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最初で最後の命日
しおりを挟む「そういえば、茉莉花の遺言はあったかい?……ないと思うけど」
「日記はあったんです。でも、鍵が見つからなくて」
「今、持ってきているかい?」
「いえ。指輪は持ってきたんですけど」
残念そうに彼はうなだれる。
もう、飲み物は冷めてしまった。
それでも話は絶え間なく続く。
……チャリン。
どこからか金属が重なりあう音。
瀬尾数臣の左手に握られているのは小さな金属片。
「鍵だよ」
彼の広げた手の上には、金の塗装が剥げかけている可愛らしい鍵が乗っかっていた。
「……!」
「彼女は本当に面白い子だったよ。明日、死ぬからあげる、と言ってくれたのは、小さな金色の鍵。時間の経過と共に、その鍵の色は褪せていったが、ボクはずっと大切にしまっていたんだ」
……あたしは鍵を手にする。
チリン……
まるで鈴が奏でるように、鍵は鳴く。
「なんの鍵か? って聞いたら、彼女はクスクス笑って誤魔化したんだ。聞いても無駄だからボクは諦めて別の質問をしたんだ……これをどうすればいい?って」
彼女は死の直前に託した小さな鍵。
それこそがあたしが必要としていた日記帳の鍵だった。
「すると彼女の答えはこうだ。『いつか妹が彼方を訪ねてくる。その時が来るまで預かっていて』って」
「いつかあたしが……?」
そこまで彼女は考えていたの?
あたしが、彼女が死に至った経過を調べることを知って……?
「まさか三年もかかるとは思わなかったけどね」
瀬尾数臣の笑顔。
その、満足そうな顔が、茉莉花の笑顔に重なる。
―――ああ。
思わず涙腺が緩む。
彼女は、この人と一緒にいて幸せだったんだ―――……
遅くはない。
この鍵で、彼女の封印した思いを解放してやろう。
「芹夏ちゃん。あとは頼んだ」
日記帳の内容が、例え苦悩に満ちていたとしても、誰かを恨んでいたとしても、憎んでいたとしても、悲しんでいたとしても、それでも。
「……はい!」
あたしは開く。
あたしは見る。
彼女の綴った想いを。
思わず、一滴、ぽたり、涙が滲んだ。
幸い、誰もそんなあたしを見てなかった。
* * *
茉莉花の死んだ日まであと僅か。
終わってしまった夏休み。
楓はお土産に静岡茶を大量に持ってきた。
緑茶好きのあたしとしては嬉しいことだ。
「夏休み中に、なんかあったの?」
楓は熱でもあるんじゃないかと心配そうにあたしの顔を覗き込む。
確かに、思いがけない出来事があった。
もうすぐ、あたしは彼女の年齢を追い越してしまう。
これはしょうがないこと。
だけど。
「今度、薔薇の花、買いに行こう」
あたしは楓に言う。
彼女のように咲き誇っている薔薇の花をこれ以上枯らしたくないから。
彼女に捧げよう、薔薇の花束。
横浜駅の一角でひっそりしている石碑の前に、真っ赤な薔薇を。
彼女の白い墓石に映える赤い薔薇を。
夏が終わり、四季咲きの花は再び蕾を膨らませる。
あたしの突然の提案に、楓はキョトンとしている。
「もうすぐ命日でしょ」
耳打ちすると、楓は思い出したかのように何度も何度も頷く。
「そうだね。抱き抱えるほどの薔薇の花を持っていこう」
部屋には諫早のベランダで咲いていたダマスクローズの一輪挿しがある。
夏休みが終わるときに諫早に頼んで切ってもらったのだ。切ったばかりなので花は新鮮だ。
その花瓶の下には、瀬尾数臣から託された小さな鍵。
実はまだ、日記を開いていない。
このままあたしが見ていいのか、ここにきて不安になってしまった。
そのことを楓に言うと、楓はアッサリ提案してきた。
「お姉さんの命日に開ければ?」
それはいい考えだ。あたしは即座に首を縦に振る。
……という理由で今、鍵はおとなしくしている。
「もうすぐだね」
「……うん」
何が起こるというわけでもないけど、鼓動が上下する。
彼女の命日。
ただそれだけ。
なのに、緊張する。
これは姉と同い年になった十七歳のあたしにとって、最初で最後の、命日だから。
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