婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌

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 王都の地下深く。

 旧魔導院・最深部にある円形祭壇は、長年、封印されたままだった。

 理由は単純だ。

 使えば、戻れなくなる。

「……本当に、やるのですか」

 若い魔導師の声は、震えていた。

 祭壇の中心には、歪な魔導陣。
 幾重にも重なった術式は、明らかに現代の理論ではない。

「今さら、何を迷う」

 老魔導師は、杖を突いた。

「彼女が戻った時点で、我々は詰んでいる」
「正論と理屈では、もう勝てん」

 それは、敗北宣言に等しかった。

「だが」
 老魔導師の目が、濁った光を帯びる。
「恐怖なら、まだ支配できる」

 祭壇の名は――
 疑似災厄生成式(プロト・カラミティ)。

 かつて、結界を“必要悪”として王都に根付かせるために、
 人知れず用いられた禁術だった。

「結界がなければ、世界は危険だ」
「守りを失えば、滅びが来る」

 その“証明”を、人工的に作り出す。

「新結界が失敗したように見せる」
「それだけでいい」

「……でも、それは」
 若い魔導師が、声を絞り出す。
「本物の災厄を、呼び出すのと……」

「同じだ」

 老魔導師は、あっさりと言った。

「だが、それで世界が元に戻るなら、安い犠牲だ」

 その言葉に、何人かが目を伏せた。

 犠牲。

 その中に、自分が含まれていないと、誰が言えるのか。

「始める」

 老魔導師が、魔力を流し込む。

 祭壇が、低く唸り始めた。

 同時刻。

 王都南区。

「……空気が、重い?」

 通りを歩く市民が、立ち止まる。

「なんだか……胸がざわつく」

 新結界の光が、わずかに濁った。

 それは、破綻ではない。
 だが――異物だった。

 結界管理局。

「魔力密度、急上昇!」
「これは……自然現象じゃない!」

 警報が、鳴り響く。

「発生源、地下!?」
「旧魔導院方向です!」

 王城。

「……来たな」

 レオンハルト王太子は、報告を聞き、目を閉じた。

「最悪の手を、選びおった」

 彼は、即座に命じる。

「市民の避難を開始」
「原因は伏せろ、混乱を招く」

 だが。

 恐怖は、すでに伝播し始めていた。

 王都の一角で、黒い霧が立ち上る。

「……魔獣?」
「いや……形が、おかしい……!」

 霧の中から現れたのは、
 魔獣に似て、魔獣ではない存在。

 ――歪みの塊。

 恐怖と不安を糧に、形を得る疑似災厄。

「結界があるから、安全だったんだ!」
「ほら見ろ、新しい守りなんて――!」

 誰かの叫びが、群衆に火をつける。

 噂が、恐怖が、増幅される。

 それこそが、術の本質だった。

 一方、王城の回廊。

 エリシアは、立ち止まっていた。

「……始まりましたね」

 カイルが、青ざめた顔で問う。

「これ……新結界の欠陥、じゃないですよね?」

「違います」

 即答だった。

「これは、“作られた恐怖”です」

 エリシアの視線が、地下へ向く。

「旧魔導院は」
「世界を守りたいんじゃない」

 静かな声。

「“支配できる世界”を、取り戻したいだけ」

 彼女は、一歩、前へ出た。

「だから、禁じ手を使った」

 結界の光が、彼女に呼応するように揺れる。

 だが、崩れない。

 それが、答えだった。

「……止められるんですか」

「ええ」

 エリシアは、迷いなく言った。

「ただし」

 その瞳に、強い光が宿る。

「これは、技術の問題じゃありません」
「“覚悟”の問題です」

 恐怖で支配する世界か。
 理解で支える世界か。

 その選択を、
 王都は今、突きつけられている。

 そして――

 旧い世界は、もう後戻りできない。

 禁じ手を使った瞬間から、
 敗北は、時間の問題になったのだから。
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