春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

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「愚かでしょう? ぼくは生殖機能を持たない同性の若い男の子か、結ばれることを禁じられた血の繋がった女にしか、欲情できないのですから」

 実朝の性癖が、本能的に唯子を選んだのだと、ここにきて泉次郎は痛感する。
 十三歳で兄を失い将軍となった実朝。彼が和歌や蹴鞠、男色の世界にのめりこんだのは北条氏の傀儡を演じるための手段として有効だった。だが、その歪な青春時代が、彼から女性を遠ざけていたのも事実だ。そのうえ、十七歳で疱瘡に罹ったことで、彼は必要以上に他者と触れ合うことを拒むようになってしまった。妻の信子が衣被きを渡してくれなければ、彼は室に閉じこもったまま、政治を投げ出し、母政子や北条氏に見限られ兄のように暗殺されていたかもしれない。

 ただ、彼は兄頼家と違い、独裁に走ることだけはせず、あくまで執権に従う形で政治に関わりつづけていた。それゆえ、疱瘡で顔に醜い痕を残してからも、鎌倉どのとして、この地を統治しつづけている。
 だが、彼が独断で唯子を連れて京都の朝廷に赴き、武家にいながら右大臣の地位を賜ったことから、北条氏も彼がもはやただの傀儡人形でないと悟っている。

 そして公暁の暴発で、運命の歯車はついに廻りだす。何も知らないと思われていた実朝は、北条氏に裏切られ、自分の偽りの甥によって殺されようとしているのだ。
 ずっと見ていた泉次郎は、この先も見ていることしかできない。神を欺き、愛するひとを欺き、その結果、暁の姫君は望まぬまま鎌倉を滅ぼそうとしている。だというのに渦中にいる実朝は、そのことを知っていながら、平然とした顔をしている。

「――なぜ」

 このままでは殺されてしまいますという泉次郎の言葉も、実朝は何食わぬ表情で受け入れている。

「ぼくもまた、神に背いて彼女に恋焦がれてしまった罰あたりに違いないですから」

 だから神は自分の顔に、かような牡丹を咲かせたのだと、実朝は微笑する。
 唯子は知らないだろう、三浦家の姫君という立場を演じることに精一杯で、ずっと公暁以外の異性……しかも血の繋がった叔父にも、興味を抱かれていたことを。
 疱瘡に罹ったことで、その禁断の想いが神に知られ罰せられたのだと痛感した。けれどそれゆえに彼は、もっと彼女を知りたいと、想いを募らせるようになっていく。
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