白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~

ささゆき細雪

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白鳥とアプリコット・ムーン 本編

ローザベルとウィルバーと結婚初夜

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 ローザベルがいまの状況で“稀なる石”をつかわずに扱える古代魔術は二種類ある……目眩ましに似た幻覚を見せる術と、通称星詠みとして知られる夢占ゆめうらの術だ。
 だが、スワンレイク王家が欲していたのはその星詠みの延長線上にある予言……未来視のちからだった。

「この娘がのぞけるのはだけです」

 ウィルバーとの婚約から七年、いよいよ翌年に結婚式を挙げる、というところでローザベルの両親は念を押すようにスワンレイク王へ告げたが、アイカラスはそれでも構わないと鷹揚に頷いた。
 もし、完璧な予知夢や未来視のちからを持っていたら、ローザベルはウィルバーではない、王本人やちゃんとした皇太子に嫁がされていた可能性もあったのかもしれない……婚約の経緯をくわしく知らないローザベルはこのときようやく両親から国王が自分をウィルバーの花嫁に迎えると言われて安堵したのだ。十歳のときに一度だけ顔をあわせた、空色の瞳の少年と一緒になれることに。

 ローザベルは結婚寸前まで古代魔術の勉強を怠らなかった。知識を身につけ培ったことで初代国王だけが仕えさせた宮廷魔術師と呼ばれた曾祖母に近づくことはできたが、魔法を実践するとなるとやはり完璧な未来を予知することは叶わなかった。
 それでも王家にゆかりある人間に彼女を嫁がせたことで、アイカラスは体裁をととのえ、古代魔術の継承者を手の届く範囲に置いたのだ。ローザベルが“稀なる石”をつかえばさらに上位の魔法を扱えると悟って。

 失われつつある古代魔術のちからを留めようと必死になるアイカラスは何を恐れているのだろう。ウィルバーは彼を心の底から信頼しているようだが、ローザベルは曾祖母の警告のせいか、つい穿った見方をしていた。

 そしてその疑惑は結婚初夜の床でさらに膨れ上がって――……


   * * *


 高度な上位魔法をつかうには“愛”がなくてはならない。その愛は恋愛に非ずとアイーダは言い残した。
 けれども不特定多数の人間や国家への“愛”を歌ったところで“稀なる石”は応えてくれない、とも。
 既に未亡人だったアイーダは愛を捧げる対象が不在だった。そこへ颯爽と現れたのがマーマデューク・スワンレイクだ。彼はスワンレイク王国を建立した初代国王として星詠みのちからを持つアイーダを重用した。彼女は“敬愛”で応え、国家の礎の建設に協力、彼の地位を不動のものとする。

 当時のローザベルは八歳になったばかりだった。マーマデュークがノーザンクロスの一族をはじめとしたラーウスの先住民族との融合を提案したことで一部の人間からは反対の声もあった。なかでもノーザンクロスの分家筋にあたるコルブスの一族がこれを機に絶縁したのはローザベルの記憶にも残っている。
 けれど、最長老のアイーダがマーマデュークへ“愛”を捧げたことで、彼らは黙らざるをえなくなる。
 彼女が扱う魔法のちからはそれだけおおきく、敵対でもしようものなら、存在を消されかねなかったからだ。

 だが、最強の古代魔術師、アイーダ・ノーザンクロスと初代スワンレイク国王マーマデュークの蜜月はわずか二年で終了した。ローザベルとウィルバーの婚約が決まった、わずか一ヶ月後だった。
 なぜなら、マーマデュークが志半ばでこの世を去ってしまったから――……
 彼の死は病死とされているが、“愛”を失ったアイーダが魔法を扱えなくなったため真相は闇のなかだ。

 すぐさま、マーマデュークの息子であるアイカラスが二代目国王として戴冠した。彼もまた、アイーダの“愛”を欲したが、年老いた彼女は隠居を宣言、ローザベルの両親がノーザンクロス一族の長老となるも、アイカラスは彼らと“愛”を交わすことなく、今日までのらりくらりと玉座に座っている。

 マーマデュークによってウィルバーとの婚約を整えられていたにも関わらず、当初彼はアイーダの後継と目されたローザベルを妃にと考えていたらしい。いくら王として即位されたとはいえ彼女を道具のように渡すことはできない、亡きマーマデュークの意に反するものだとアイーダは拒絶。結局その話は流れ、ウィルバーとの婚約が続行するわけだが、ローザベル本人はアイカラスからの打診を耳にすることはなかった。

 こうして、一族のために王弟の息子と政略結婚をするのだと、十歳の誕生日に顔をあわせ、病床にいたマーマデュークに告げられたローザベルは、アイーダが天寿を全うした翌年、十八歳の春にウィルバーのもとへと嫁ぐ。

 あのときの栗色の髪に空色の瞳はそのまま、けれども身長が伸びて精悍さが加わったウィルバーは好青年へと成長していた。
 ローザベルも少女から大人の女性へと変わりつつあった。十歳のときは短かった黒髪も腰まで伸び、胸やお尻も女性特有のまるみを帯びている。
 八年前から変わらない神秘的な翡翠色の双眸を見たウィルバーは「こんなきれいな君を花嫁に迎えられるなんて俺は幸せ者だ」と言ってローザベルを喜ばせてくれた。

 お互い、十歳のときにすこし話をしただけだったから緊張もしていた。
 けれど、王国の重鎮を前に粛々と執り行われた結婚式を終え、侍女たちに身体を磨かれ、用意された部屋へ入った頃にはローザベルは覚悟を決めていた。
 その一方、ウィルバーは緊張していた。はじめて顔をあわせた十歳のときのように。

「ノーザンクロスの姫君、ろ、ローザベル……だ、だいじょうぶかい?」
「初夜の作法でしたら、男のひとに任せておけば問題ないと……」
「――ソ、ソウデスヨネ」
「それに、媚薬効果のある香油を塗っていただいたのですでに身体が熱いのです。ウィルバーさま、どうかわたしを抱いてくださいませ」
「……は、花嫁にそのような言葉を言わせてしまうとは、な、なんということ」

 白い花嫁装束から果敢無げな夜着一枚へ着替えさせられたローザベルはすでに肌を火照らせ、ウィルバーの前に立っている。このまま花びらが散らされた寝台の上へ押し倒して行為に突入すれば初夜の儀式などすぐに終わると楽観していたローザベルだったが、ウィルバーは美しいローザベルを前に硬直しているようだ。だからといって彼の分身が不能に陥っているというわけではなさそうで、脚衣からのぞくそれは痛そうなほど勃ちあがっている。
 ローザベルの困惑する表情を見て、ウィルバーがやっとのことで言葉を発する。

「すまない。ずっと君のことを想っていたから……ノーザンクロスのお姫様。可愛い女の子が女神になって俺の花嫁になるなんて信じられなくて……」

 おどおどした表情で滔々と紡がれたのは、思いがけない彼の想い。

「だけど結婚式して、いま、ここにいるから……傷つけたくない、大切にしたいって思ったらなにもできなくなっちゃって……」
「なにもしてくださらないほうが傷つきます」
「……うん。俺たちは夫婦になったんだものな」

 優しくするから。
 そう言って、覚悟を決めたウィルバーにそうっと、啄むような口づけをされて。
 ローザベルは火照った身体に、焔をともされた。


 ちゅく、ちゅくと軽やかな音を立てながら、柔らかな唇を食んで、ローザベルは甘い吐息を漏らす。侍女によって塗られた香油の効果は絶大で、すでにキスだけでまだふれられていない左右の乳首が夜着ごしに透けて勃っているのが見えた。卑猥に思われないだろうかと危惧するローザベルをよそに、ウィルバーは彼女の夜着のリボンをほどいていく。
 真っ白な絹とレースとリボンが使われた夜着は、この日のために王家が準備してくれたもの。さらりとした絹に身体を包まれていたローザベルの夜着のしたは当然裸だ。

「俺に見せて。君のすべてを」

 しゅるり。リボンで留められていた胸元が、彼の手によって空気に晒される。ふるん。と揺れる小振りだがかたちのよい乳房を前に、ウィルバーが嬉しそうに微笑む。

「きれいだ」
「んっ……ウィル、バーさま……」

 ちゅう。唇にしたように、左の乳首にキスされる。それだけで脳裡に閃光が迸る。

「はぁぁんっ……」
「よかった、きもちいいんだね、ローザベル」
「ローザ、で、かまいませ……んっ」
「ローザ。俺だけのローザ。かわいいよ。もっと俺の手できもちよくなって?」
「はぅん」

 胸へのキスを何度も繰り返されて、あたまのなかがどろどろに蕩けていく。そうしている間にも彼の手はローザベルの身体のあちこちを探検していて、いつしかはだけた夜着も寝台の下へと投げ出され、素っ裸に剥かれてしまった。
 胸だけで絶頂を迎えそうなローザベルに、ウィルバーがイタズラっぽく笑う。

「媚薬効果のある香油のおかげだろうけど、とてもいやらしいな……もう、したの方も濡れているね」
「ぁ……やだっ」
「抱いてくださいっておねだりしたのはそっちだよ? ローザ……ふふっ、君のここ、きれいな色をしている……まるで王城に咲く薔薇の花みたい」

 淡いピンク色だけど、さわったら赤く染まるのかな……そう呟きながら指でふにふにと秘芽を摘まめば、びっくん、とローザベルの身体が跳ねる。秘芽を捏ねられ、蜜口を拡張され、蜜襞を指の関節で擦られ、襲いかかる快楽の波に嬌声をあげて震える彼女の耳元で、ウィルバーはひたすらに愛を囁く。

「かわいい。こんな風に反応されたら、毎日だってふれていたくなる。八年前からずっと愛してたよ。ようやく俺のもとに来たね……ローザ」
「んっ……ぁぁ、ソコ、だめぇ――!」
「イっていいよ。俺の愛撫で、おかしくなって」
「――っっく……!」
「ローザ。愛してるよ。イったら、君のナカに挿入いれるから……ひとつになろう?」
「は、はいっ……!」

 そのまま絶頂に身体を震わせ、キスをねだった妻を見て、夫もまた、裸になって肌を重ねる。指よりも太くて熱い楔が押し込まれ、痛みに顔をしかめるローザベルだったが、奥深くまで入り込むとその痛みは薄らいだ。

「だいじょうぶ? 痛くない?」
「さいしょだけ……いまは大丈夫です」
「無理するな、よ?」
「してませんってば」

 香油の効果もあって、破瓜の痛みは一瞬だった。ローザベルはふぅと息をついて、夫へキスを贈る。
 不器用ながらもひとつになったふたりは、照れ笑いをしながら、きゅっ、と抱きしめ合う。

「……動くよ」
「はい……んっ……あっ、あんっ」

 ゆるやかに動き出した腰だったが、結合したままの状態で揺さぶられて、ローザベルは甘い声で啼きつづけてしまう。自分でも聞いたことのない声に戸惑いながらも、じわじわと内側から生まれる心地よさに浸食され、ウィルバーの肩に爪を立てながら、彼とともに達していた。

「ローザ、ローザベル、愛してる、愛してる……いくよ!」
「あっ、いっ、くっ……ぁあああんっ――!」

 その瞬間。
 浮遊感とともに一時的に意識を途切れさせたローザベルは、不確定な未来を、のだ。





 ――王を殺して処刑される、未来の夫の姿を。
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