【完結】王国魔法騎士団の赤い薔薇 〜男前騎士団長は幼馴染の聖女(男)から狙われてます〜

葉瀬満月(はせみつき)

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第9輪 濡れた薄紅色の花

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 いつぶりか分からない雨がしとしと降る中、恨めしそうな赤薔薇の双眸が窓を伝う雫を睨みつける。魔力量が多い魔法使いは、雨に弱い……などという文献があった。空気中の魔力が雨に濡れることで重くなり、体内の魔力と反発し合うからと言われている。リトス王国が誇る最強の魔法使いであるイグニスも例外じゃない。
 
 団長室内でため息をつくイグニスの耳に扉を叩く音が聞こえてくる。誰だか予想はついているため、あからさまに嫌そうな声で許可した。雨でも満面の笑みを貼り付けたグラキエスが入ってくるのを確認して、頭を押さえながら厳かな黒い椅子へ座る。扉を閉めてゆっくり近づいてきた手には仄かな甘い香りのする紅茶が握られていた。

「あからさまに嫌な顔しないでよー」
「……用がないなら早く出ていけ」
「用がないと来ちゃ駄目なの? せっかく精神を落ち着かせる紅茶も持ってきたのに」

 いつものことだと分かっているグラキエスも長机にカップを置くと、視線を窓へ移す。一日止みそうにない雨を見てから、ちびちびとカップに口をつけるイグニスの唇へ熱い眼差しを注いでいた。昔と違って否定的な言葉を口にしないイグニスだが、代わりに呆れを含んだ白い目で返す。
 グラキエスも聖女であるため相当な魔力を保持しているのに体調不良じゃないかというと、回復魔法使い故だった。光の加護か、詳しくは分かっていないが同じように回復魔法使いで人より多くの魔力を保持している者も体調を崩していない。

 恨めしそうな表情を向けるイグニスだったが、不意に大きな音で扉が叩かれる。許可を得て入って来た部下二人はなぜかびしょ濡れで、こんな雨の中ある重大なことを報告してきた。

「――おい。もう一度復唱しろ」
「ですから……その、第一王女殿下の飼われている小鳥が逃げ出しまして……」
「……広い庭園に、追い詰めて魔法で隔離しただと?」

 大げさなほどに吐かれるため息で強張る部下たちはイグニスに手であしらわれ、頭を下げて走っていく。ペットが逃げ出して、王国魔法騎士団員が総出で雨の中探し回るなど平和で何より……といえなくない。
 ただし、雨じゃなかったらの話だ。

 笑いを堪える涼しい顔をした男を睨みつけるが、手の平を返してエスコートする気満々の姿に舌打ちする。
 ローブは邪魔だと脱ぎ捨てて赤い団服も濡れるだけのため、白いシャツ姿になって部屋を出て行った。ローブだけ脱いだグラキエスが、後ろから追いかけながら何か言っている。当然、目の前のことしか見えていないイグニスの耳には入ってこない。

 庭園に出る屋根のある場所から一歩踏み出すことを、渋るイグニスは再び舌打ちしながら外へ出ると当然雨に打たれる。雨除けの魔法もあるが、花にとって雨は恵みでもあるため嫌いじゃなかった。視界の悪い中、小さな鳥の姿を探して空を見上げると前髪も下りて邪魔になる。他の団員がいない場所まで歩いてくると、先ほどから痛いほど刺さる視線に振り返った。

「――おい。てめぇは、小鳥を探さないでどこを見てやがる」

 イグニスと違って団服姿であるグラキエスの視線を追う。無言のまま刺さる視線の先は、自分の胸板だと分かるが、特におかしな点はない。ずぶ濡れになってシャツが透けて肌が露出しているだけだった。

 寒さよりも肌にまとわりつく布の感覚が気持ち悪くて下へ引っ張ったとき、なぜか無言だったグラキエスは「あっ」と呟く。
 そして、獲物を凝視するような視線で舌なめずりする男の口から思いがけない言葉が発せられた。

「――イグニスの胸元、薄紅色の花が咲いてるよ?」
「は? 何言って――」

 濡れて透けている白いシャツを下へ引っ張ったことで、グラキエスの言うように張り付いた布から胸元を飾る二つの小さくも消すことの出来ない薄紅色の輪郭が浮き上がっている。
 健康的な肌の色に甘美な色彩が平らな胸元を華やかに飾っていた。

 すぐに理解したイグニスは正しい行動が分からず困惑する。分かることは一つだけ……。
 イグニスがなんとも思っていない男に不要な部位を、目の前にいるグラキエスは性的な目で見ている事実だった。

 確実に女がするだろう隠す行動はグラキエスの変態的思考を駆り立てる。だが、生々しく獲物を見るような眼差しはイグニスに芽生えていない羞恥心を植え付けようとしていた。

 ――あり得ない。

 同性の男に性的な目で見られても嫌悪感だけだった。相手が知っている男グラキエスだとしても、それは変わらない。

 自分を性的な目で見るなんて頭の回路がおかしいとさえ思っていた。傷つけまいと口に出さなかったが、約十五年間、不快感は同じだったはず……。

 脳内で議論する中、考えた結論は敵に背を向ける行為だった。雨音の中、静かに心理戦という攻防が繰り広げられる。

「くすっ……イグニス、可愛いね……。それ、獲物を狙ってる狼にしちゃいけない行動第二位だよ?」
「う、ぐっ……可愛くねぇ! てめぇの気配なんて背後からでも分かるんだよ」
「――でも、イグニス……いま、絶不調だよね?」

 文句を口にするより先に動いたグラキエスは時間を止めたかのような動きで、一瞬のうちにイグニスの背後へ回っていた。

 実際に時間を止めたわけじゃなく、グラキエスの言うとおり敗因は雨で弱体化しているイグニスの五感である。
 思わず振り返るイグニスを十センチほど高い空色の視線が刺さった。

 注がれる視線の先に気づいて、心臓の音が早くなるのを感じても参ったとは言わない。
 どこか二人だけの世界に感じるほど、雨音さえ聞こえなくなりそうな心臓の音が激しく鳴っていた。

 おもむろに伸ばされる手が、小さな二つの花に触れようかというところで止まる。これは、完全にグラキエスのシナリオだ。この男は、イグニスにない羞恥心を植え付けようとしている。

 雨音が二人の声を掻き消すように降り注ぐ中、耳元で甘い声が囁いた。

「ねぇ、イグニス。知ってる? 触れない方が、刺激を植え付けられること……」
「ハッ……変態野郎が怖気づいただけだろうが」

 強がりなのは分かっている。いま自分がどんな顔をしているかも分かりたくないほどに――。
 
「あと少しで触れそうな位置をキープして、こう言うんだ。この愛らしい花は、僕の指で触れられたらどんな風に震えるのか……ビクビクして、可愛く主張するのか。お高くとまってツンと尖るのか」

 触れそうな位置で漏れる吐息に、囁く声は弱っているイグニスの五感を刺激した。
 思わず硬直する体が下半身に熱を持つ。

 グラキエスの言葉どおり、胸元を飾る小さな二つの花も先ほどより硬く尖ってみえた。触れられていないのにじわじわと刺激されているような感覚に唾を飲み込む。
 今まで胸を触られたことは勿論ない。グラキエスの言う小さな花も、男が触れられて感度などないと思う反面、布で擦れたときの違和感は何度か覚えがあった。

 今じゃないと思いながらも鮮明に感じてしまったイグニスは、雨のせいにしようと脳に叩き込む。

 もう一歩、精神的に追い詰めようと漏れる吐息より先に、しっとり濡れた前髪が垂れて顔が分からなくなるイグニスは片手で胸元を隠した。
 当然、グラキエスの表情もイグニスには見えていないが、想像出来てしまう。

 グラキエスの勝利は目に見えて分かり、感じたことのない羞恥心で唇を噛みしめるイグニスの頬へ色白な指が触れた瞬間、ビクッと肩が揺れた。

「ごめんね? イグニス……僕の勝ちみたい」
「……うるせぇ……」
「安心して? 無理矢理どうこうする気はまったくないから……。ただ、そろそろイグニスにも自覚して欲しいなって思ってさ……

 それだけ言って距離をとるグラキエスは自分の着ていた団服を脱ぐとイグニスの胸元を隠すように後ろから前へ被せる。

 同じく濡れていくグラキエスの胸元にも二つの色素の薄く茶色っぽい突起が見えてくる。
 色白な肌に似合わない色は、羞恥心は疎か、余裕のある男を象徴しているように映った。

 自分と何が違うのか考えても分からないイグニスは、体を包む少し大きめな空色の団服を握りしめて下を向く――。
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