春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

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   * * *


 三浦邸へ戻った唯子は屋敷の前に積み上げられた荷物を見て唖然とする。殆どが自分のものだ。室にあったはずの長櫃までもが当然のように出されている。
 何も言えずに立ちつくす唯子を見て、眉子が滑らかな口調で告げる。

「さきほど将軍家の使者が義村さまのところへ赴きになられて、唯子さまを側室に望みたいとの要請がありました。義村さまは喜んで即座にこれを受け入れ、屋敷にある唯子さまの荷物すべてを鎌倉どののところへ運び込むよう命じられたというわけです」
「……そう」

 すこし考えさせて、と言ったのに。
 不安そうな表情の唯子を見て、眉子は不思議そうに首を傾げている。三年前から密かに想っていた彼がついに求婚してきて、義村からも許しが出ているというのに、なぜこんなにも反応が乏しいのかと思っているのがうかがえる。

「おいや、なのですか?」

 もしかしたら、乳兄妹の関係にある公暁のことを引きずっているのかもしれない。それゆえ、現実味の薄いいまの状況が、理解できていないのではないかと、眉子は不安そうに言葉を紡ぐ。

 目の前で困り果てている眉子を見て、唯子はハッと我に却る。そして、ぶんと首を振ってから、静かに笑う。

「まさか。嬉しくないわけないじゃない」

 ずっとこのままでいられればよかった。それ以上は望まなかった。けれど、彼が求めてきた。自分を血の繋がった姪であることを知らないまま。

 ――わたしはどこまで彼を欺くことになるのだろう。

 秘密を共有し兄のように慕っていた公暁とは違い、彼に自分の秘密を伝えることはけしてできない。
 けれどもう、唯子に逃げ場はない。公暁が唯子を妻にするために還俗すれば、北条が彼を抹殺しようと動くだろう。それに、いくら唯子が恋しいと公暁が狂おしいまでに求めてきたあのときも、心の片隅で実朝を想っていたことに変わりはない。

 ――美しい紅緋牡丹の容貌かんばせのひと。

 神を欺くだけでは飽き足らず、自分は愛するひとまでも欺かなくてはならないのだろう。それが宿命さだめならば、もはや唯子は行けるところまで嘘を貫き通すしかないのだ。

「それに、眉子だってわかっているのでしょう? 将軍さまの命令には、誰も逆らえないのよ?」
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