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第10輪 綺麗な花には毒がある
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あれ以来二人の関係は大きく変わったと思うほどの出来事だったが、嘘のように普通だった。
数日間。動揺していたのはイグニスだけで、グラキエスは以前と変わらない態度で接してくる。弱っていたときに、此処までかと追い立てておいて、それ以降何もないことでかえってイグニスの頭はグラキエスでいっぱいになった。
いまも飄々とした態度で朝食を準備している男を睨みつける。ヘラっとした笑顔を見せる姿に舌打ちした。
「……てめぇ、俺のこと舐めてんのか」
「えー? 舐めてないよー。あ、物理的に舐めて良いならいつでも!」
「……ふざけんな」
朝食を雑に食べていくと、いつもと変わらず隣に座るグラキエスが空気を吸うように伸ばしてくる手を捻る。不機嫌なのは誰から見ても分かることで、イグニス自身もあの出来事は雨のせいにして忘れることにした。
朝食を食べ終わり、グラキエスもいなくなって普段どおり資料に目を通しながら仕事を片付けていく。そして、気づくと昼食の時間になっていた。
腕を伸ばして背もたれに腰をつけるイグニスの耳へ外から少し大きめな声が聞こえてくる。しかもうるさいほど耳にこびりついている声で、頭を掻き乱して立ち上がった。
扉を開いて外の状況を把握しようとしたイグニスは、秒で手を握られて目を大きく見張る。
速いというものじゃない動きは魔法で再現できるか怪しいほど卓越されていた。思わず振り解く手の持ち主はマントを翻して騎士特有の行動で頭を垂れる。
若草色の頭と双眸の優男だ。白金色の団服に身を包んだ見ない顔の優男は、背後から肩を掴むグラキエスに凄まれる。
「――彼に、誰が触れて良いって許可した……」
「ハッ! 申し訳ございませんでした‼ 聖女様」
状況が読めず困惑するイグニスに、優男を退かしたグラキエスの手が握られた。
「ごめんね……イグニス。知らない男に触れられて怖かったよねー?」
「……てめぇも、どさくさ紛れに握ってんじゃねぇ!」
思いきり手首を捻り上げられてグラキエスの悲鳴が周囲に轟く。だが、いつものことと思われているため誰かが走ってくる足音はない。
冷静になって団長室で話を聞いたところ、この間断った縁談相手の従者だった。観光ついでの謝罪をしに来たらしいが、聖女の姿はない。話を聞くと聖女は第一王子にエスコートされて一日だけ暇を出されたらしく、解雇とかじゃないと言う。
それで一度、噂に聞く、男も惚れるほどの王国魔法騎士団長を見たかったと、目を輝かせて言われた。
「男の聖女様については、女性でも嫉妬するほどの美しさと聞いていたんですが……。団長様は、また違った華やかさをお持ちで!」
「……は?」
「イグニスー、こんな他国の男の話なんて聞かなくて良いからねー?」
簡易的な椅子に座らされる優男は性的な目でイグニスを見ていないため嫌悪感はない。その分、対応に困っているイグニスの表情をだらしない笑顔が見つめてくる。自分以外のことで困る顔をしている表情を見て性的興奮を得ているのは明白だ。
それにしても先ほどの無駄がない動作は侮れない。気配を消すだけでも相手に気づかれず動くことは可能だ。魔法使いの敵は純粋な騎士だと決まっている。
魔法使いも基本的に気配を消して戦うのが定石だ。ただ、卓越した騎士の中では暗殺に長けた者がいる。魔法使いの天敵だ。
グラキエスとは違った意味でヘラっとしている優男は、反射的なのか再び手を握ってくる。その動きはグラキエスでも分かっていなかった。
「……てめぇ、気配を消す達人か?」
「え? ああ、私の国では普通だったので申し訳ありません!」
「だから……彼の手を、勝手に触るなって……言っただろう――」
綺麗な顔が凄むと息が出来なくなるほど狂気的で、優男から聞いたこともない小さな声が漏れる。魂が抜けたように手が離れると、優男は冷や汗をかいていた。一度だけ見せた冷たい表情とは違う、目で殺せそうな圧のある顔は彫刻と見紛うほど美しくも映る。
聖女は色々な説で語られているが、基本的に光属性だ。その力は、息をしている限り五体不満足ですら救える癒やし、穢れを祓う能力である。闇堕ち……なんて聞いたことはないが、男の聖女は更に未知数だった。
光属性の反対は闇属性……闇魔法結社が扱う呪いのこと。不安を覚えたイグニスは自らグラキエスの片手を握った。ハッとした表情で振り向くグラキエスは、嬉しそうな顔をする。
苦しそうな表情をしていた優男は、金縛りから解放されたようで盛大に息を吸っていた。自分が行動しなかったら死んでいたんじゃないかと思うほどで、優男は身の危険を感じて頭を下げたあと部屋から出ていく。
何も考えていない様子のグラキエスは、イグニスの手の甲に頬を擦り寄せていた。調子に乗って唇を寄せてきたところで反対の手で横へ叩く。
「いっ……! たぁぁ……ひどい」
「……口づけしようとしてんじゃねぇ」
洗うのが面倒だと主張するイグニスにソファーから叩き落とされたグラキエスは、首を撫でながら涙目になった。いつもの演技だと分かると視線を外してため息をつく。自分は棘があると言われたが、こいつは毒だなと思うイグニスはいつの間にか羞恥心など忘れていた。
数日間。動揺していたのはイグニスだけで、グラキエスは以前と変わらない態度で接してくる。弱っていたときに、此処までかと追い立てておいて、それ以降何もないことでかえってイグニスの頭はグラキエスでいっぱいになった。
いまも飄々とした態度で朝食を準備している男を睨みつける。ヘラっとした笑顔を見せる姿に舌打ちした。
「……てめぇ、俺のこと舐めてんのか」
「えー? 舐めてないよー。あ、物理的に舐めて良いならいつでも!」
「……ふざけんな」
朝食を雑に食べていくと、いつもと変わらず隣に座るグラキエスが空気を吸うように伸ばしてくる手を捻る。不機嫌なのは誰から見ても分かることで、イグニス自身もあの出来事は雨のせいにして忘れることにした。
朝食を食べ終わり、グラキエスもいなくなって普段どおり資料に目を通しながら仕事を片付けていく。そして、気づくと昼食の時間になっていた。
腕を伸ばして背もたれに腰をつけるイグニスの耳へ外から少し大きめな声が聞こえてくる。しかもうるさいほど耳にこびりついている声で、頭を掻き乱して立ち上がった。
扉を開いて外の状況を把握しようとしたイグニスは、秒で手を握られて目を大きく見張る。
速いというものじゃない動きは魔法で再現できるか怪しいほど卓越されていた。思わず振り解く手の持ち主はマントを翻して騎士特有の行動で頭を垂れる。
若草色の頭と双眸の優男だ。白金色の団服に身を包んだ見ない顔の優男は、背後から肩を掴むグラキエスに凄まれる。
「――彼に、誰が触れて良いって許可した……」
「ハッ! 申し訳ございませんでした‼ 聖女様」
状況が読めず困惑するイグニスに、優男を退かしたグラキエスの手が握られた。
「ごめんね……イグニス。知らない男に触れられて怖かったよねー?」
「……てめぇも、どさくさ紛れに握ってんじゃねぇ!」
思いきり手首を捻り上げられてグラキエスの悲鳴が周囲に轟く。だが、いつものことと思われているため誰かが走ってくる足音はない。
冷静になって団長室で話を聞いたところ、この間断った縁談相手の従者だった。観光ついでの謝罪をしに来たらしいが、聖女の姿はない。話を聞くと聖女は第一王子にエスコートされて一日だけ暇を出されたらしく、解雇とかじゃないと言う。
それで一度、噂に聞く、男も惚れるほどの王国魔法騎士団長を見たかったと、目を輝かせて言われた。
「男の聖女様については、女性でも嫉妬するほどの美しさと聞いていたんですが……。団長様は、また違った華やかさをお持ちで!」
「……は?」
「イグニスー、こんな他国の男の話なんて聞かなくて良いからねー?」
簡易的な椅子に座らされる優男は性的な目でイグニスを見ていないため嫌悪感はない。その分、対応に困っているイグニスの表情をだらしない笑顔が見つめてくる。自分以外のことで困る顔をしている表情を見て性的興奮を得ているのは明白だ。
それにしても先ほどの無駄がない動作は侮れない。気配を消すだけでも相手に気づかれず動くことは可能だ。魔法使いの敵は純粋な騎士だと決まっている。
魔法使いも基本的に気配を消して戦うのが定石だ。ただ、卓越した騎士の中では暗殺に長けた者がいる。魔法使いの天敵だ。
グラキエスとは違った意味でヘラっとしている優男は、反射的なのか再び手を握ってくる。その動きはグラキエスでも分かっていなかった。
「……てめぇ、気配を消す達人か?」
「え? ああ、私の国では普通だったので申し訳ありません!」
「だから……彼の手を、勝手に触るなって……言っただろう――」
綺麗な顔が凄むと息が出来なくなるほど狂気的で、優男から聞いたこともない小さな声が漏れる。魂が抜けたように手が離れると、優男は冷や汗をかいていた。一度だけ見せた冷たい表情とは違う、目で殺せそうな圧のある顔は彫刻と見紛うほど美しくも映る。
聖女は色々な説で語られているが、基本的に光属性だ。その力は、息をしている限り五体不満足ですら救える癒やし、穢れを祓う能力である。闇堕ち……なんて聞いたことはないが、男の聖女は更に未知数だった。
光属性の反対は闇属性……闇魔法結社が扱う呪いのこと。不安を覚えたイグニスは自らグラキエスの片手を握った。ハッとした表情で振り向くグラキエスは、嬉しそうな顔をする。
苦しそうな表情をしていた優男は、金縛りから解放されたようで盛大に息を吸っていた。自分が行動しなかったら死んでいたんじゃないかと思うほどで、優男は身の危険を感じて頭を下げたあと部屋から出ていく。
何も考えていない様子のグラキエスは、イグニスの手の甲に頬を擦り寄せていた。調子に乗って唇を寄せてきたところで反対の手で横へ叩く。
「いっ……! たぁぁ……ひどい」
「……口づけしようとしてんじゃねぇ」
洗うのが面倒だと主張するイグニスにソファーから叩き落とされたグラキエスは、首を撫でながら涙目になった。いつもの演技だと分かると視線を外してため息をつく。自分は棘があると言われたが、こいつは毒だなと思うイグニスはいつの間にか羞恥心など忘れていた。
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