【完結】王国魔法騎士団の赤い薔薇 〜男前騎士団長は幼馴染の聖女(男)から狙われてます〜

葉瀬満月(はせみつき)

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第11輪 尻尾の付け根は敏感で

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 リトス王国は、竜人の治める国と獣人が治める国の間に挟まれ、二つの隣国と同盟を結んでいる。

 その一つである獣人の国から使者がきた。全世界において共通の敵である闇魔法結社の動きについて。隣国の王城から離れた村で、何かを企てている情報が入ったらしく駆り出されることになった。
 だから、今回も部下の数人を送り込む予定だったのだが……数的に実力者で速やかに制圧したいという旨が届く。

 提示された敵の数は二十人。明らかに大物がいないことを記す小物の数だ。同盟とは良いことばかりじゃない。その間に攻め込まれるリスクもあった。だから、こちらの戦力を削る厄介者だと思っているイグニスは頭を抱えている。
 そんなイグニスの肩へ色白で細長い指先が触れた。

 振り解くのも億劫だと感じていたイグニスの耳元へ、続けざまに吐息が吹きかけられて背筋を震わせる。切れ長で棘のある赤薔薇の双眸が睨みつける先にいるのは当然グラキエスだ。

「……てめぇ、八つ裂きにされたいらしいな」
「えー、そんなことないよー。真剣な表情して悩んでたから……」
「……意味不明だ」
「僕たち二人で乗り込んで叩き潰したら済む話でしょ?」

 あっさり言ってのける恐ろしい男は目が笑っていない。行動はふざけているようで、先見の明をもつグラキエスは一度も失敗したことがなかった。雑だったり不器用な面のあるイグニスとは違い、完璧で隙のない男がグラキエスである。
 本当に綺麗な顔と裏腹で、さらっと言ってやってしまう策士だ。その原動力がすべてイグニスだと言うことも知っている。

 肩を這うようにまさぐる手を払い除けたイグニスは、部屋を出たあと一日だけ王城を空けることを国王陛下へ提示した。

 獣人の治める隣国は同盟を結んでいるくせに神経質で、面倒くさい。なんの特徴もない人間は一人も住んでおらず、国を跨ぐ際は決まって“変身薬”が必須だった――。

 普段の団服を脱ぎ去り、黒いローブ姿に身を包む。下はお馴染みのシャツとズボンだが、スッポリ被るタイプなため露出は一切ない。
 そして、なんの特徴もない人間であるイグニスの耳は顔の横にあって臀部も引き締まっているだけ。

 だが、団長室の姿見に映るのは頭部に赤薔薇のような鮮やかな三角の靭やかな耳と、臀部から伸びる長い尻尾。どちらも柔らかい毛並みで、触りたくなる魅力を帯びている。当然、自分の感覚で動かせ、作り物じゃない。尻尾を揺らして確認していると、背後から繊細な部分に飛びつく輩をはたき落とす。

 顔を床に突っ伏す形で白銀の大きな耳と太い尻尾をブンブン揺らすのはグラキエスだ。

「……気安く触るんじゃねぇ」

 見た目こそ愛らしく見えるモフモフの尻尾と耳を持つ男は、中身が残念なためまったく可愛くない。

「えー……靭やかな魅力ある尻尾を揺らすイグニスが悪いと思うんだ」
「……機能性を確かめてんだよ。てめぇは、ブンブン分かりやすい」

 イグニスはネコ科でグラキエスは当然イヌ科だ。
 犬は感情が出やすいと言うが、止まることなく揺れる尻尾を見ても明らかである。
 獲物を追い回す魔物のイヌ型も同じかもしれないと、不意に思うイグニスの思考を前に立ちはだかる影が現実へ引き戻した。
 今度は耳を触ろうとしてくる男に鉄槌を下す。

 腹部を両手で押さえて立て膝をついたことで普段と目線が逆転した。見下ろされているのに高揚した艶っぽい笑みを浮かべてくる。しかも相変わらず尻尾がブンブン揺れていた。

 変身薬で実際に獣人の心が芽生えたわけじゃないはずなのに、本能からか揺れる尻尾が魅力的に感じてしまうイグニスは自然と目で追ってしまう。

 このままでは性的思考で動いているグラキエスと同じになることを危惧したイグニスは、支度を済ませて部屋を出た。



 ◆◆◆


 
 神経質で警戒心の高い隣国は高い山に囲まれている。だから闇魔法結社に狙われることも少ない。基本的に奴らは闇魔法以外を邪魔だと思っている。その筆頭が聖女だ。
 この世界に聖女は五人しかいない。そのため、聖女のいない国周辺は穢れで住めなくなった場所も多くある。遠征するにも限度があるからだ。

 高い山であろうと魔法使いにとって大したことはない。当然、魔法使い対策もされているが、精霊の加護を持つイグニスと聖女であるグラキエスには関係なかった。

「隣国も久しぶりだな」
「そうだねー。本当閉鎖的で……みんな、しっぽりやってるのかなー?」
「……てめぇだけだ」

 飽きることなく尻尾を振りながら腕を組む狼男からは呆れる言葉しか出てこない。
 今回依頼があった問題の村へ訪れると、昼前にも関わらず人の姿はなく静まり返っている。

 村人の数も二十人ほどいると聞いていた。獣人の村なだけあって平屋に木材で出来た同じ家しかない。違和感しかない異常さに、二人は近くの林へ身を隠す。魔力探知による反応はない。

「おい。村人は生きていると思うか?」
「んー……どうだろうねー。“闇魔法結社あいつら”のやることだから」

 村人救出についての議論はなかった。広い地形をぐるりと眺めたあと、イグニスは魔法を展開する。

「――道を示し、照らし出せエールヘレン・ディレクション!」

 林の中、イグニスの足元に赤い薔薇の結晶が現れ、鏡のように姿を映し出す。不意に人間とは異なる第三者の影が映し出された瞬間、足元から伸びる無数の蔓が光の速さで地面を貫いて這っていく。イグニスの得意な索敵魔法だ。

 しかも、古城のような施設内や町中よりも薔薇を媒介にするイグニスの魔法は土がある外界がいかいでこそ輝く。
 そのため消費魔力も抑えられる利点があった。

「イグニス、今のって」
「ああ、外界がいかいは精霊と繋がっているからな」
「……繋がってるとか、ちょっと妬けちゃうなー」

 嫉妬心を剥き出しにするグラキエスを放置して、脳内で映し出される地図をもとに走り出す。

 変身薬は魔法と違って姿を似せるだけしか出来ない。ただ、今回使った変身薬は特殊で、肉体のように神経が通っているため、繊細な部位でもあった。

 林の中を突っ切る二人は少し離れた先の開けた場所で魔力反応を感じて立ち止まる。イグニスの指示で二手に別れ、木の陰から様子をうかがうと、黒いマントを羽織った複数の男たちが地面に何かを描いていた。

『グラス……あいつら』
『うん……魔法文字だね。しかも、あれ……“生贄”を使うタイプだよ』

 二人は念話の魔法を使って離れたところから会話をする。魔法文字に関してはグラキエスの方が速読だった。

 地中深くまで伸びていた蔓によってイグニスの双眸が大きく見開かれる。魔力探知の範囲外だった地中で、四角にくり抜かれたような空間を見つけた。
 しかも、ちょうど男たちの描く魔法文字の真下にある。

 さすがのイグニスでも、この魔法を使って映像などを映し出すことは出来ない。

『グラス、こいつらの息の根を止めるぞ』
『え? ちょっ、息の根は駄目だって! 仕方ないなー……尻拭いは任せて』

 イグニスには一つだけ、信念があった。それは正々堂々と殺し合う任務遂行すること。奇襲を仕掛けるのは信念に反する行為であり、一度もしたことがない。

 草原が不自然に揺れたことで男たちはイグニスの方へ視線を向けた。太陽の光で燃え上がる炎のような赤い髪に、赤薔薇のような双眸が獲物を捕らえる。
 狼狽える男たちが口々に叫んだ。

「……血を啜って成長する薔薇の花を知っているか? ――儚い薔薇の贄となれサクリフィシオ・エフェメール!」

 語りかけるように紡がれる魔法は可愛さの欠片すらない。

 男たちの魔法が届くより先に地面は赤く輝き出す。それは一瞬のことだった。塗り潰されるように書き換えられていく魔法文字は赤く染まり、巨大な薔薇が浮かび上がる。
 なす術もなく囚われていく男たちは、薔薇の花弁に包みこまれ、瞬く間に痩せ細っていった。

 相変わらず全力で魔法を展開するイグニスの代わりに、命が尽きる寸前でグラキエスの範囲魔法が飛ぶ。
 薔薇の花が消えて地面に倒れる男たちは、辛うじて命を取り留めていた。

「まったくさー……こんな奴ら殺しても、キミの魂が穢れるだけなのに……」

 いつの間にか戻ってきていたグラキエスの甘い台詞に白い目を向ける。もう一段階やることが残っているイグニスは、男たちへ一歩踏み出したときだった。

「あ、待って。危ないから――」
「いっ……⁉」

 呼び止める動作と同時に聞いたことのない艶っぽい声がイグニスの口から溢れる。不意に伸ばされた手は、イグニスの腕じゃなく細長い尻尾の付け根を握っていた。
 足先から鳥肌が立ったように全身を震わせたイグニスが勢い良く背後へ振り向く。

「――てめぇ……どこ握ってやがる‼」

 グラキエスはおもむろに視線を下へ向けてから、赤薔薇の尻尾の付け根を細長い指先が優しく上から下に撫であげた。
 ビクビクと痙攣したように肩を揺らすイグニスは、思わず片手で口を押さえる。

「えー……イグニスの可愛い尻尾の付け根だけど……。あ、そっか……猫ってココも、性感帯だっけ?」

 いやらしい笑みを浮かべるグラキエスは、わざとらしく問いかけながらも愛おしそうな双眸で、上下に撫であげる指の動きを止めない。
 知らない快感が体を駆け巡り、すぐに我慢の限界を迎えたイグニスは、よろめく足を踏ん張りグラキエスと距離を詰めて襟首を締め上げる。

「――やめ、ろッ……!」
「どうしたの? イグニス……顔真っ赤だよ……」

 艶めかしい空色の双眸は、最後の仕上げとばかりに靭やかな尻尾の付け根を強く握った瞬間だった。ビクッと大きく体を揺らしたイグニスから、誤魔化せない甘美な声が漏れてグラキエスの胸板に顔を埋める。

「ぁ……んっ……!」
 
 自分でも知らない艶かしい声は、明らかにおとこを誘うものだ。普段、声の低いイグニスからは想像出来ないほど生々しい。
 面白半分もあったグラキエスは一瞬で切り替わるように男の顔をする。それと同時に、どこか憂いを帯びた眼差しで優しく尻尾から手を離した。
 今の自分は狩られる側だと本能で理解してしまい、震えるイグニスの体を抱き締めるグラキエスが耳に唇を寄せる。

「……怯えないで? もうしないから」
「――この、変態聖女が……」

 明らかに恐怖の色が混ざっているイグニスは声を絞り出した。
 弱みを物理的に握られ、拒絶出来ない行為でイグニスの恐怖を感じ取ったグラキエスは、耳へ軽く唇を押し当てると体を離す。

「……暴走して、ごめんね?」

 眉を下げて謝罪するグラキエスに、イグニスからの言葉は返ってこない。
 下を向いたまま目を合わせないイグニスは、火照った熱に唇を噛み締めて、自身の震える肢体を左手で抱きしめた。
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