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しおりを挟む――お義兄さまに淫紋を刻んだ日に、授かった命。こうなることが、きっと運命だったんです。
羽鳥は十九歳で息子を産んだ。父親である若頭とは名字が異なるため、極道の関係者と悟られることもなく、未婚の母として病院で出産した。名前は羽鳥が勝手につけた。父親である紫雀の「紫」と、背中の刺青に名付けた「つばさくん」から「翼」という文字をあてはめて、「紫翼」。舞い降りた紫の翼を羽鳥は大切に育てている。
若頭は初孫が生まれたことに歓喜し、紫雀が出所するまではともに育てようと言ってくれたが、産後二ヶ月ほど暴力団事務所で暮らしていた羽鳥はこれ以上組の人間たちの世話になるわけにはいかないと同居を断り、事務所からすこしはなれたマンションで生活をはじめた。とはいえ実家から近いこともあり組員の姐さんが産後の手伝いに来たり、祖父である若頭が毎週のように孫の顔を見に来たりと、慌ただしく過ごすことの方が多かった。
それでも息子が寝静まった夜、ひとりになるとふと寂しさを感じてしまうことはあった。
淫紋認証が反応するのは、互いが欲情しているときか、相手に貞操の危機が迫っているときだけだ。羽鳥がひとり自慰をしたところで紫雀の淫紋は反応しない。いっそのこと組員の誰かに頼んで強姦未遂でもしてもらおうかと考えもしたが、素直に服役中の彼を困らせるのはよくないと虚しくなって諦めた。
けれど、待っていればこの淫紋はまた息を吹き返す。
彼が自分の目の前に戻ってくるその日まで――貞淑な妻であれ。
そして三年の月日が経った。
カレンダーに○印。ずっとお仕事に行っていたパパが帰ってくるんだよ、と紫翼に教えてあげた。三歳の息子は「ふーん」と不思議そうな顔をしていたけれど、母親が嬉しそうな顔をしているからか、パパと暮らす日が来るのをカウントダウンしてくれるようになった。にっしょに。
服役を仕事と言うのは違うかと思いつつも、三歳児に説明するのは難しいのでパパが戻ってきてから考えることにした。
出所まであと一週間! 待ちに待ったその日が近づいてくる。
今日は戻ってくる紫雀のために買い出しに行こうと若頭が娘と孫を誘ってきたのである。ただ単に父親は孫と遊びたいだけかもしれないけれど。
「じいじ! 来た!」
「こら、紫翼っ」
玄関チャイムが鳴ると同時に外へ飛び出した息子が迎えに来た男たちにあっさり捕まえられていた。いつものことである。
「元気な坊っちゃんだな。じいじなら外で待ってるぜ。尾長、この子を頼む」
「承知しました」
「ママぁ、しよくん先に尾長のおっちゃんとじいじのとこ行ってくるね!」
「はいはい……」
パタパタと忙しない足音が遠ざかり、玄関がしんと静まり返る。残された羽鳥がふと視線を前に向けると、一人だけサングラスをした黒服の男が玄関からはなれたすこし先で自分を待っていた。短くした黒髪から、ちらりと金茶色の輝きがのぞく。その煌めきに羽鳥は既視感を覚える。
――うそ。だって放免されるのは一週間後だ、って……
羽鳥の姿に気づいたのか、男はクスクス笑いながらサングラスを外す――その瞬間、羽鳥の下腹部が熱く疼く。三年近くうんともすんともしなかった淫紋認証が反応している。
間違いない、彼……紫雀だ。
「お義兄さま――!?」
「羽鳥、きれいになったな」
そのままきつく抱きしめられて、羽鳥もぎゅっと抱きつき返す。髪型や服装が変わっても、彼は変わってない。紫雀は羽鳥の顎を掬いとり、噛みつくような接吻をする。
「ンっ……」
離れていた期間を埋め戻すような、深くて甘いキスに、羽鳥はここが玄関の外だということも忘れて夢中になる。
貪るように舌を絡め、互いの唾液を交換すれば、発動を再開した淫紋がさらに熱く輝き、紫雀と羽鳥を燃え上がらせる。
「――ここじゃマズいな。部屋に戻ろう」
「ほんとうに、お義兄さま……?」
「ああ。詳しい話はあとだ。それに若頭ならとっくに尾長たちと合流して車出してるぜ。俺たちは残されたってわけ」
「え」
もしかしたら若頭ははじめから出所の日を一週間遅く羽鳥に教えたのではなかろうか。すべては彼女を驚かせ、喜ばせるため。
そしてマンションにふたりを置いていったのはきっと……
「淫紋が疼いて仕方ねぇ。とりあえず、ヤらせろ」
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