」

「だめ……」

「いけませんっ!」

 俺の手を、弱々しいアウロラの手が、ヴァイダの声が押し留める。

「あなたが奪われれば世界が滅ぶっ」

「そうだよ、ナオヤ。ナオヤは、人間なのに魔族や魔王を倒しちゃったんだよ?」

 二人の言いたいことは分かる。

 もし俺が乗っ取られてしまったらどうなるか。俺の知識を使って魔王が好き放題すれば、世界が終わってしまうということなのだろう。

 確かにそうだ。日本人の俺には教育として忌まわしいある兵器の存在が刻まれている。ある程度の理屈と、それに使われる物質の事も。

 その知識だけでは早々に再現することは不可能だろう。だが、電子、陽子、中性子の数が分かっているのだから、錬金術の様な事を魔法で引き起こせるこの世界ならばいずれたどり着くことも可能だろう。

 そうなれば、今アウロラが助かったとしても、いずれそう遠くないうちに死が待っている。

 分かっている、分かっていた。そんな事は理解しているのだ。

 それでも俺は、大切な彼女を助けたかった。

 冷静な自分が止めろと言い、情熱的な俺が彼女を救えとけしかける。

 二人の自分が俺の中で相争い……。

「とりあえず、直接触らない方法で取れないか試してみるからな」

 第三の道を探る事にした。

 アウロラのポーチを探り、ナイフを取り出す。

「俺を――」

「信じてる」

 言葉を奪われてしまったが悪い気はしない。

 俺はそのままナイフを魔石と皮膚の間に滑り込ませる。

 だが、完全に癒着しているのかビクともしなかった。

 少し強く力を籠めるが、全く剥がれる様子すらない。

「ヴァイダさん」

「無理ですっ」

 魔法でならば取れるかと思ったのだが、懸命に泥相手に格闘している最中だ。アウロラに余分な力を回す余裕はないだろう。

 皮膚を切り裂くしかないかと判断して、アウロラの額に刃を当てる。

「アウロラ。気をしっかり持ってくれ。絶対、絶対助けるから」

「……うん」

 俺の胸元にアウロラの手が添えられる。これからすることは拷問に近いのだから、拒絶しても当たり前なのに、彼女は素直に身を任せてくれた。

 俺は心の中で何度も謝りながら、ナイフに力を入れる。

「ぐぅっ」

 くぐもった声がアウロラの喉の奥から漏れ、しっかりと引き結ばれた唇からは血の気が引いていった。

 アウロラを傷つけたくなくて緩みそうになる手を叱りつけ、更に力を籠め、額の皮膚を剥ぎ取っていく。

 そうして半分くらいにまで差し掛かった瞬間。

 魔石から黒い体液の様なものがどろりとあふれ出し、意思を持つアメーバのように蠢くと、ナイフを巻き込みながらアウロラの額にへばりついていく。

 この黒い体液を、俺は見たことがあった。

 サラザールの体に流れていた物と全く同じものだ。

「てめぇ……」

 黒い液体はゴリゴリと音を立ててナイフの刃を喰らう。

 この手段では無理だった、なら――。

 俺は覚悟を決めると、スマホを弄ってブラスト・レイ――光線の魔術を選択する。頭を掠めるように放てばあるいはと思い、魔石に向けて手をかざす。

 もしかしたら魔術の制御をミスってアウロラを死なせてしまうかもしれない。まったく効果が無くて彼女を苦しめるだけかもしれない。そんな不安が俺を苛んでいくが、それを無理やり封じ込めると……。

≪ブラス――≫

『待て』

 地の底から響いてくる様な、野太く威圧感に満ちた声。間違いない、魔王のものだ。

『我に何かをすれば、この人間を殺す』

「……てっ……めえ……」

 それは魔王からの脅し。アウロラを人質にしたとの宣言だった。

「ふざけるな! お前を吹き飛ばせば終わりなんだよ、黙ってろ!」

『もう我の闇の一部がこの人間に入り込んだ。我の命一つで、この体を喰い破るぞ』

 魔王の言葉など聞いてはいけない。無視して魔術を叩き込め。

 そんな事分かっているのに、もしもが俺の中で渦巻いて邪魔をする。

「人間如きに人質を取るとか魔王としての誇りはねえのかよ!」

『敗者の泣き言にしか聞こえぬな。我はこのままこの体で復活を果たす。それだけだ』

 くそ……。挑発で奴をアウロラから引き離すことは無理だ。

 考えろ、何か手段があるはずだ。

 逆転の一手なんて都合のいいものは無いかもしれないが、それに迫るものを。

 俺の頭は高速で回転を始め、答えを求めて記憶の奥深くまで探っていく。

 何かないか、何か――。

「ヴァイダさん」

 ――あった。

「はい?」

「虹の魔石を一つ、持っていましたよね」

 息を飲む音が聞こえる。

 ヴァイダも俺の考えを察したのだろう。

 彼女の目の前には巨大な破壊の力――魔王そのものが作り出した、全てを飲み込む闇が存在する。

 そして、13個に分かたれた魔王の魂が二つ。

 一つはアウロラの額に。もう一つは、意思を失ってただの物になり果てている。

「魔王、取引だ。お前がアウロラの中から出てくれば、もう一つのお前の魂を破壊しない。だが出てこないというのならば、今すぐ破壊する」

 13個あるうちのたった一つでも失われてしまえば完全な形での復活は出来ないだろう。

 それは恐らく魔王も望まないはずだ。

「もし、出て来たのなら、お前もヴァイダさんが持っている魔石も、どちらともイリアスに渡す」

「ナオヤさんっ」

 ヴァイダからすれば、その提案は到底受け入れられないだろう。

 アウロラ一人の命を助けるために、魔王に自由を与えるのだから。

「ごめん、もう一度きちんと倒すから、ここは譲ってほしい」

「…………」

 ヴァイダは答えない。答えないが、それ以上何も言わないでいてくれた。

 ありがとうと心の中で伝えつつ、虹の魔石――魔王の本体へと選択を迫る。

 しかし――。

『――我が貴様と取引することはない』

 返って来た答えは絶望でしかなかった。

「お前は、自分の力を取り戻さなくていいのか!?」

『貴様が信用できぬ。約束を違えぬという保証がない。ならば、受け入れるわけにはいかぬ。力を失う事は痛いが、この場で我が復活すれば――』

「それはあまりにも器が小さすぎるのではありませんか、魔王様」

 涼やかな声が、俺と魔王の間に割って入った。
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