婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌

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 王都中央大聖堂。

 高くそびえる天井に、白銀の光が淡く反射している。
 祈りの場として設計されたその空間は、いつもなら静謐と安らぎに満ちているはずだった。

 ――だが、今日は違った。

「……聖女様」
「もう一度、結界の強化を……」

 縋るような声に、聖女リリアはゆっくりと振り返った。

 白を基調とした聖衣。
 柔らかく整えられた金髪。
 慈愛に満ちた微笑。

 その姿は、変わらない。

「大丈夫です」
「神は、私たちを見放したりはしません」

 そう答えながら、胸の奥で、かすかな焦りが広がっていくのを、彼女自身が一番よく分かっていた。

 ――おかしい。

 祈りは、捧げている。
 魔力も、注いでいる。

 それなのに。

「……光が、弱い」

 大司祭が、ぽつりと呟いた。

 祭壇中央に展開された結界補助陣は、確かに作動している。
 だが、かつてのような安定感がない。
 光は揺らぎ、まるで“何かが欠けている”かのようだった。

「聖女様」
 大司祭が、慎重に言葉を選ぶ。
「一時的に、別の補助方法を――」

「必要ありません」

 リリアは、即座に言った。

「私がいます」
「私が、王都を守ります」

 その声は、少しだけ強すぎた。

 周囲の神官たちが、視線を交わす。
 誰も口には出さない。
 だが、疑念は確実に芽生えていた。

 ――本当に、それだけで足りるのか?

 祈りの後。

 控え室に戻ったリリアは、扉を閉めるなり、椅子に腰を下ろした。

「……どうして」

 震える指先を、ぎゅっと握りしめる。

「私は、聖女なのに」

 魔力は、確かに強い。
 祈りに応じて、神聖魔法も発動する。

 それでも。

 王都全体を包み込むような、あの“安定”が、どこにもない。

 脳裏を、よぎる名前。

 ――エリシア・フォン・リーネ。

 追放された、元婚約者。
 地味で、目立たず、評価も低かった令嬢。

「……違う」

 リリアは、首を振る。

「私は、選ばれた存在」
「あの人は、ただの補佐役だった」

 そう、聞かされてきた。
 そう、信じてきた。

 だが。

 ――なぜ、彼女がいなくなった途端、すべてが噛み合わなくなったのか。

 その夜。

 王都外縁部で、小規模な魔獣の侵入が発生した。

 即座に騎士団が対応し、被害は最小限に抑えられた。
 だが、問題はそこではない。

「結界が、反応していませんでした」

 報告を受けた大司祭の顔色が、変わる。

「……聖女様の祈りは?」

「確かに、届いていました」
「ですが……侵入を“防ぐ”力ではなく」
「侵入後の被害を“抑える”だけの作用しか……」

 沈黙。

 それは、決定的だった。

 リリアは、その報告を聞き、立ち尽くした。

「そんな……」

 唇が、かすかに震える。

 彼女は、初めて気づき始めていた。

 エリシアは、“魔力の源”ではなかった。
 “奇跡を起こす存在”でもない。

 ――けれど。

 世界の歪みを、毎日、黙々と整え続ける存在だったのだ。

「……私には」
 リリアは、呟く。
「それが、できない……?」

 答えは、返ってこない。

 王都の夜空に浮かぶ結界は、今日も辛うじて保たれている。
 だがそれは、いつ崩れてもおかしくない、綱渡りの光だった。

 そして、王都の誰もが、薄々理解し始めていた。

 ――本当に必要だったのは、誰だったのか。

 一方、その頃。

 辺境ルーンフェルトでは、結界が静かに、安定して回っていた。

 誰にも崇められず、
 誰にも祈られず。

 ただ、“正しく在るべき形”で。

 それこそが、
 エリシア・フォン・リーネの力だった。
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