春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

文字の大きさ
21 / 37

+ 6 +

しおりを挟む
 そう言いながら、公暁のことを考える。唯子に恋焦がれている彼も、将軍には敵わない。唯子が実朝の側室になったと知れば、彼は諦めて、剃髪をしてくれるだろうか? それとも、自棄になって秘密を公に晒してしまうだろうか? ……けれど、彼ひとりが吠えたところで、このことを知る義村や政子が黙っていれば、たいした問題にはならないはずだ。義村は公暁と婚姻させることよりも、血縁の問題を無視してまで実朝の側室になるよう勧めていたし、政子も北条の暴走を止めるためなら近親婚のひとつやふたつ、あっさり黙認するのが目に見える。
 現に政子からいつ祝言を行うのかと三浦邸へ使者が送られてきたという。年内は難しいので年明けごろが望ましいと実朝側が応えていることから、婚儀は実朝が京都から戻ってからというはなしに落ち着いているようだ。もはや唯子が反論する余地は与えられていない。

「……何も問題ないわ」

 乾いた笑みを引きはがすように、唯子は眉子へ向けて、低い声で呟く。

「では、京都行きの件も、すでに承知されているのですね」
「いつ発たれるかは、まだわからないけれど」

 これから実朝はしばらく京都に滞在して朝廷へ赴くと聞いた。彼とともに来るよう懇願された唯子もしばらく鎌倉の土地を離れることになる。鎌倉から自分が姿を消せば、公暁も正気に戻って鶴岡八幡宮の別当として落ち着くはずだ。幼いころの初恋を引きずる彼を目覚めさせるためにも、唯子が実朝についていく姿を見せつけてやればいい。

「しばらくって言っても婚儀のことを踏まえると年内には戻るみたいだから、そのあいだ、眉子はゆっくりしているといいわ。あなたも鎌倉どののところへ移るのでしょう?」

 唯子の言葉に、なにをおっしゃいます、と眉子は力強く宣言する。

「この眉子、唯子さまのためでしたら、鎌倉から離れた京都でも、お供しますわ!」

 秋のみやこは紅葉が綺麗なんですよ、と心躍らせている眉子を見て、唯子は思わずくすりと笑ってしまう。彼女が持つおおらかさに、唯子は救われた気持ちになる。

「そうね、赤や黄色の紅葉……綺麗でしょうね」

 実朝は京都の美しい景色を見て、和歌を詠むだろう、そこまで想像して、唯子は微笑む。
 唯子の心からの微笑に、眉子も嬉しそうに頬を緩め、頷く。

「きっと、京で婚礼衣装も見に行くんでしょうね。唯子さまに似合う装束をこの眉子、必ずや探し出しますわ!」

 不謹慎かもしれないが、愛しいひととの婚前旅行だと思えばいい。唯子は深く考え込むのをやめて、まだ見ぬ秋の京都へ想いを馳せることにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...