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弐
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しおりを挟む懐剣を持ってくればよかった。そうすればこの長い黒い髪をずったずたに切り落とせるのに。
「剃髪? 唯子までそんなことを気にするのか?」
「そ、そんなことって……!」
公暁のもとへ駆け込んできた唯子は真っ先に刃物を持ってこなかった事実を悔やんだ。昨日、ふたりで浜辺を歩いたときのような甘い雰囲気はどこにもなく、公暁はどこかよそよそしい。
ここが御所内の主屋……源氏が客人を迎えるための場所だからなのだろう。しかも鎌倉を滅ぼすと神託を受けた際に生まれた払暁の忌み姫が怒鳴りこんできたのだ、迷惑に思われるのも仕方がない。
だが、彼はなんとも思わないのだろうか? 十二歳で法名を受け僧侶になったというのに剃髪もせずいままで髪を野放しにしている姿は尋常ではない。唯子でなくても疑いたくなってしまう。
「まさか、公暁あなたほんとに将軍位を狙ってるんじゃ……」
声を落として呟けば、公暁は「黙れ」と唯子を凍てついた視線で制し、渋々口をひらく。
「唯子。そういう話はここでするべきじゃない。誰が聞いているかわからない。けど、誤解のないように言っておく。おれにその気は、ない」
「そ、そうよね……うん、それならいいの」
公暁から将軍位を望むつもりはないと宣言され、唯子はホッとしたように息をつく。
それを見て公暁はニヤリと笑い、唯子の手をそっと握る。
「じゃあ、おれの妻になってくれるか?」
「ぶ」
「それならいいの、って言ったよな? 唯子。おれは僧侶のまま一生を終えるつもりはないぞ? いつかは還俗してお前をおれの妻にするんだって、ずっと……五年前から思っていたんだ。お前は冗談でしょって取り合ってくれなかったが」
いつだって本気でお前のことを想っていると躊躇いもなく公暁は口にする。彼の汗ばんだ手が、唯子の手をきつく握って離さない。もう待てないと、身体ごと気持ちがぶつけられている。
「莫迦」
弱々しく反論しても、成長した彼に勝てるだけの体力もないから、結局彼に抑え込まれてしまう。
「ああ、莫迦だよ。おれは最初からお前しか見ていない」
だからこの五年間、必死になって耐えたのだと公暁は訴える。あのときはもう二度と戻れないと口にしてしまったけれど。生きていれば再び逢えることに気づいたから、信じて今日まで生きてきたのだと公暁は言う。
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