婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌

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 王都中央大聖堂の地下。

 そこは、本来、立ち入りを許されない場所だった。

 神代の遺構。
 王国創設以前から存在するとされる、禁忌指定区域。

「……本当に、ここまで必要なのでしょうか」

 震える声で問いかけたのは、若い神官だった。

 彼の前を歩く聖女リリアは、足を止めない。

「必要です」
「いえ――必要“だった”のです」

 松明の灯りが、石壁に揺れる。
 古い魔法陣が、床一面に刻まれていた。

 それは、“世界を支えるための術式”ではない。

 世界を、無理やりねじ伏せるためのものだった。

「この儀式は……」
 神官の声が、かすれる。
「本来、王国滅亡級の危機でのみ使用されると――」

「王都は、すでに危機に瀕しています」

 リリアは、きっぱりと言った。

「結界は不安定」
「民は不安に怯え」
「王家の威信は、地に落ちている」

 彼女は、振り返る。

「……それを、誰が支えるのですか?」

 答えられない神官を残し、リリアは祭壇の前に立った。

 中央に据えられた水晶柱。
 そこに封じられているのは、王国の結界核の“代替制御権”。

 本来、この制御権は、長年にわたり“調整者”として働いてきた者にしか反応しない。

 ――エリシア・フォン・リーネ。

 だが、彼女はいない。

「……なら」

 リリアは、胸に手を当てる。

「私が、代わりになります」

 大司祭が、遅れて地下へ降りてきた。

「聖女様、待ってください!」
「その術は――あなたの身を、削ります!」

「構いません」

 リリアの声は、驚くほど落ち着いていた。

「聖女とは、そういう存在でしょう?」

 彼女は、祈りの姿勢を取る。

 次の瞬間。

 水晶柱が、強く脈動した。

「……っ!」

 空気が、歪む。

 本来、滑らかに循環するはずの魔力が、荒々しく引き寄せられ、無理やり結界へと注ぎ込まれていく。

「や、やめてください!」
「結界は“保たれている”ように見えるだけです!」

 大司祭の叫びも、届かない。

「静かに」

 リリアの瞳が、淡く光る。

「今は、成功している」
「それで、十分です」

 王都の空。

 結界が、急激に輝きを取り戻した。

「結界、安定!」
「魔力反応、回復しています!」

 騎士団から、歓声が上がる。

 民もまた、安堵の声を漏らした。

 ――王都は、救われた。

 少なくとも、表面上は。

 地下祭壇。

 水晶柱の光が、徐々に濁り始めていた。

「……あれ?」

 神官が、異変に気づく。

 魔力の流れが、歪んでいる。
 まるで、“逃げ場を失った水”のように、内部で渦を巻いていた。

「聖女様……」
「結界が、“外”ではなく“内”を締め付けています……!」

「問題ありません」

 リリアは、ふらりと立ち上がった。

「守られているのなら」
「多少の歪みは、許容範囲です」

 だが、その足元が、ぐらりと揺れた。

「……っ」

 胸を押さえ、膝をつく。

 喉の奥から、込み上げるものを、無理やり飲み込む。

「聖女様!」

「大丈夫……です」

 リリアは、微笑もうとした。

 だが、その笑みは、どこかひび割れていた。

 彼女は、気づいていた。

 この術は、“調整”ではない。
 先延ばしだ。

 問題を、未来へ押し付ける行為。

 しかも――

(……戻れなくなる)

 この結界は、今や彼女の魔力に強く依存している。
 止めれば、一気に崩壊する。

 つまり。

 ――彼女自身が、檻になった。

 その夜。

 辺境ルーンフェルト。

 エリシアは、ふと手を止めた。

「……嫌な感じがしますね」

 結界盤の数値が、微かに乱れている。

「王都側ですか?」

 カイルの問いに、彼女は頷いた。

「ええ」
「“やってはいけない方法”を、選びました」

「止められますか?」

 エリシアは、少しだけ沈黙し、答えた。

「……止められます」
「ただし」

 視線を、遠くへ向ける。

「代償は、大きいでしょう」

 王都では、歓喜が渦巻いていた。

 聖女が、国を救った。
 奇跡が起きた。

 だが、その奇跡は――
 崩壊を、より確実なものにする選択だった。

 そして、その歪みが臨界点を迎える時。

 誰が、本当に“世界を支えていたのか”。

 否応なく、知らされることになる。
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