【完結】王国魔法騎士団の赤い薔薇 〜男前騎士団長は幼馴染の聖女(男)から狙われてます〜

葉瀬満月(はせみつき)

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第18輪 眠る花に触れる指先

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 イグニスにとって生まれてから一番の衝撃を受けた深夜の出来事が頭を過ぎって眠れなかった朝。
 一睡もしない体は、深い椅子の上で限界を迎えそうなくらい前に傾いている。
 そんなイグニスの頭を覚醒させているのは、身近にいる危険人物の存在だった。爽やかな笑みを浮かべるグラキエスは、幸せに満ちている。
 スッキリした表情で、まったく寝不足も感じられず、風邪も引かなかった……見た目に反して屈強な男だ。

 踊るような動きで背後へ回る可憐な姿は、長机の上に、まとめた書類の束を置く。
 可憐なのは見ためだけで、中身はドス黒く性欲に塗れていた。
 長い指先が座る椅子の背に手をかけ、耳にかかる吐息が生々しい。

「イグニスが成長していて良かったよー」
「……なんの話だ」
「え? 下半身の話だけど……ほら、最後に見たときは十六歳で。十四歳の僕より小さかったからさー?」

 イグニスにとっての忘れたい記憶が呼び覚まされた瞬間だった。

 告白されたと同時に、暴露されたのが「僕、イグニスのこと……性的な目で見てるから!」である。
 色んな意味で衝撃を受けたイグニスは、それ以来グラキエスへ軽蔑する眼差しを向け、湯浴みを共にすることもなくなった。
 そんなある日、時間外に湯浴みをしていたイグニスは、なんの因果かバッタリ遭遇してしまう。
 昨夜と同じく全裸同士で、上から下まで余すことなく確認された。そして、当然イグニスも勃起した雄を見てしまった、あのときの光景が蘇り頭を抱える。

 十四歳の頃はまだ身長もイグニスの方が上で、体格も当然負けていなかった。昔から色白で線が細く、美少女さの抜けなかったグラキエスからは想像出来ないほど、下半身だけが立派な成長を遂げていた悪夢……。

 昨夜、見てしまったグラキエスの勃起した雄姿は、さらに太く遊んでいるのが分かるほど黒かった。
 イグニスも複数回の経験があるため、胸元を飾る小さな二つの花と違って黒ずんではいる。ただ、グラキエスと比べたら色素が薄かった。

 考えることを振り払い、仕事に向き直る。

「でも……残念だなー……。イグニスが、だったら……アソコも可愛い色をしていたかもしれないのに……」
「……てめぇ、卑猥なことばかり言ってんじゃねぇ! 仕事しないなら出ていけ!」

 既に自分の仕事を終わらせてきた完璧な男は、量の多いイグニスを手伝う目的で団長室にいた。返事だけ良いグラキエスは、そのあと指示される仕事を片付けていく。

 昼食までには仕事を終わらせたイグニスは頭が前後で揺れていた。昼食の準備をしていたグラキエスは気づかない。

 薄い目で、機嫌の良いグラキエスを視界に入れる。

「――駄目……だ……」
 
 仕事が終わったことで気が緩んだイグニスは、突然バタンと音を響かせた。



 ◆◆◆


 
 急なことで心配して覗き込むグラキエスは優しく体を揺する。腕の隙間から見える横顔に反応はなく、静かな室内で甘く囁いた。

「イグニスー? え……もしかして、寝ちゃった?」

 長机に突っ伏してスースーと言う愛らしい寝息が聞こえてくる。完全なまでに寝落ちしていた。横顔から覗く睫毛は切れ長の瞳を彩るように長い。
 無防備に寝ている想い人へ不埒な考えは過ぎらなかった。

「……睫毛長いな。寝顔も可愛い……僕を警戒してから、大人になって見たことなかった……」

 肩を揺らしても起きなかったことで、伸ばした手は炎のような赤い髪へ触れる。
 柔らかさや硬くもない靭やかな髪質で心地良い。
 いつも何かあると年上を振りかざして気を張っているイグニスが、唯一弱みを見せる相手は自分しかないと自負していた。
 
 暫く愛らしい寝顔を堪能したあと、椅子を引いてから腰に手を回す。自分の胸板に密着させてから太腿へ反対の手を伸ばして、ゆっくり持ち上げた。
 グラキエスより重みのある男の体にも関わらず、軽々と持ち上げてしまう。長くて細い腕はぷるぷる震えることもなく、距離が近くなったことで笑みを深めていた。

 イグニスの言っていた謎の一つである。普段はイグニスより重いものを持てないグラキエスが、唯一抱えられたり、握力も強くなる現象は謎に包まれていた。

「……愛の力ってやつだよねぇ。このまま僕の部屋にお持ち帰りしたら……イグニス驚くかな」

 グラキエスの部屋は、イグニスと隣り合っている。僅かに部屋の音も聞こえるが、グラキエスは寝返りの小さな音すら拾う地獄耳を取得した変態だった。
 正し、唯一決めていることがある。どんな状況でも、イグニスの意識があるときでしか性的な意味で触れないこと。見ないことだった。

 そこだけはイグニスも信用しているのだが、寝込みを襲うグラキエスを警戒しているのは、勝手に添い寝しようとするところである。
 体の線は細くても、大きいことに変わりはない。ベッドもそれだけ大きく特注ではある。けれど、意外に暑苦しいことを嫌うイグニスが誰かと朝を迎えることはなかった。

 一度入るときだけは魔力認証が必要となる扉に、寝ている想い人の手を掴んで触れさせる。独り言はただの願望であり、実行する意思はない。

 必要最低限の物しか置かれていない暗い部屋の中、大きな窓から光が差し込んでいた。
 まだ昼間であって、昼食も済ませていない時間。ベッドに寝かせたイグニスを見て、真剣な眼差しを向ける。

「うーん……寝かすなら、寝衣しんいに着替えさせるべきだよね……。だけど、服を脱がせたらあとで怒るだろうしなぁ……」

 暫く悩んで出した答えは、上着だけ脱がせることだった。シャツとズボンだけの体に、布団を被せる。団服である上着を真剣な眼差しで見つめたあと、ベッドで眠る本人を確認してから顔を埋めた。

「スー、ハァァ……イグニスの匂いがする」

 薔薇の魔法を扱う一族なだけあって、香りに関しては薔薇一色である。満足するまで嗅いだあとは、丁寧に折り畳んでベッド横へ置いた。
 いつまででも見ていられる幸せな光景に顔が曇る。
 すっと伸ばされた手は、イグニスの体温を確認するように手首へ触れた。

 グラキエスもイグニスとは別な意味で、誘拐事件に苦しめられている。
 あのとき、グラキエスを守って魔法を受けたイグニスの腹部へ触れた温もりは、噴き出す鮮血で熱く、そして冷えていく感覚が――。

「――温かい。イグニス、大好きだよ……。キミと、体も、心すら繋がれなくても……ずっと見守らせてほしい」

 聖女は、癒しの力によって通常の人間よりも寿命が長いと言われている。
 数が多いだけで、見た目に特徴のない人間は、他の種族よりも短命だ。文献では、二百年生きた聖女もいたと記されている。これは、聖女にしか閲覧出来ない秘匿だった。
 聖女も人間に変わりはないため、殺すことも出来る。だが、病気の耐性は高く、命を奪われない限り長生きすることだけは知られていた。
 
 ただ、それも人間の平均寿命より長いと思われている程度である。

 イグニスから伝わる熱で、次第に瞼が下がっていった。此処で寝ちゃ駄目だと思っても、本能は抗えない。イグニスの手を自分の頭に乗せて、熱を感じながら意識を手放した。
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