【完結】王国魔法騎士団の赤い薔薇 〜男前騎士団長は幼馴染の聖女(男)から狙われてます〜

葉瀬満月(はせみつき)

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第16輪 過去に滴る赤い薔薇

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 初めての体験を二度したあと、深夜まで書類業務に追われていたイグニスは、団長になってから入ることがなくなった大浴場へ足を運んでいる。
 この時間帯、団員は湯浴みしないのを把握して特別に許可をもらった。

 大浴場は天井がなく、空を一望出来る。この世界ではキラキラ輝く一部の星が、死者の魂だと教えられていた。
 精霊様の加護を授かった者は、精霊様にいざなわれて同化して自然の一部となる。

 満天の星を眺めながら、ふと頭に問題児の顔が浮かんだ。なぜか、寂しさを感じて眉をひそめる。

「……あいつとは、一緒の場所にいけないな」

 恋愛感情はない。だけど、家族愛は感じている。

 グラキエスが、大貴族の一つであるローゼン家に現れたのは、当時八歳のときだった――。

「…………あの頃は、可愛かった……はずなのに」



 ◆◆◆


 
 白銀のふわふわした癖っ毛で、空色の少し垂れた猫目をした美少年の印象が強かったグラキエスの手を引いた父親が帰ってくる。
 人形のような色白で、大きな空色の瞳は吸い込まれそうだった。
 少女と間違えるほどの見た目だったが、イグニスに挨拶する際「ぼく、おとこのこだから」と、衝撃的な一言を聞かされる。

 顔にも言葉ですらあまり変化を見せなかったが、まだ妹がお腹にいたこともあって素っ気ない中でイグニスは可愛がっていた。

 グラキエスが十歳になった頃。妹のアクアが生まれて二年経ったこともあり、以前と比べたら感情を表へ出すようになった三人は、本当の兄弟のように仲が良かった。
 そんなとき、巷で貴族の嫡子の誘拐事件が起きる。外出を制限されて、中庭で遊んでいたグラキエスは珍しい魔蝶を見つけて外へ出てしまった。
 魔蝶は、幸せを運ぶと言われていて高値で売買されるほど貴重価値があり、滅多にお目にかかれない。

「イグニスと、アクアに見せてあげたい」

 子供心に芽生えた、可愛らしい優しさだった。
 だが、そのときグラキエスはローゼン家嫡子であるイグニスと間違われて誘拐されてしまう。
 一部の限られた貴族の中では、魔法の元素や根源と云われる精霊様の寵愛を受けて精霊魔法を授かっていた。誘拐事件のあった子供もその一人である。

 監禁された場所で震える子供と身を寄せていたとき、男たちの話し声を聞いてしまった。

「……ぼくは、せいれいさまに、あいされた子供じゃない……」

 「おやにも、すてられた子供だ」脳裏で貼り付いた記憶を呼び起こすような言葉は、幼心の精神を抉るように歪めていく。
 グラキエスは幼心に感じてしまった。

 「だれも、たすけになんて来ない」と――。

 実の子供じゃない孤児だった自分を受け入れてくれたローゼン家。優しい父母に、兄と可愛い妹。言葉は悪いが、愛情を感じていても、血の繋がりのない他人である。
 悲痛の中でグラキエスが思った言葉を吐き出していた。

「――イグニスじゃなくて、よかった……」

 攫われたのが、孤児だった自分で良かったと……。
 怖くて悲しいはずなのに、涙は一切流れなかった。自分にしがみついている貴族の子供は、二人分泣いているようにさえ感じるくらい。
 あれからどれくらい経ったか分からない暗闇の中で、微かに男たちのくぐもった声が聞こえた。急に重い扉が開かれて、眩しい光で目を覆い隠す中、聞こえてきたのは懐かしくも感じる暖かい声……。

「――グラス‼」
「……え? イグニス……?」
「助けに来た‼」

 耳に心地良い子供としては少しだけ低い声が鼓膜を震わせる。途端に言葉が出なくなり、啜り泣く声だけ響いてきた。「ああ、となりのこどもか……」と思っていたら、イグニスに頬を指でなぞられる。

「男が泣くんじゃねぇ……」

 イグニスが触れた頬には大粒の涙で濡れていたと分かった。そして、啜り泣く声は自分のものだったと……。
 当然、イグニス一人で助けに来るはずはなく、父親含めて男たちと戦っている間を潜り抜けて外へ出る。やっと抜け出せたと安心したときだった。

「――グラス‼」

 貴族の子供、特に精霊の寵愛を受けた子供を誘拐する行為は死罪に当たる。どうせ死ぬならと、傷ついた男の一人が放った魔法はグラキエスに飛んできた。

 「あ……しんだ……」本能で直感したグラキエスが大きな両目を瞑る。死ぬまでの痛みについて考えていたが、近くで呻く声と、父親の悲痛な叫び声が鼓膜を震わせて瞼を開いた。
 目の前で倒れていたのは大好きな兄のイグニスである。
 腹部から滴る赤い鮮血は、血溜まりとなって広がっていった。言葉が出ない。血の気が引いた顔に、開いたままの赤い双眸は生気を失っていく。頭が真っ白になった。

「――どう、して……」

 絞り出した声は誰も聞こえないほど小さくて風に流れていく。ただ、そんな言葉を拾い上げるように脳内で声が聞こえてきた。

『――大事な、弟だから……』

 助けられたときよりも涙が溢れて、前が見えなくなる。目の前に倒れているイグニスは重体で意識はない。

「早い奴は十歳で、精霊サマと繋がるんだってさ」
 そんな他愛もない言葉を思い出す。意識のないイグニスが精霊様の魔法を使ったのだとしたら、それは……死の淵をさまよう寵愛を受けた者へ最期の想いを届ける行為だった。

「だ、だめ……ぜったい! しぬなんて、みとめない‼ イグニスは、だ!」

 大人たちが普段聞かないほど大きな声で宣言するグラキエスに、驚いた眼差しを向けている。そんなことなど構わず、イグニスに駆け寄ったグラキエスは大人たちの制止を振り切って腹部へ手を乗せた。
 体に触れた瞬間、目も開けられないほどの強い光が二人を包み込む。

 暫くして目を開けると、美しくも繊細さを持つ赤薔薇のような瞳がグラキエスを見ていた。
 生々しいほどの血で濡れていた腹部からは、健康的な肌色が見えている。傷痕も一切ない。

「――聖女様……?」

 大人の一人が呟いた言葉で、父親はグラキエスを抱き上げる。喜ぶ大人たちに、放心するグラキエスとイグニスの視線が重なった。

「……に、助けられた……」

 か細い声がグラキエスの鼓膜を震わせる。そのとき初めて、悲しい涙と嬉しい涙を知ったグラキエスは寝るまでイグニスの胸の中で泣いていた。

 グラキエスの性癖は、このとき歪なものへと変化していく。イグニスを守るという使命感に、芽生えた恋心。救い出されてからすぐ早めの精通を迎えたことで、イグニスのことを性的対象として見るようになっていった――。


 
 ◆◆◆


 
「――思い出すと、あいつが俺を性的な目で見るようになったのは……その頃か」

 苦い思い出になってしまった記憶を振り払う。
 大分、長湯をしていることに気づいて立ち上がると、ふらつく足取りで脱衣場の扉を開けたときだった。
 少しだけ柔らかい壁にぶつかる。

 大浴場の壁は白っぽかったかと誤解するような色白だった。だが、とても見覚えのある薄茶色をした二つの小さな雄花で覚醒する。
 胸筋で主張するように硬くなっていく姿と、少し上から咳払いが聞こえてきた。
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