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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
禊で暴かれる身体 04
しおりを挟む岩波山の呪いは男児が生まれたことで落ち着いたと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。そのことに気づいた傑と綾音が彼女を迎賓館に匿い、自分を傍に置いたのだろうか……
四代目有弦が異能持ちの姫君を囲ったとされるのは傑が綾音との結婚を強行しようとしているからだろう。あろうことか愛息子は自分が宛がおうとした女に見向きもせず異能などという得体の知れないちからを持つ旧公家華族の麗しき令嬢を盗み出してきたのだから。息子にできて自分にできないわけがないと、きっとその程度のことで、彼は綾音の遠い親戚だという姫に目をつけ、奪ったに違いない。
――けれど、彼女の護衛をはじめて二日、それらしき追手の姿はない。
「もしや……棄てられたのか?」
傑への意趣返しに異能持ちの姫君を囲ったものの、思い通りにちからに肖ることができなかったからか。それとも自分たちの母親のように抱き殺しかねない状況に気づいて手を引いたのか。
どちらも資の想像でしかないから、まったく違う事情があるのかもしれない。けれど、姫が求めるように有弦の名を口にしていたこと、異母兄と綾音が彼女を匿うために軍にかけあってこのような舞台を整えたこと、あろうことか四代目有弦の罪の子である自分に彼女の護衛を任せたことが、資を落ち着かない気持ちにさせている。
――ひと夏の間と、彼女は言っていた。その夏が過ぎたら、どうなるのだろう。
来月には時宮家と岩波家の、綾音と傑の結納が行われる。親族一同が会する場に、姫も参加するために帝都入りしたと考える方が自然だが、一連の事象からそれだけではない何かがあると資は悟る。
まるで出口の見えない迷路だなと、資はため息をつく。
どっちにしろ、傑とは一度しっかり話し合う必要があるだろう。実家に戻るのは気が引けるが、父親と姫の関係も確かめたい。もし、岩波山の呪いに巻き込まれているのだとしたら、資の手で彼女を救いたい。
せめてひと夏などと言わないで、ずっと傍にいることを許してくれるのなら……そこまで考えて、資は愕然とする。
この気持ちはなんだ? 彼女はただの、護衛対象でしかないのに。
出逢って二日目にして、こんなにも自分の心を乱すなんて。
もしかしたら父親の女かもしれないというのに。
知りたい、ふれたい、自分のものにしたい……綾音を監視していたときには感じなかった狂おしいほどの想いを、彼女に抱いてしまうなんて。
「――落ち着け……俺が魔に魅入られてどうする」
邪念は任務に不要だ。
資は無表情に戻り、物音を立てないようにそうっと、彼女が眠る部屋から立ち去り、扉の前へと戻るのだった。
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