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 翌二十七日、夕刻。参道には冷たい雪がいまもしんしんと降り積もっている。間もなく鶴岡八幡宮での参拝を終え、この石段を下りてくるであろう実朝を、公暁と唯子は大きな銀杏の樹の陰で、じっと待つ。

「ほんとうにいいのか」
「おかしなことを言うのね。彼は親の仇なんでしょう? そんなひとと一緒になんかいられないわ」

 自分と同じ法師の恰好になった唯子を見て、公暁は危険だと反対したが、泉次郎からすべてを知ってしまったのだと理由を告げ、親の仇を討つのだと強く訴えた唯子を、公暁は最終的に受け入れた。そうだ、彼は唯子の親の仇なのだ、子が仇討をして何が悪い。実朝殺害を終え、真実将軍になれば、誰も自分に文句は言えまい。
 一方で唯子もまた、久々に剣を持つことに興奮している。信子には一緒に行けないと詫び、後のことは眉子に託した。あとは泉次郎の計画通りにことを行うだけだ。
 さざ波のように薄暗い境内にひとの声が拡がってきた。参拝が終わったのだろう。

「来る」

 ひとつひとつ石段を下り、公卿たちの一行が近づいてくる。烏羽色の夕闇と白菫色の雪のせいで視界は良いとは言えないが、その背後から将軍の姿は確認できる。

 公式の場ということもあり、衣被きを外している実朝の姿はいい意味でも悪い意味でもよく目立っている。
 これから唯子は人殺しを行うのだ。捻じ曲げられた神託を元へ戻すため。命を散らす覚悟をした彼のため……そして愛すべき彼を護るため。

 いまだけ、唯子は源公暁になる。


「行くぞ」


 公暁――義唯の声とともに。



「親の仇はかく討つぞ!」



 唯子――公暁は、いま高らかに声をあげる。
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