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王都中央大聖堂の地下。
そこは、本来、立ち入りを許されない場所だった。
神代の遺構。
王国創設以前から存在するとされる、禁忌指定区域。
「……本当に、ここまで必要なのでしょうか」
震える声で問いかけたのは、若い神官だった。
彼の前を歩く聖女リリアは、足を止めない。
「必要です」
「いえ――必要“だった”のです」
松明の灯りが、石壁に揺れる。
古い魔法陣が、床一面に刻まれていた。
それは、“世界を支えるための術式”ではない。
世界を、無理やりねじ伏せるためのものだった。
「この儀式は……」
神官の声が、かすれる。
「本来、王国滅亡級の危機でのみ使用されると――」
「王都は、すでに危機に瀕しています」
リリアは、きっぱりと言った。
「結界は不安定」
「民は不安に怯え」
「王家の威信は、地に落ちている」
彼女は、振り返る。
「……それを、誰が支えるのですか?」
答えられない神官を残し、リリアは祭壇の前に立った。
中央に据えられた水晶柱。
そこに封じられているのは、王国の結界核の“代替制御権”。
本来、この制御権は、長年にわたり“調整者”として働いてきた者にしか反応しない。
――エリシア・フォン・リーネ。
だが、彼女はいない。
「……なら」
リリアは、胸に手を当てる。
「私が、代わりになります」
大司祭が、遅れて地下へ降りてきた。
「聖女様、待ってください!」
「その術は――あなたの身を、削ります!」
「構いません」
リリアの声は、驚くほど落ち着いていた。
「聖女とは、そういう存在でしょう?」
彼女は、祈りの姿勢を取る。
次の瞬間。
水晶柱が、強く脈動した。
「……っ!」
空気が、歪む。
本来、滑らかに循環するはずの魔力が、荒々しく引き寄せられ、無理やり結界へと注ぎ込まれていく。
「や、やめてください!」
「結界は“保たれている”ように見えるだけです!」
大司祭の叫びも、届かない。
「静かに」
リリアの瞳が、淡く光る。
「今は、成功している」
「それで、十分です」
王都の空。
結界が、急激に輝きを取り戻した。
「結界、安定!」
「魔力反応、回復しています!」
騎士団から、歓声が上がる。
民もまた、安堵の声を漏らした。
――王都は、救われた。
少なくとも、表面上は。
地下祭壇。
水晶柱の光が、徐々に濁り始めていた。
「……あれ?」
神官が、異変に気づく。
魔力の流れが、歪んでいる。
まるで、“逃げ場を失った水”のように、内部で渦を巻いていた。
「聖女様……」
「結界が、“外”ではなく“内”を締め付けています……!」
「問題ありません」
リリアは、ふらりと立ち上がった。
「守られているのなら」
「多少の歪みは、許容範囲です」
だが、その足元が、ぐらりと揺れた。
「……っ」
胸を押さえ、膝をつく。
喉の奥から、込み上げるものを、無理やり飲み込む。
「聖女様!」
「大丈夫……です」
リリアは、微笑もうとした。
だが、その笑みは、どこかひび割れていた。
彼女は、気づいていた。
この術は、“調整”ではない。
先延ばしだ。
問題を、未来へ押し付ける行為。
しかも――
(……戻れなくなる)
この結界は、今や彼女の魔力に強く依存している。
止めれば、一気に崩壊する。
つまり。
――彼女自身が、檻になった。
その夜。
辺境ルーンフェルト。
エリシアは、ふと手を止めた。
「……嫌な感じがしますね」
結界盤の数値が、微かに乱れている。
「王都側ですか?」
カイルの問いに、彼女は頷いた。
「ええ」
「“やってはいけない方法”を、選びました」
「止められますか?」
エリシアは、少しだけ沈黙し、答えた。
「……止められます」
「ただし」
視線を、遠くへ向ける。
「代償は、大きいでしょう」
王都では、歓喜が渦巻いていた。
聖女が、国を救った。
奇跡が起きた。
だが、その奇跡は――
崩壊を、より確実なものにする選択だった。
そして、その歪みが臨界点を迎える時。
誰が、本当に“世界を支えていたのか”。
否応なく、知らされることになる。
そこは、本来、立ち入りを許されない場所だった。
神代の遺構。
王国創設以前から存在するとされる、禁忌指定区域。
「……本当に、ここまで必要なのでしょうか」
震える声で問いかけたのは、若い神官だった。
彼の前を歩く聖女リリアは、足を止めない。
「必要です」
「いえ――必要“だった”のです」
松明の灯りが、石壁に揺れる。
古い魔法陣が、床一面に刻まれていた。
それは、“世界を支えるための術式”ではない。
世界を、無理やりねじ伏せるためのものだった。
「この儀式は……」
神官の声が、かすれる。
「本来、王国滅亡級の危機でのみ使用されると――」
「王都は、すでに危機に瀕しています」
リリアは、きっぱりと言った。
「結界は不安定」
「民は不安に怯え」
「王家の威信は、地に落ちている」
彼女は、振り返る。
「……それを、誰が支えるのですか?」
答えられない神官を残し、リリアは祭壇の前に立った。
中央に据えられた水晶柱。
そこに封じられているのは、王国の結界核の“代替制御権”。
本来、この制御権は、長年にわたり“調整者”として働いてきた者にしか反応しない。
――エリシア・フォン・リーネ。
だが、彼女はいない。
「……なら」
リリアは、胸に手を当てる。
「私が、代わりになります」
大司祭が、遅れて地下へ降りてきた。
「聖女様、待ってください!」
「その術は――あなたの身を、削ります!」
「構いません」
リリアの声は、驚くほど落ち着いていた。
「聖女とは、そういう存在でしょう?」
彼女は、祈りの姿勢を取る。
次の瞬間。
水晶柱が、強く脈動した。
「……っ!」
空気が、歪む。
本来、滑らかに循環するはずの魔力が、荒々しく引き寄せられ、無理やり結界へと注ぎ込まれていく。
「や、やめてください!」
「結界は“保たれている”ように見えるだけです!」
大司祭の叫びも、届かない。
「静かに」
リリアの瞳が、淡く光る。
「今は、成功している」
「それで、十分です」
王都の空。
結界が、急激に輝きを取り戻した。
「結界、安定!」
「魔力反応、回復しています!」
騎士団から、歓声が上がる。
民もまた、安堵の声を漏らした。
――王都は、救われた。
少なくとも、表面上は。
地下祭壇。
水晶柱の光が、徐々に濁り始めていた。
「……あれ?」
神官が、異変に気づく。
魔力の流れが、歪んでいる。
まるで、“逃げ場を失った水”のように、内部で渦を巻いていた。
「聖女様……」
「結界が、“外”ではなく“内”を締め付けています……!」
「問題ありません」
リリアは、ふらりと立ち上がった。
「守られているのなら」
「多少の歪みは、許容範囲です」
だが、その足元が、ぐらりと揺れた。
「……っ」
胸を押さえ、膝をつく。
喉の奥から、込み上げるものを、無理やり飲み込む。
「聖女様!」
「大丈夫……です」
リリアは、微笑もうとした。
だが、その笑みは、どこかひび割れていた。
彼女は、気づいていた。
この術は、“調整”ではない。
先延ばしだ。
問題を、未来へ押し付ける行為。
しかも――
(……戻れなくなる)
この結界は、今や彼女の魔力に強く依存している。
止めれば、一気に崩壊する。
つまり。
――彼女自身が、檻になった。
その夜。
辺境ルーンフェルト。
エリシアは、ふと手を止めた。
「……嫌な感じがしますね」
結界盤の数値が、微かに乱れている。
「王都側ですか?」
カイルの問いに、彼女は頷いた。
「ええ」
「“やってはいけない方法”を、選びました」
「止められますか?」
エリシアは、少しだけ沈黙し、答えた。
「……止められます」
「ただし」
視線を、遠くへ向ける。
「代償は、大きいでしょう」
王都では、歓喜が渦巻いていた。
聖女が、国を救った。
奇跡が起きた。
だが、その奇跡は――
崩壊を、より確実なものにする選択だった。
そして、その歪みが臨界点を迎える時。
誰が、本当に“世界を支えていたのか”。
否応なく、知らされることになる。
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