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壱 その五
しおりを挟む主を不在にした館に戻った静が見たのは、見知らぬ少女が縁側で寝転んでいる姿だった。
静になついている猫も、当然のようにその少女の傍で気持ちよさそうに眠っている。
「あら、早かったわね。もっと別れを惜しむかと思ったのに」
きょとん、とした表情の静を見て、少女はゆっくりと身体を起こし、にこりと微笑む。
「ようやくあなたに逢えた。義経は逢わせてくれそうにないしあなたはいつも侍女たちに囲まれてるしでなかなか機会がなかったんだもの、待ちわびちゃったわ」
「待たせた記憶、ないですけど?」
静も縁側に腰をかけ、妙に艶っぽい少女を真正面から見つめる。
凛とした表情は男の子と言っても通用しそうだけれど、長い黒髪とふくよかな胸、白くて細い腕がそれを裏切っている。それに、仕草のひとつひとつがまるで計算したかのように婀娜っぽい。だから静は目の前にいる人間が女性であることを認識する。それも、義経と深い仲である女性だと。
対する少女も、静と向き合い、しげしげと観察する。東国から嫁いできた好奇心旺盛な漆黒の双眸を持つ少女。小柄で華奢な身体つきは義経の好みには合わないが近い将来蛹が蝶へ姿を遂げるように化ける可能性がある。たしかに見た目は子どもだ。けれど、利発そうな瞳をしている。冷静に物事を見極めるだけの技量はあるようだ。現に静は義経の館に居座っている少女を目の当たりにして驚きはしていたものの、なぜここにいるのかについては既に頭の中で応えを導き出している。
「そうね。あたしが勝手に待ってただけ。あなたに興味があるの」
「義経さまの正室になったわたしに、興味があるんですね」
にこやかに棘を含む言動をする静を見て、少女は嬉しそうに頷く。
「妬いてるの?」
「妬いていらっしゃるのはそちらの方では?」
「おあいにくさま。あたしは義経がどの女と関係を持っても別に構わないの。あたしにとって義経は放っておけない男でしかないんだから。だから嫉妬なんてもってのほか。見当違いも甚だしいわ」
「……わたしの勝手な憶測です気にしないでください」
「気にするわよ。何、もしかしてあなたまだ義経に抱かれて……ゎっ」
突如、目前に剣先が迫り、少女は目を白黒させる。いきなり現れた銀色の鈍い輝きが、白熱しかけたふたりを目覚めさせるように動き、やがて縁側の床に突き刺さる。
ぎょっとして動けない少女と、呆れて口をぱくぱくしている静。その間に割り込んだのは、主に忠実に仕えるひとりの侍女。
「静さまを侮辱するものはこの浅葱が許しません、この不埒な女狐が!」
「あ、浅葱……」
義経を見送りに行く際、静に気をきかせてはなれて以来、御厨で作業をしていると思ったが……項垂れる静を見て、少女は納得したように頷く。彼女の名が自分と同じ「シズカ」であることと。
「あ、やっぱりまだなのね」
義経の妻という役割を未だ、果たしていないということを。
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