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本編 第一部 ~騎士の娘は茶会にて~
【幕間】▷▶︎▷ 騎士の娘の父の苦悩
しおりを挟む「はぁ・・・私は一体どうすれば・・・」
「団長、流石に鬱陶しいです。いい加減、切り替えて下さい。」
ここは王城内にある騎士団長執務室だ。私、オリナス・アナスタシアの仕事場兼相談室でも有る。
私の溜息に辛辣な言葉を返した彼は、副団長のエリック・・・私の相談相手だ。
立場こそ私が上だが、彼が事務作業を主に回してくれていて、私は報告を受けて判子を押しているだけのお飾りに過ぎない。よって、彼には頭が上がらないのだ。
本来で有れば、今日は喜ばしい日で有った筈だった・・・。
今日の茶会で正式に、ルークフォン殿下の婚約者としてお披露目される愛する娘のフローラが・・・沢山の祝福を受ける唯一無二の日となる筈だった・・・。
フローラは、幼い頃こそ男勝りな所が有ったが、陛下より公爵位を賜り今の屋敷へと移り住むと、徐々に令嬢らしくなり・・・花の様な儚げな微笑みに、庇護欲を掻き立てる様な控えめな物言いと態度・・・。
第二王子であるルークフォン殿下の婚約者として、何一つ難が有るとは思えぬ淑女そのものだったのだが・・・。
『お父様・・・。私は今まで公爵令嬢として完璧を目指すあまり、自分を見失っておりました。昨日からの私が別人の様に映るのであれば・・・それだけ私が自分を殺して生きていたという事です。』
『今の私がありのままのフローラなのです・・・。』
(色々と我慢をさせてしまっていただけ・・・という訳か・・・。)
フローラの本質は幼い頃のあのままだったという事に気付けず、今日まで接していた自分、褒めていた自分、全てが情けなく思えて殴りたくなった。
「爵位と一緒に付いてくる物が良い物だけとは限りません。フローラ嬢は誰よりも早く、その事に気付き行動していたのでしょうね・・・とても聡明な令嬢だと思います。」
「ははっ・・・!今日のフローラを見たら、〝聡明〟だなんてワードは思い付かないよ!」
私は浅はかな男だから、公爵位を賜れば家族が皆幸せになれると夢を見ていた。
実際には、娘は他の御令嬢から嫌がらせをされており、息子もアカデミーで同じ様な状況だという事だった。そんな事にも気付かず・・・順風満帆だと思っていた一昨日迄の自分は何と滑稽な事か・・・。
『本日の茶会は〝騎士の娘〟として楽しんで参りますから』
あの底が知れない不敵な笑みを思い出し、再度身震いしてしまう。あんな笑い方をするフローラを私は見た事が無かった。
勿論、娘の真意を知ってしまった以上、取り繕ったりせずに楽しめば良いと思い、〝騎士の娘として〟なんて大層な事を言い残したが・・・
(何か起こすのでは無いか・・・と、胃がキリキリして敵わない!!)
「はぁ・・・、そんなに気になるのなら、王宮警護している騎士に密令でも出しておいては・・・?」
「名案だ!宜しく頼む!!」
「じょ、冗談のつもりだったのですが・・・」
今日一日の務めを終えて帰り支度を始めた頃だった。
フローラはキースランド伯爵令嬢と少し言い合いになった位で『茶会は大成功でお開きとなった』と、王宮警護から入れ替わりで戻ってきた部下から報告を聞き、私は杞憂で終わった事にとにかく安堵して、その後の務めは手に羽が生えたかの如く、スラスラと進んだ。
(あぁ・・・!フローラ!信じていたぞ!我が娘よ!早く帰って茶会の話を聞きたい・・・!)
時計をチラチラと見ながら、終業の時間を未だ未だかと待ち侘びていたその時、ノックの音が響き渡った。
「エリックです。団長に客人です。お通ししても宜しいですか?」
(こんな時間に誰だ・・・?!何か緊急事態なのか?!)
「通せ。」
エリックが扉を開けて入ってきた中年の男性は、私のよく知った顔だった。当たり前だ、毎日見ている顔なのだから・・・。
「お勤め中に申し訳御座いません。旦那様・・・」
私の屋敷で、長年馬車の御者をしてくれている彼の額に浮かぶ尋常では無い量の汗を見て、思わず手に持っていたペンを離してしまう。
(ま・・・まさか!そんな・・・茶会は大成功だったと・・・)
「フローラ様が・・・殿下と控え室から出て来られず・・・その、使用人達も人払いを受けた様で近付けず・・・。」
「・・・・・・え?」
「旦那様、その・・・私、御屋敷に帰った方が宜しいでしょうか・・・?」
「・・・・・・・・・。」
(どっ、どういう意味だ・・・。どうしよう、全く分からん・・・。)
私の表情から考えを読み取ってくれたエリックが、やれやれという様子で口を開いた。
「良いのですか?団長・・・婚約者とは言え、未だフローラ様も殿下もお若いのに・・・肉体関係を持ってしまっても・・・。」
(肉体関係・・・?ってなんだ?肉弾戦なら繰り広げて来たが・・・肉体、関係、にくたい・・・!!!!)
「駄目だ!駄目だ!駄目に決まっている!!!」
私は御者の言わんとしている事を理解し、思わず机を叩いて椅子を倒す勢いで立ち上がってしまった。
「エリック!後は、任せたぞ!私は今日、このまま帰らせて貰う!」
「了解致しました。」
こういう展開になるのを予想していたとばかりに、エリックは丁寧に胸に手を当て礼をしてきた。
そして、額に汗を浮かべていた御者の顔が、よく見ると真っ赤になっている事に気付き、私は逆に真っ青になっていくのを感じたーーー。
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