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 彼女がけして放さなかった首が、雪の上へぽとりと落ちる。頭巾に丁寧に包まれていた首が晒され、紅緋牡丹の花が、公暁を睨みつけている。その先には追っ手であろう男たち。

「……え?」

 違和感が公暁を襲う。けれど、考える間もなく公暁の首には、血を吸った刀剣が、背後から叩きこまれていた。


「わたしは、まだ死ねないの」


 唯子の両手が血で濡れている。雪肌を染める紅緋色の美しい、生温かい液体だ。それが自分のものだと知って、公暁はああ、斬られたのだと、漠然と理解する。あの首は、実朝ではない。だから、唯子はまだ諦めていない。そうか。そうだったのか。


「暁……お前は、まだ、欺くんだ、な」


 神を。
 最期に甘く囁かれた言葉に、唯子はうん、と泣きそうな表情で頷き、雪の上へ刀剣を投げ捨てる。
 その場へ公暁が崩れ落ちたのと同時に、唯子へ向けて、声がかかる。


「――姫、ご無事でしょうか!」


 三浦家の老臣、長尾だ。彼は唯子が公暁だと知らない。唯子は結婚前に愛する人を殺され公暁に連れ去られた可哀想な少女でしかない。躊躇うことなく唯子は転がった首を衣に隠し、涙をぬぐいながらしっかりと頷く。

 それは生前公暁が太陽のようだと崇めた、誰をも魅了する凛とした姿だった。


「わたしは無事です。でも、公暁が……!」


 月を殺して血にまみれた太陽は、そしてまたひとつふたつと嘘を重ねていく。
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