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第7輪 お仕置きタイム
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グラキエスはどこを探しても見つからないということで、指揮を執って向かった場所は旧市街だった。此処は城下町から少し離れた古城の近くにある。
市民を避難させる最中、フードを目深に被った二人組の魔法使いを見つけたイグニスは単独で後を追った。走っている間も、まだ避難が終わっていない区間で、様々なところから悲鳴が聞こえてくる。
予想していなかった闇魔法結社による旧市街への襲撃だった。
王城から近い場所を狙ってきたことは、イグニスが団長を襲名してから初めてのことで驚きは隠せない。
後ろからついてきた部下へ指示を出したあと、一人だけになった魔法使いを追いつめる。
地理に詳しくなかったのか詰めが甘い魔法使いは壁で囲まれた行き止まりを見て、ブツブツと何か口にしていた。
背後を気にしながらも退路を断つイグニスは、少しずつ近づいていき魔法を唱える。
「――絡め取れ、愚かな花を」
呆気なく捕まった魔法使いのフードを取り去ると、イグニスは目を見開いた。そこにいたのは怯える赤毛の少女で、変身魔法や幻影魔法でもない。当然、闇魔法結社とも違う守るべき市民である。
動揺を隠せないイグニスは、周囲から一斉に魔力の気配を感じて魔法を唱えようと試みるが、狙いは身動きの取れない市民だった。
攻撃魔法に特化したイグニスは、防護すら攻撃で防いできたため誰かを守りながら戦うことに弱い。
爆発音と少女の悲鳴が上がる。黒い煙が消えたあと、ボロボロの白いローブ姿で地面に突っ伏したイグニスが転がっていた。少女は無傷だったもの、涙と震えが止まらない体でイグニスを見つめている。
「うっ……」
少女の悲痛な叫び声は意識が朦朧とする傷だらけになったイグニスの鼓膜を震わせた。次第に感覚は鈍くなり視界を暗闇が覆っていく。自分の単独行動によって市民を危険にさらしたことの拭えない罪を思って足掻く中。微かに耳へ届く懐かしく感じてしまう声に一瞬だけ体が反応したあと、闇魔法結社の悲鳴が聞こえてくると安心して意識を手放した。
◆◆◆
ぼんやりする中、薄く瞼を開くと耳心地の良い明るい声が聞こえてくる。あのときも、確かに聞こえた声だった。急に目の前が暗くなり、空色の瞳と視線を重ねる。白銀のふわふわした猫っ毛が微かに揺れて、空色の少し垂れた猫目は一心にイグニスを見つめていた。
「……良かった。無事で」
「――手間をかけさせたな……」
素直になれないイグニスは感謝の言葉が口から出てこなくて繕ってしまう。それでも、イグニスが無事だっただけでグラキエスは笑顔を向けてきた。内装を見て、すぐに団長室と同じく与えられた自室だと分かり、布団の中で収まっている手を伸ばす。一切痛みがないのは、聖女の力だと分かって再びグラキエスへ視線を向けた。
ゆっくり体を起こすと、グラキエス特性の果実水を差し出されて喉を潤す。茶化すように「何か怪しいモノが入ってないか確認しなくていいのー?」と言う悪戯っぽい笑みを見てホッとしている自分がいた。
単独行動のきっかけはグラキエスの縁談である。その前にも、なぜか必要以上に接してこないことで苛立ち、縁談が二人の仲を悪化させたのだが……。ベッドへ座ったまま、グラキエスを見つめる眼差しは明らかに怒りを帯びている。蛇に睨まれたような眼差しへ気づいたグラキエスも体を硬直させて首を傾げてみせた。
「……全部、てめぇのせいだよな?」
「え……なんのことかサッパリ……」
「お仕置きタイムだ――」
不意に手をかざすイグニスは、お馴染みの魔法を唱えると油断していたグラキエスは蔓で絡めとられ宙づりにされる。捕らえた得物の血でも吸っているかのような赤くて美しい薔薇の花が咲くと、泣き言が聞こえてきた。
「ちょっ……ひどくない⁉ 颯爽と助けに行ったのにー!」
「……意識がなくて、てめぇに助けられた記憶はない」
「ひどっ!」
先ほどとは打って変わって態度を変える暴君に文句を言うグラキエスだったが、言葉通りの『お仕置き』によって、全部暴露したことで一人取り残されて宙づりの延長を食らうことになり騒ぐ。
ボロボロになった支給品のローブも魔法で元通りになっていて、袖を通したイグニスはグラキエスを放置して自室を出ると報告のために玉座へ向かった。
団長である自分の失態についての言及は単独行動だけで、身を挺して市民を守ったことが評価される。
そんなことよりも、グラキエスが自分に愛想を尽かしたのかと思っていたイグニスは、先ほどのやり取りでホッとしている心の変化を受け止められず悶々しながら廊下を歩いていた。グラキエスから好きだと告白されてから約十五年。恋愛感情が分からないイグニスにとって、同性の好意はさらに分からないものだった。
初めは勿論、性的に触れられて体が拒否反応なのかビクッと震えるばかりで、その都度グラキエスを叩きのめして過ごしてきた青年期。今では耐性が出来たのか嫌悪感もなく、反応せずにいられる。色々あったが、アクアの提案した『押して駄目なら引いてみろ』作戦など一度も実行されたことはなかった。グラキエスにとっては成功だが、イグニスの変化へ気づいていないため失敗したと思っているだろう。
真剣に考えていたせいで、横からひょっこり顔を覗かせる白銀の猫っ毛に気づけなかった。
「――ねぇ、そんな顔で僕に気づかないと……キスしちゃうよ?」
クスクス笑い声と共に艶っぽい声が耳元で聞こえた瞬間、一気に背筋が震える。寒気に似た感覚が襲ったイグニスは、思い切り顔面を片手で握った。「ぎゃー」と騒ぐ姿からしてお仕置きは意味を為さず、懲りていないのは明白である。手を離されたグラキエスは涙目で顔を触っていた。急なことは未だに反応してしまうが、昔と比べたら小さいもので、イグニスも毒されていることに気づいている。
泣き顔もすべて演技だと分かっているイグニスは平然と歩きだした。そんなイグニスの横を歩き出すグラキエスは相変わらずな口振りで笑顔を向けてくる。小さな変化や葛藤に気づいていないグラキエスだったが、未だに悶々していた心を溶かすような言葉を投げられた。
「……実は、イグニスが話を終えたあと陛下と話したんだ。縁談のお断り……」
「え……」
「やっぱり、僕はイグニスが好きなのに他国の聖女様に不誠実だなーってね?」
「――勝手に言ってろ……」
普段と変わらない声色で聞き流すイグニスは、なぜか胸のつかえが取れた感覚がして、安堵する気持ちを否定するように首を振る。
アクアとグラキエスの作戦が成功したと分かるのはもう少し先の話だった――。
市民を避難させる最中、フードを目深に被った二人組の魔法使いを見つけたイグニスは単独で後を追った。走っている間も、まだ避難が終わっていない区間で、様々なところから悲鳴が聞こえてくる。
予想していなかった闇魔法結社による旧市街への襲撃だった。
王城から近い場所を狙ってきたことは、イグニスが団長を襲名してから初めてのことで驚きは隠せない。
後ろからついてきた部下へ指示を出したあと、一人だけになった魔法使いを追いつめる。
地理に詳しくなかったのか詰めが甘い魔法使いは壁で囲まれた行き止まりを見て、ブツブツと何か口にしていた。
背後を気にしながらも退路を断つイグニスは、少しずつ近づいていき魔法を唱える。
「――絡め取れ、愚かな花を」
呆気なく捕まった魔法使いのフードを取り去ると、イグニスは目を見開いた。そこにいたのは怯える赤毛の少女で、変身魔法や幻影魔法でもない。当然、闇魔法結社とも違う守るべき市民である。
動揺を隠せないイグニスは、周囲から一斉に魔力の気配を感じて魔法を唱えようと試みるが、狙いは身動きの取れない市民だった。
攻撃魔法に特化したイグニスは、防護すら攻撃で防いできたため誰かを守りながら戦うことに弱い。
爆発音と少女の悲鳴が上がる。黒い煙が消えたあと、ボロボロの白いローブ姿で地面に突っ伏したイグニスが転がっていた。少女は無傷だったもの、涙と震えが止まらない体でイグニスを見つめている。
「うっ……」
少女の悲痛な叫び声は意識が朦朧とする傷だらけになったイグニスの鼓膜を震わせた。次第に感覚は鈍くなり視界を暗闇が覆っていく。自分の単独行動によって市民を危険にさらしたことの拭えない罪を思って足掻く中。微かに耳へ届く懐かしく感じてしまう声に一瞬だけ体が反応したあと、闇魔法結社の悲鳴が聞こえてくると安心して意識を手放した。
◆◆◆
ぼんやりする中、薄く瞼を開くと耳心地の良い明るい声が聞こえてくる。あのときも、確かに聞こえた声だった。急に目の前が暗くなり、空色の瞳と視線を重ねる。白銀のふわふわした猫っ毛が微かに揺れて、空色の少し垂れた猫目は一心にイグニスを見つめていた。
「……良かった。無事で」
「――手間をかけさせたな……」
素直になれないイグニスは感謝の言葉が口から出てこなくて繕ってしまう。それでも、イグニスが無事だっただけでグラキエスは笑顔を向けてきた。内装を見て、すぐに団長室と同じく与えられた自室だと分かり、布団の中で収まっている手を伸ばす。一切痛みがないのは、聖女の力だと分かって再びグラキエスへ視線を向けた。
ゆっくり体を起こすと、グラキエス特性の果実水を差し出されて喉を潤す。茶化すように「何か怪しいモノが入ってないか確認しなくていいのー?」と言う悪戯っぽい笑みを見てホッとしている自分がいた。
単独行動のきっかけはグラキエスの縁談である。その前にも、なぜか必要以上に接してこないことで苛立ち、縁談が二人の仲を悪化させたのだが……。ベッドへ座ったまま、グラキエスを見つめる眼差しは明らかに怒りを帯びている。蛇に睨まれたような眼差しへ気づいたグラキエスも体を硬直させて首を傾げてみせた。
「……全部、てめぇのせいだよな?」
「え……なんのことかサッパリ……」
「お仕置きタイムだ――」
不意に手をかざすイグニスは、お馴染みの魔法を唱えると油断していたグラキエスは蔓で絡めとられ宙づりにされる。捕らえた得物の血でも吸っているかのような赤くて美しい薔薇の花が咲くと、泣き言が聞こえてきた。
「ちょっ……ひどくない⁉ 颯爽と助けに行ったのにー!」
「……意識がなくて、てめぇに助けられた記憶はない」
「ひどっ!」
先ほどとは打って変わって態度を変える暴君に文句を言うグラキエスだったが、言葉通りの『お仕置き』によって、全部暴露したことで一人取り残されて宙づりの延長を食らうことになり騒ぐ。
ボロボロになった支給品のローブも魔法で元通りになっていて、袖を通したイグニスはグラキエスを放置して自室を出ると報告のために玉座へ向かった。
団長である自分の失態についての言及は単独行動だけで、身を挺して市民を守ったことが評価される。
そんなことよりも、グラキエスが自分に愛想を尽かしたのかと思っていたイグニスは、先ほどのやり取りでホッとしている心の変化を受け止められず悶々しながら廊下を歩いていた。グラキエスから好きだと告白されてから約十五年。恋愛感情が分からないイグニスにとって、同性の好意はさらに分からないものだった。
初めは勿論、性的に触れられて体が拒否反応なのかビクッと震えるばかりで、その都度グラキエスを叩きのめして過ごしてきた青年期。今では耐性が出来たのか嫌悪感もなく、反応せずにいられる。色々あったが、アクアの提案した『押して駄目なら引いてみろ』作戦など一度も実行されたことはなかった。グラキエスにとっては成功だが、イグニスの変化へ気づいていないため失敗したと思っているだろう。
真剣に考えていたせいで、横からひょっこり顔を覗かせる白銀の猫っ毛に気づけなかった。
「――ねぇ、そんな顔で僕に気づかないと……キスしちゃうよ?」
クスクス笑い声と共に艶っぽい声が耳元で聞こえた瞬間、一気に背筋が震える。寒気に似た感覚が襲ったイグニスは、思い切り顔面を片手で握った。「ぎゃー」と騒ぐ姿からしてお仕置きは意味を為さず、懲りていないのは明白である。手を離されたグラキエスは涙目で顔を触っていた。急なことは未だに反応してしまうが、昔と比べたら小さいもので、イグニスも毒されていることに気づいている。
泣き顔もすべて演技だと分かっているイグニスは平然と歩きだした。そんなイグニスの横を歩き出すグラキエスは相変わらずな口振りで笑顔を向けてくる。小さな変化や葛藤に気づいていないグラキエスだったが、未だに悶々していた心を溶かすような言葉を投げられた。
「……実は、イグニスが話を終えたあと陛下と話したんだ。縁談のお断り……」
「え……」
「やっぱり、僕はイグニスが好きなのに他国の聖女様に不誠実だなーってね?」
「――勝手に言ってろ……」
普段と変わらない声色で聞き流すイグニスは、なぜか胸のつかえが取れた感覚がして、安堵する気持ちを否定するように首を振る。
アクアとグラキエスの作戦が成功したと分かるのはもう少し先の話だった――。
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