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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

黄昏時にはじまる魔薬の宴 02

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 尾久が感心したように空っぽになった湯呑を眺め、征比呂に視線を向ける。彼は嬉しそうにはなしをつづける。

「綾音嬢もこの薬茶を気に入ってらっしゃるんですよ。岩波山で取り扱ってもいいくらいだ、って」
「まあ」
「だけどこの薬茶は通常の茶とは違って薬の成分も含まれているので、残念ながらうちの店でしか扱えないのです」
「そうなのですか」
「薬の成分……とは?」

 訝しげな表情になる尾久の瞳がとろんとしている。音寧があれ? と首を傾げたその瞬間、カクッと尾久の頭が卓の上に落ちて動かなくなる。

「――千里さま? え?」
「この暑いなか水分補給もしないで歩き回っていただろうから、護衛さんはお疲れなのでしょう。この薬茶には催眠成分が含まれているんです」
「催、眠……?」

 征比呂は卓の上に突っ伏してしまった尾久の前から薬茶を取り上げ、「一息に飲まれたから、薬効も一気に現れただけですよ。半刻くらいですっきり目が覚めますのでそのまま休ませてあげてください」とにこやかに告げる。けれども音寧は不安で仕方がない。こんなところで尾久がぐっすり眠り込んでしまうなんて……
 けれども音寧も遅れて眠気が訪れて、瞼が急激に重たくなる。どうして? 魔の気配なんかどこにもないのに……?

「どう、して?」
「軍に魔薬の存在を気づかれてはいけませんからね。薬茶のなかにもともと入っている催眠成分を上乗せしたんです」
「魔薬……?」
「貴女の薬茶にも同じ分量の催眠薬を盛りました。こちらは魔薬ではない、ただの睡眠導入剤眠です」
「魔薬じゃ、ない?」
「ええ。取り締まりを強化している軍の人間に処方するのは危険ですから。つかうのは貴女だけにしますよ。ふふ、眠気に抗う顔も可愛らしいですね……先生が気に入られたのもわかる気がします」
「せん、せい?」
「はい。先生は――魔薬を流通させてくださった、命の恩人です」

 誰のことだろう、と音寧が疑問に思いながらすぅっと瞳を閉じて、眠りの世界へ入り込んだのを見届けて、征比呂はひとりごちる。

「これから貴女を特別に、魔薬の宴へとご招待しましょう。きっと素晴らしいひとときを過ごせますよ?」

 かつて傑の花嫁候補といわれた令嬢のように。魔薬漬けにされて肉体精神ともに快楽に溺れ乱れて赤き龍に殺されてしまえ。

 そして嘆き悲しむ綾音の顔を見たいのだと、征比呂は昏く嗤う――……
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