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第八章
二
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時刻は朝の六時。これから朝食、夕食を作り、洗濯をして遅刻ギリギリといったところだ。
ふたばが鍵を開けて中に入ると、卵の焼ける香ばしい匂いが鼻を掠める。あれ、と足早にリビングへのドアを開けると、わかばがキッチンに立っていた。
「お姉ちゃん……」
「ふたば、おはよう。おかえり」
「おは……おは、よ」
すっかり気が動転してしまって、言葉にならない。夢でも見ているのだろうか。
まさか、もう一度わかばがキッチンに立つのを見られる日が来るとは思わなかった。
「洗濯機回してくれる? 私も今起きたばかりだから」
「う、うんっ!」
「朝ご飯食べる時間ありそう?」
「食べる! ありがとう!」
嬉しい。嬉しい。どうしよう。
ふたばがスキップでもしたい気分で、洗面所に行くと、手際よく洗濯機のスイッチを入れた。キッチンに戻ると、目玉焼きとトースト、ウインナーにトマトという朝食が用意されていた。
「ふたば、忙しいのに……これくらいしかできなくてごめんね」
わかばが俯きがちに言った。
どうしてそんな風に思うのだろう。わかばがキッチンに立っていただけでふたばはこんなにも嬉しい。
わかばは家から出られない間、何かと必死に闘っている。そう思うと、違うと否定したかったのに、唇が震えて言葉にならない。そんなことない、と首を横に振るしかなかった。
「仕事も忙しそうだし。本当は、友達と遊んだり……飲みに行ったりしたいでしょう」
「お姉ちゃん、あたし、無理してないよ」
「でも、私の面倒を見ながらじゃ」
「あたし、お姉ちゃんの面倒を見てるなんて思ってない。ただ、助け合って生きていきたいだけ。ごちそうさまでした。あたし夕飯の準備するね」
「うん」
朝食を食べ終わったわかばは席を立ち、ふたばの隣で洗い物を始めた。
「今日の夜は、手抜きになっちゃうけど」
そう言ったふたばにわかばが「いいよ」と笑みを浮かべる。
少しずつでいい。またわかばが笑ってくれるなら。
朝食を終えると、わかばは少し疲れが出てしまったようだった。部屋へ戻るというわかばを見送って、ふたばは夕飯の仕上げにかかる。
手抜きで作った煮物と、レタスを洗ってボウルに入れただけのサラダ。あとは、炊飯器のタイマーをセットする。
(本当に手抜きだなぁ……)
帰りに惣菜でも買ってこよう。洗濯機が脱水完了の機械音を鳴らす。時計を見ると七時を過ぎていたが、まだ何とか間に合いそうだ。
雨の予報も出てはいない。ふたばは洗濯カゴを持ってベランダへと出る。一枚一枚叩きながらハンガーへとかけていく。
(高校生の頃は、自分がこんなにも家事をやる日がくるなんて思わなかったな……)
両親がいなくなっても、寂しさはあまり感じなかった。亡くなったことが悲しくて涙を流すと「ふたばは笑ってる方が可愛い」と言って頭を撫でてくれる存在があったからだ。それだけわかばがずっとそばにいてくれた。
(当たり前のことなんだよ……お姉ちゃん)
恩を返しているつもりはない。姉が困っているから助けたい。それはふたばにとって当たり前のことだから。
家事を済ませて部屋でブラウスを新しいものへと替えた。首筋に赤い痕を見つけて、今朝の暁史の行動を思い返すと、頬が赤らんでしまうのを抑えることはできない。
いろいろ気にはなるが、ふたばもわかばのことを詳しく話していないのだしお互い様だ。今度ゆっくり話をしようと暁史も言っていたし、ふたばもそのつもりだ。
もしかしたら、暁史はわかばに何があったかを知らないかもしれない。二人は付きあっていたというのもふたばの勘違いだったようだから、原因はほかにあるのだろう。
暁史に嘘をついている様子はなかったし、やっぱり好きな相手のことは信じたいのだ。
それに、わかばが退職した理由はさすがに知っているはずだし、そこから何らかの手がかりを得られるだろう。
「よし……行ってきまーす!」
廊下からわかばの部屋へ声をかけると、中から「行ってらっしゃい」と声が聞こえた。
あとは駅までダッシュだ。
ふたばが鍵を開けて中に入ると、卵の焼ける香ばしい匂いが鼻を掠める。あれ、と足早にリビングへのドアを開けると、わかばがキッチンに立っていた。
「お姉ちゃん……」
「ふたば、おはよう。おかえり」
「おは……おは、よ」
すっかり気が動転してしまって、言葉にならない。夢でも見ているのだろうか。
まさか、もう一度わかばがキッチンに立つのを見られる日が来るとは思わなかった。
「洗濯機回してくれる? 私も今起きたばかりだから」
「う、うんっ!」
「朝ご飯食べる時間ありそう?」
「食べる! ありがとう!」
嬉しい。嬉しい。どうしよう。
ふたばがスキップでもしたい気分で、洗面所に行くと、手際よく洗濯機のスイッチを入れた。キッチンに戻ると、目玉焼きとトースト、ウインナーにトマトという朝食が用意されていた。
「ふたば、忙しいのに……これくらいしかできなくてごめんね」
わかばが俯きがちに言った。
どうしてそんな風に思うのだろう。わかばがキッチンに立っていただけでふたばはこんなにも嬉しい。
わかばは家から出られない間、何かと必死に闘っている。そう思うと、違うと否定したかったのに、唇が震えて言葉にならない。そんなことない、と首を横に振るしかなかった。
「仕事も忙しそうだし。本当は、友達と遊んだり……飲みに行ったりしたいでしょう」
「お姉ちゃん、あたし、無理してないよ」
「でも、私の面倒を見ながらじゃ」
「あたし、お姉ちゃんの面倒を見てるなんて思ってない。ただ、助け合って生きていきたいだけ。ごちそうさまでした。あたし夕飯の準備するね」
「うん」
朝食を食べ終わったわかばは席を立ち、ふたばの隣で洗い物を始めた。
「今日の夜は、手抜きになっちゃうけど」
そう言ったふたばにわかばが「いいよ」と笑みを浮かべる。
少しずつでいい。またわかばが笑ってくれるなら。
朝食を終えると、わかばは少し疲れが出てしまったようだった。部屋へ戻るというわかばを見送って、ふたばは夕飯の仕上げにかかる。
手抜きで作った煮物と、レタスを洗ってボウルに入れただけのサラダ。あとは、炊飯器のタイマーをセットする。
(本当に手抜きだなぁ……)
帰りに惣菜でも買ってこよう。洗濯機が脱水完了の機械音を鳴らす。時計を見ると七時を過ぎていたが、まだ何とか間に合いそうだ。
雨の予報も出てはいない。ふたばは洗濯カゴを持ってベランダへと出る。一枚一枚叩きながらハンガーへとかけていく。
(高校生の頃は、自分がこんなにも家事をやる日がくるなんて思わなかったな……)
両親がいなくなっても、寂しさはあまり感じなかった。亡くなったことが悲しくて涙を流すと「ふたばは笑ってる方が可愛い」と言って頭を撫でてくれる存在があったからだ。それだけわかばがずっとそばにいてくれた。
(当たり前のことなんだよ……お姉ちゃん)
恩を返しているつもりはない。姉が困っているから助けたい。それはふたばにとって当たり前のことだから。
家事を済ませて部屋でブラウスを新しいものへと替えた。首筋に赤い痕を見つけて、今朝の暁史の行動を思い返すと、頬が赤らんでしまうのを抑えることはできない。
いろいろ気にはなるが、ふたばもわかばのことを詳しく話していないのだしお互い様だ。今度ゆっくり話をしようと暁史も言っていたし、ふたばもそのつもりだ。
もしかしたら、暁史はわかばに何があったかを知らないかもしれない。二人は付きあっていたというのもふたばの勘違いだったようだから、原因はほかにあるのだろう。
暁史に嘘をついている様子はなかったし、やっぱり好きな相手のことは信じたいのだ。
それに、わかばが退職した理由はさすがに知っているはずだし、そこから何らかの手がかりを得られるだろう。
「よし……行ってきまーす!」
廊下からわかばの部屋へ声をかけると、中から「行ってらっしゃい」と声が聞こえた。
あとは駅までダッシュだ。
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