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蠱惑の魔剣
町の用心棒と支配者の気配
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ミミの後をついて、俺とヴァルは冒険者ギルドへ向かっていた。
「……あれ? こっちから匂いが……」
先日見た貴族の男の匂いが、町の高級な居酒屋のほうから漂ってくる。
「あ?」
店の入り口で、ドラガンが仁王立ちしていた。
「入るぞ、ノルド」
「ここで打ち合わせですか? ヴァルは?」
「ああ。冒険者ギルドに任せると言って、奴はこの店に入っていった。押しかけるしかないな。悪いが、ヴァルは待っててくれ」
ヴァルはその言葉に鼻をフンと鳴らし、ミミを誘うようにして裏手へとまわっていった。
ヴァルは、ほとんどの飲食店に顔が利く、不思議な小狼だ。
夜な夜な繁華街を歩き、ガラの悪い客や酔っ払いの冒険者を店の外へと引きずり出す。町の、言わば用心棒。
居酒屋の店主たちは感謝を込めて、残り物の骨付きや焼き魚を彼に差し出すのがお約束になっている。
たまに怪我をしてノルドのもとに戻ってくるが、大抵の場合、警備隊が駆けつける前に事は収まっているらしい。
ギルドでは、こんなやりとりも日常茶飯事だ。
「──あの狼のせいで怪我をしたんだ!」
怒鳴りながら、新参の冒険者が飛び込んでくる。
「すいません。ヴァル、本当かい?」
ノルドが真剣に尋ねても、小狼は知らんぷりだ。
その直後、常連の冒険者や荷運び人たちが口々に言う。
「どうせ、お前が飲み屋で暴れたんだろう」
「いや、酔ってただけだ! 今なら荷運び人と小狼なんて──」
暴行を棚に上げて、ノルドに掴みかかろうとするその瞬間、ギルドにいたほぼ全員が立ち上がった。
「ノルド、俺はお前の味方だ。島主様にもよしなに!」
「俺も少年を守るぞ! だから今度、ダンジョン一緒に潜ってくれ!」
新参者は、あまりにも異様な光景に呆然と立ち尽くす。
その背中に、ドラガンの手がそっと置かれた。
「──やめとけ。命を落とすぞ」
その一言で、男はようやく大人しくなった。
「あの子に手を出すと、ダンジョンに必要な消火薬が手に入らなくなるぞ。作ってるのは、あの子なんだからな」
顔役の冒険者アレンに理由を言われて、黙り込んだ。
「ヴァル、暴れちゃだめだよ。ミミ、しっかり見ててね」
新たな騒ぎが起きないことを祈りながら、ノルドはドラガンのあとに続き、高級居酒屋の階段を静かに登っていった。
※
「おお、やっと来たか! 待ってたぞ!」
その男は、もちろんラゼル王子だ。
だが、すでに机には料理と酒が並び、手がつけられていた。杯には注がれた酒が揺れ、濃い香りが空間を満たしている。
そして、両脇には三人の女がいた。妖艶、愛嬌、清廉――三者三様、異なる気配と装い。
ただそこにいるだけで空気がねじれるような、奇妙な緊張がノルドの皮膚を刺した。
姿勢を正したつもりが、肩の奥にじわじわと熱が集まる。
「ははは、さすがラゼル様、お見通しでしたか? こちらが今回の荷運び人のノルドです」
ドラガンが紹介する。
「荷運び人のノルドです。よろしくお願いします」
ノルドは静かに頭を下げた。その瞬間、視線が絡みつく。
鋭く、執拗で、じっとりと湿った熱のような感触。まるで品定めをするように、隅々まで舐め回すような眼差しが背中を這った。
ノルドは反射的に息を殺し、その場に同化する。見えない糸で引かれ、絡め取られるような奇妙な圧力――この男は、言葉より先に、空気で支配してくる。
「なんだ、女じゃないのか」
ラゼルは落胆したように言った。だがその表情は一瞬。すぐに目を細め、笑みを貼りつける。
おそらく、女の荷運び人などほとんどいないことは理解しているのだ。それでも、落胆を見せること自体が、相手の価値を測る手段なのだろう。
荷運び人――それ自体がレアスキルだが、女性となればさらに希少で、ダンジョンに潜らずとも重宝されている。つまり、現場にはまず来ない。
「まあいい。さっきギルドを覗いたが、他の荷運び人よりは使えそうだな」
「もちろんです。この島一の優秀な荷運び人ですよ」
「ははは、こんな少年がか……まあ、シシルナの荷運びは碌なのがいないとは聞いてる。盗みさえしなけりゃ構わん。お前、道案内は出来るんだろうな?」
「それは先ほどもお話ししましたが、荷運び人の仕事ではありません」
ドラガンが淡々と答える。冒険者ギルドでも説明したばかりの話だ。
「そんな常識の話をしてるんじゃない。戦闘は我々がやる。ただの道案内だ。それも出来んのにシシルナ島では優秀と言うのか? 他ではやってくれたがな」
ラゼルの言葉に、ドラガンは眉根を寄せ、口を開きかけて……だが結局、言葉を呑み込んだ。
「別に出来ないなら構いませんよ。ラゼル様、私が……」
そう言ったのは、ラゼルの隣に座る、小柄で痩せた犬人族の少女。透き通るような声に、どこか甘えるような響きがある。彼にだけ向けられた愛嬌だ。
おそらく、盗賊系のスキルを持っているのだろう。
「だがな、お前は優秀だが、地元の奴の方が道を知ってるだろう! お前を疲れさせたくない。……疲れさせるのは、別の場所でだ」
笑いながらラゼルは少女の頭を撫で、そのまま持ち上げて膝の上に乗せた。少女の目がとろんと細まり、甘えたように身体を預ける。だがどこか嘘っぽい。
「ああ、紹介しないとな。こいつは盗賊のサラだ。俺から、ちょっとしたモノを盗もうとしてな。だから捕まえて、俺好みに躾けてやったのさ」
「ラゼル様っ……」
サラは顔を赤らめてうつむいた。
「俺が宣言通りに制覇できん理由が、冒険者ギルドに協力的でない、いや、妨害すると言うのなら、それも仕方ない。島主のガレアが恥をかくだけだ」
その言葉に、ノルドは目を細める。
常人ならば、こういう物言いに心を動かされるのだろう。だが冒険者たちは違う。彼らは、「言葉の裏」を見ることに長けている。
言葉で操ろうとすればするほど、信頼は逆に遠のく。
「そんなこと、島主様は気にしませんよ」
ドラガンがきっぱりと答えた。その声は、静かだが揺るぎなかった。
「……あれ? こっちから匂いが……」
先日見た貴族の男の匂いが、町の高級な居酒屋のほうから漂ってくる。
「あ?」
店の入り口で、ドラガンが仁王立ちしていた。
「入るぞ、ノルド」
「ここで打ち合わせですか? ヴァルは?」
「ああ。冒険者ギルドに任せると言って、奴はこの店に入っていった。押しかけるしかないな。悪いが、ヴァルは待っててくれ」
ヴァルはその言葉に鼻をフンと鳴らし、ミミを誘うようにして裏手へとまわっていった。
ヴァルは、ほとんどの飲食店に顔が利く、不思議な小狼だ。
夜な夜な繁華街を歩き、ガラの悪い客や酔っ払いの冒険者を店の外へと引きずり出す。町の、言わば用心棒。
居酒屋の店主たちは感謝を込めて、残り物の骨付きや焼き魚を彼に差し出すのがお約束になっている。
たまに怪我をしてノルドのもとに戻ってくるが、大抵の場合、警備隊が駆けつける前に事は収まっているらしい。
ギルドでは、こんなやりとりも日常茶飯事だ。
「──あの狼のせいで怪我をしたんだ!」
怒鳴りながら、新参の冒険者が飛び込んでくる。
「すいません。ヴァル、本当かい?」
ノルドが真剣に尋ねても、小狼は知らんぷりだ。
その直後、常連の冒険者や荷運び人たちが口々に言う。
「どうせ、お前が飲み屋で暴れたんだろう」
「いや、酔ってただけだ! 今なら荷運び人と小狼なんて──」
暴行を棚に上げて、ノルドに掴みかかろうとするその瞬間、ギルドにいたほぼ全員が立ち上がった。
「ノルド、俺はお前の味方だ。島主様にもよしなに!」
「俺も少年を守るぞ! だから今度、ダンジョン一緒に潜ってくれ!」
新参者は、あまりにも異様な光景に呆然と立ち尽くす。
その背中に、ドラガンの手がそっと置かれた。
「──やめとけ。命を落とすぞ」
その一言で、男はようやく大人しくなった。
「あの子に手を出すと、ダンジョンに必要な消火薬が手に入らなくなるぞ。作ってるのは、あの子なんだからな」
顔役の冒険者アレンに理由を言われて、黙り込んだ。
「ヴァル、暴れちゃだめだよ。ミミ、しっかり見ててね」
新たな騒ぎが起きないことを祈りながら、ノルドはドラガンのあとに続き、高級居酒屋の階段を静かに登っていった。
※
「おお、やっと来たか! 待ってたぞ!」
その男は、もちろんラゼル王子だ。
だが、すでに机には料理と酒が並び、手がつけられていた。杯には注がれた酒が揺れ、濃い香りが空間を満たしている。
そして、両脇には三人の女がいた。妖艶、愛嬌、清廉――三者三様、異なる気配と装い。
ただそこにいるだけで空気がねじれるような、奇妙な緊張がノルドの皮膚を刺した。
姿勢を正したつもりが、肩の奥にじわじわと熱が集まる。
「ははは、さすがラゼル様、お見通しでしたか? こちらが今回の荷運び人のノルドです」
ドラガンが紹介する。
「荷運び人のノルドです。よろしくお願いします」
ノルドは静かに頭を下げた。その瞬間、視線が絡みつく。
鋭く、執拗で、じっとりと湿った熱のような感触。まるで品定めをするように、隅々まで舐め回すような眼差しが背中を這った。
ノルドは反射的に息を殺し、その場に同化する。見えない糸で引かれ、絡め取られるような奇妙な圧力――この男は、言葉より先に、空気で支配してくる。
「なんだ、女じゃないのか」
ラゼルは落胆したように言った。だがその表情は一瞬。すぐに目を細め、笑みを貼りつける。
おそらく、女の荷運び人などほとんどいないことは理解しているのだ。それでも、落胆を見せること自体が、相手の価値を測る手段なのだろう。
荷運び人――それ自体がレアスキルだが、女性となればさらに希少で、ダンジョンに潜らずとも重宝されている。つまり、現場にはまず来ない。
「まあいい。さっきギルドを覗いたが、他の荷運び人よりは使えそうだな」
「もちろんです。この島一の優秀な荷運び人ですよ」
「ははは、こんな少年がか……まあ、シシルナの荷運びは碌なのがいないとは聞いてる。盗みさえしなけりゃ構わん。お前、道案内は出来るんだろうな?」
「それは先ほどもお話ししましたが、荷運び人の仕事ではありません」
ドラガンが淡々と答える。冒険者ギルドでも説明したばかりの話だ。
「そんな常識の話をしてるんじゃない。戦闘は我々がやる。ただの道案内だ。それも出来んのにシシルナ島では優秀と言うのか? 他ではやってくれたがな」
ラゼルの言葉に、ドラガンは眉根を寄せ、口を開きかけて……だが結局、言葉を呑み込んだ。
「別に出来ないなら構いませんよ。ラゼル様、私が……」
そう言ったのは、ラゼルの隣に座る、小柄で痩せた犬人族の少女。透き通るような声に、どこか甘えるような響きがある。彼にだけ向けられた愛嬌だ。
おそらく、盗賊系のスキルを持っているのだろう。
「だがな、お前は優秀だが、地元の奴の方が道を知ってるだろう! お前を疲れさせたくない。……疲れさせるのは、別の場所でだ」
笑いながらラゼルは少女の頭を撫で、そのまま持ち上げて膝の上に乗せた。少女の目がとろんと細まり、甘えたように身体を預ける。だがどこか嘘っぽい。
「ああ、紹介しないとな。こいつは盗賊のサラだ。俺から、ちょっとしたモノを盗もうとしてな。だから捕まえて、俺好みに躾けてやったのさ」
「ラゼル様っ……」
サラは顔を赤らめてうつむいた。
「俺が宣言通りに制覇できん理由が、冒険者ギルドに協力的でない、いや、妨害すると言うのなら、それも仕方ない。島主のガレアが恥をかくだけだ」
その言葉に、ノルドは目を細める。
常人ならば、こういう物言いに心を動かされるのだろう。だが冒険者たちは違う。彼らは、「言葉の裏」を見ることに長けている。
言葉で操ろうとすればするほど、信頼は逆に遠のく。
「そんなこと、島主様は気にしませんよ」
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