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蠱惑の魔剣
サラとカリス 二人の証言
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カリスの寝ている寝床に、夕暮れの光が静かに差し込んでいた。
視界が茜色に染まり、身体が光に包まれるような感覚に、彼女はゆっくりとまぶたを開く。
「……まぶしかったかしら。風を通していたの」
窓際の椅子に腰かけていた女性が、静かに立ち上がった。
セラと呼ばれたその女が、カーテンを引き、差し込んでいた光を遮る。優しい微笑みが、その横顔に浮かんでいた。
「ええ、少し……。ここは、どこでしょうか?」
「サルサ様のサナトリウムよ。聞いたことないかしら?」
その名を聞いて、カリスの目がわずかに見開かれる。
サナトリウム──英雄の余生が静かに流れる聖域。伝説として語られる場所に、自分がいるという現実がまだ信じられない。
「……誰が、私を?」
「ノルドよ」
セラは、ほんの少しだけ誇らしげに答えた。無邪気な自慢を含んだようなその微笑に、わずかな安堵がにじんでいた。
「サルサ様を呼んでもらうわ」
彼女は控えていた看護婦に合図を送る。
*
その少し前──
犬人族の少女・サラへの診察、いや、正確には調査は、すでに終えられていた。
「では、脱いで。すべて」
サルサが静かに告げると、サラは「はーい!」と明るく応じ、臆することもなく服を床に放り投げた。
あまりの無邪気さに、セラは思わず吹き出す。
「……全部とは言ったけど、あなた、本当に遠慮がないのね」
だがサルサは、真剣そのものだった。
冷静な手つきで肌に触れ、魔力循環、反応速度、魔力抵抗値を正確に計測していく。
やがて、彼女の目が細く鋭くなった。
「……問題は見当たらない。魔力の流れも正常。感応阻害もなし。健康そのものだ。服を着ろ」
ぱたぱたと服を着直しながら、サラは屈託なく笑った。
「うん! シシルナ島のごはん美味しいし!」
その無邪気な声に、セラの表情もつられて和らぐ。
「いくつか質問する。答えてくれるか?」
「いいよ!」
サルサは、ラゼルのスキルについて尋ねた。
「ラゼルに、スキルを使われたことは?」
「うーん……わかんない。王子のスキルって何?」
「私の目を見ろ」
サルサは視線に魔力を込め、精神干渉を試みた──
だが、反応はなかった。
「目が黒い!」
サラはただ、楽しげに笑うばかり。
術式は通らない。精神干渉は完全に遮断されている。あのマルカスにすら通用した術が、少女にはまるで意味を成さない。
次に、サルサは薬玉を取り出して見せた。
「あ、それ。ラゼル王子に飲まされたやつ。ふわふわして変な気分になるんだ」
「飲んだ翌日、体調は?」
「ううん、そんなに悪くならないよ。ただ、王子の剣が光ると、体の中の魔力がすうっと抜けてく感じがするの。次の日ちょっと疲れてる」
「……魔力吸収の感覚があるということだな」
そして、サルサは核心を突く。
「なぜ、君はラゼルと一緒にいる? 従っている理由を聞かせてくれ」
「うん、サラはね、王子から盗みをしようとして、捕まっちゃったの」
屈託のない声に、セラの眉がわずかに跳ねた。
「それで……ラゼル王子の奴隷、なのか?」
その問いに、サラの笑顔がふと止まる。
口が、ぴたりと閉ざされた。
──沈黙。否、これは“話せない”。
「……答えられないか。契約で言語制限がかかっているな」
サラは小さく頷いた。
「ありがとう。カリスは、私が責任をもって治療する。安心したまえ」
「助けてくれて、ありがとう!」
明るい声を残し、サラはサナトリウムを出ていく。
サルサはその背を、窓辺から黙って見送っていた。
風が吹き抜け、カーテンがわずかに揺れる。
やがて、セラが静かに問いかけた。
「あの子……スキルも薬も効かなかったように見えました」
「ああ。まったく通じなかった。私の催眠スキルが効かぬなど、ありえぬことだ。あれはマルカスにすら通用する術だぞ」
「なぜ……?」
「──あの子は、先祖帰りしておる。通常の犬人族とは違うのだ」
淡々と告げながらも、サルサの瞳は深く沈んでいた。
畏れ、驚き、そして……静かな探究心。
「おそらく、ラゼルのスキルも通じていない。魔力を吸われても、蚊に刺された程度の反応だろう。毒薬すら、体内で分解してしまうかもしれん。あれは……原初の血だな」
室内を、再び沈黙が支配する。
カーテンが揺れるたび、夕暮れの余韻が静かに落ちていく。
セラは何も言わず、ただ医師の横顔を見つめていた。
※
「起きたか? 具合はどうだ?」
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
サルサはカリスの体を軽く確かめ、深く息を吐く。
「いや、はっきり言って──このままでは、近いうちに死ぬ」
「……そうですか」
カリスはサラとは違う。普通の、しかし優秀な人族の魔術師──
サルサは、同じ質問を投げかける。
「お前、ラゼルにスキルを使われたことは?」
「あの人は……いつも使って……」
「どんなスキルだ?」
「……」
口が動かない。契約による言語制限が、意識の奥底に杭を打つ。
ラゼルの不利になることだと脳が判断した瞬間、言葉が霧散する。
「厄介だな。わしの目を見ろ」
サルサが告げた瞬間、カリスの瞳が虚ろになり、夢遊病者のように起き上がった。
「立ち上がりなさい」
ふらりと立ち上がるその姿を見て、サルサは小さくうなずく。
「効きすぎなくらいだな。お前……ずいぶん弱っているのだな」
そして、同じ問いを繰り返した。
「どんなスキルだ?」
視界が茜色に染まり、身体が光に包まれるような感覚に、彼女はゆっくりとまぶたを開く。
「……まぶしかったかしら。風を通していたの」
窓際の椅子に腰かけていた女性が、静かに立ち上がった。
セラと呼ばれたその女が、カーテンを引き、差し込んでいた光を遮る。優しい微笑みが、その横顔に浮かんでいた。
「ええ、少し……。ここは、どこでしょうか?」
「サルサ様のサナトリウムよ。聞いたことないかしら?」
その名を聞いて、カリスの目がわずかに見開かれる。
サナトリウム──英雄の余生が静かに流れる聖域。伝説として語られる場所に、自分がいるという現実がまだ信じられない。
「……誰が、私を?」
「ノルドよ」
セラは、ほんの少しだけ誇らしげに答えた。無邪気な自慢を含んだようなその微笑に、わずかな安堵がにじんでいた。
「サルサ様を呼んでもらうわ」
彼女は控えていた看護婦に合図を送る。
*
その少し前──
犬人族の少女・サラへの診察、いや、正確には調査は、すでに終えられていた。
「では、脱いで。すべて」
サルサが静かに告げると、サラは「はーい!」と明るく応じ、臆することもなく服を床に放り投げた。
あまりの無邪気さに、セラは思わず吹き出す。
「……全部とは言ったけど、あなた、本当に遠慮がないのね」
だがサルサは、真剣そのものだった。
冷静な手つきで肌に触れ、魔力循環、反応速度、魔力抵抗値を正確に計測していく。
やがて、彼女の目が細く鋭くなった。
「……問題は見当たらない。魔力の流れも正常。感応阻害もなし。健康そのものだ。服を着ろ」
ぱたぱたと服を着直しながら、サラは屈託なく笑った。
「うん! シシルナ島のごはん美味しいし!」
その無邪気な声に、セラの表情もつられて和らぐ。
「いくつか質問する。答えてくれるか?」
「いいよ!」
サルサは、ラゼルのスキルについて尋ねた。
「ラゼルに、スキルを使われたことは?」
「うーん……わかんない。王子のスキルって何?」
「私の目を見ろ」
サルサは視線に魔力を込め、精神干渉を試みた──
だが、反応はなかった。
「目が黒い!」
サラはただ、楽しげに笑うばかり。
術式は通らない。精神干渉は完全に遮断されている。あのマルカスにすら通用した術が、少女にはまるで意味を成さない。
次に、サルサは薬玉を取り出して見せた。
「あ、それ。ラゼル王子に飲まされたやつ。ふわふわして変な気分になるんだ」
「飲んだ翌日、体調は?」
「ううん、そんなに悪くならないよ。ただ、王子の剣が光ると、体の中の魔力がすうっと抜けてく感じがするの。次の日ちょっと疲れてる」
「……魔力吸収の感覚があるということだな」
そして、サルサは核心を突く。
「なぜ、君はラゼルと一緒にいる? 従っている理由を聞かせてくれ」
「うん、サラはね、王子から盗みをしようとして、捕まっちゃったの」
屈託のない声に、セラの眉がわずかに跳ねた。
「それで……ラゼル王子の奴隷、なのか?」
その問いに、サラの笑顔がふと止まる。
口が、ぴたりと閉ざされた。
──沈黙。否、これは“話せない”。
「……答えられないか。契約で言語制限がかかっているな」
サラは小さく頷いた。
「ありがとう。カリスは、私が責任をもって治療する。安心したまえ」
「助けてくれて、ありがとう!」
明るい声を残し、サラはサナトリウムを出ていく。
サルサはその背を、窓辺から黙って見送っていた。
風が吹き抜け、カーテンがわずかに揺れる。
やがて、セラが静かに問いかけた。
「あの子……スキルも薬も効かなかったように見えました」
「ああ。まったく通じなかった。私の催眠スキルが効かぬなど、ありえぬことだ。あれはマルカスにすら通用する術だぞ」
「なぜ……?」
「──あの子は、先祖帰りしておる。通常の犬人族とは違うのだ」
淡々と告げながらも、サルサの瞳は深く沈んでいた。
畏れ、驚き、そして……静かな探究心。
「おそらく、ラゼルのスキルも通じていない。魔力を吸われても、蚊に刺された程度の反応だろう。毒薬すら、体内で分解してしまうかもしれん。あれは……原初の血だな」
室内を、再び沈黙が支配する。
カーテンが揺れるたび、夕暮れの余韻が静かに落ちていく。
セラは何も言わず、ただ医師の横顔を見つめていた。
※
「起きたか? 具合はどうだ?」
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
サルサはカリスの体を軽く確かめ、深く息を吐く。
「いや、はっきり言って──このままでは、近いうちに死ぬ」
「……そうですか」
カリスはサラとは違う。普通の、しかし優秀な人族の魔術師──
サルサは、同じ質問を投げかける。
「お前、ラゼルにスキルを使われたことは?」
「あの人は……いつも使って……」
「どんなスキルだ?」
「……」
口が動かない。契約による言語制限が、意識の奥底に杭を打つ。
ラゼルの不利になることだと脳が判断した瞬間、言葉が霧散する。
「厄介だな。わしの目を見ろ」
サルサが告げた瞬間、カリスの瞳が虚ろになり、夢遊病者のように起き上がった。
「立ち上がりなさい」
ふらりと立ち上がるその姿を見て、サルサは小さくうなずく。
「効きすぎなくらいだな。お前……ずいぶん弱っているのだな」
そして、同じ問いを繰り返した。
「どんなスキルだ?」
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