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第27輪 毒草に絡め取られた雄花
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廊下の窓から日が差す早朝から、コツコツと革靴を鳴らしながら大きな扉を開いた先では、膝を立て頭を垂れるグラキエスの姿がある。玉座の間で国王と話をしている際に、無礼を承知で割って入った。
「――どう言うことだ。辞表なんて……聞いてない」
部屋の中に響く低い声。雑音のない透明な声は鼓膜を震わせて、人々を魅了するだろう。
国王の右腕である補佐官が口を挟もうとするのを、国王自らが止めていた。そして、団長であるイグニスに話を通していないことを知り、保留を宣言される。
複雑そうな表情をしたまま部屋から出るグラキエスを追って廊下へ出た。いつもはイグニスをグラキエスが追う立場なのに、今日は逆転している。
振り返りもせず、王城の外へ向かって歩くグラキエスの肩を掴んで引き留めた。漸く立ち止まったグラキエスは振り返らず、淡々と理由を述べる。
「……僕は男だけど、聖女らしくしようと思って」
「今更、何言ってやがる」
「うん……ごめんね」
優しく振り解かれる手で、もう一度掴むことは出来なかった。副団長としてなのか、幼馴染で親友の私情……。そして、グラキエスの恋愛感情に応えられない今は、去っていく後ろ姿を見守るしか出来ないもどかしさで顔を伏せる。
◆◆◆
イグニスと別れて王城から外へ出るグラキエスを止める者は誰もいない。城下町とはいえ、副団長になってから数年。グラキエスは一人で外を歩くのは数年ぶりだった。いつも隣にいたイグニスは自分が振り払ってしまった事実で未だにぐるぐるしている。
だけど、昨晩イグニスの部屋から見てしまった赤いドレス姿の女――。
こちらを見る母親に気づいて、一瞬で自分の作り上げた世界が壊れていく感覚が芽生えてしまった。
「やっと見つけた」とばかりの歪んだ笑みが張り付いて、最愛のイグニスの声すら聞こえないほど。
歪んだ笑みを浮かべるときは、限って悪巧みを考えている。自分は、あの女の子供なんだと本能が告げていた。
娼婦だった母親は美しい女として、貴族に見初められる。だが、一年が経ってグラキエスが産まれると男に捨てられた。娼婦との子供は論外だったらしい。
度々育児放棄をされながらも、子供が出来たことは大っぴらで母親の部屋から泣くグラキエスを不憫に思った娼婦の娘たちのおかげで生き延びられた。
だが、八歳のとき。母親が別な男に見初められて邪魔だったグラキエスは置き去りで孤児となった。小さい子供は養えないと外へ出されてしまったグラキエスは、それでも母親を探して町を徘徊していたとき、イグニスの父親と運命の出会いを果たす。
最初は希望を亡くした目をしていたグラキエスも、イグニスのおかげで安心出来る場所を見つけられた――それなのに。
「――今更、どういう了見だ……僕の日常を壊すなら、ただじゃおかない」
愛するイグニスと離れる選択は想像を絶するものだった。しかも、昨日はお願いとしてでも初めて口付けを交わすほど。確実に良い方へ進展していた。
――それなのに。
あの毒親一人ならまだ良かった。暗がりでイグニスには見えなかったらしい。母親の隣に闇魔法結社の男がいた。鮮明に覚えている。忘れられるはずのない、母親の細い腰を抱き、幸せそうに腕を組んで家を出ていったあのとき。あの男の横顔はグラキエスの脳裏に深く刻まれている。
あのとき、母親は「明日、話がある。旧市街で会いましょう」そう言った。息子が聖女になったことをどこかで聞きつけたのだろう。副団長なのも情報として大きかった。忌々しいあの女の血が流れているだけで全身焼けるような熱に蝕まれる。
「……ああ、イグニスの肌に触れたい」
輝きの失われた瞳に映る旧市街の路地裏へ足を踏み入れた。魔力感知に引っかかった数は五人。母親を含めなくても四人いる。
グラキエスは、昨晩のイグニスを思い出していた。口内を舌で這ったときの反応は新鮮で、膝で男の中心を刺激して漏れ出た声も甘美に震えるほど。
一般的に性的感度が高い場所は、イグニスも感じやすいことが分かった。服から擦っただけであの反応は、抱いたときの表情が浮かぶほど可愛く囀るだろう。
そんな儚い幻想も打ち消す黒装束の闇魔法結社が四人姿を現した。冷めた目で睨みつける先から出てきたのは毒親だった。
昨日と違い、動きやすそうなワンピース姿をしている。ゆっくり歩いてくる女は笑顔を向けていた。約十七年前に捨てた息子へ対する顔じゃない。
「……坊や。ずっと、会いたかったわ……」
演技するように瞳を潤ませる女へ、なんの感情すら浮かばなかった。闇魔法結社の信徒は近づいてくることなく、女に任せている。
「……良くそんな口が聞けるな。あんたが十七年前、捨てた子供だぞ」
普段の柔らかい口調は影を潜め、部下に対する言葉ですらない。男の中では高い方の透明な声も低くなり、女が指示しなくても威圧感で周りは動けなくなっている。
この女は本当に自己中心的だ。自分へ向けられる突き刺す視線すら、気にしていない。ただ、演技はやめたようで目つきが変わり口調もきつくなる。
「ハァ……それはアンタが一番分かってるでしょ? あと、アタシが産んでやらなかったら、あそこにもいないんだからね」
女の主張はもっともだった。どんなに嫌がろうが、この女が自分を産んでくれたから此処にいる。現在の優しい両親に妹。そして、イグニスとも出会えた。どんなに憎くても切れない縁である。
大切なものが大きくて、増えてしまった今のグラキエスは弱い。もしも、自分の力によって愛する人たちがいるこの世界を混沌に落とすときは、自決しようと決めていた。
黙ってしまったグラキエスを良しとしたのか、背中へ触れてくる女の色白な手は細く、親子だと感じさせられる。
女にしては身長も高く、そのままグラキエスの腕へ頭を寄せてきた。虫酸が走るのを飲み込んだグラキエスは、この日を境に忽然と消えてしまう。
「――どう言うことだ。辞表なんて……聞いてない」
部屋の中に響く低い声。雑音のない透明な声は鼓膜を震わせて、人々を魅了するだろう。
国王の右腕である補佐官が口を挟もうとするのを、国王自らが止めていた。そして、団長であるイグニスに話を通していないことを知り、保留を宣言される。
複雑そうな表情をしたまま部屋から出るグラキエスを追って廊下へ出た。いつもはイグニスをグラキエスが追う立場なのに、今日は逆転している。
振り返りもせず、王城の外へ向かって歩くグラキエスの肩を掴んで引き留めた。漸く立ち止まったグラキエスは振り返らず、淡々と理由を述べる。
「……僕は男だけど、聖女らしくしようと思って」
「今更、何言ってやがる」
「うん……ごめんね」
優しく振り解かれる手で、もう一度掴むことは出来なかった。副団長としてなのか、幼馴染で親友の私情……。そして、グラキエスの恋愛感情に応えられない今は、去っていく後ろ姿を見守るしか出来ないもどかしさで顔を伏せる。
◆◆◆
イグニスと別れて王城から外へ出るグラキエスを止める者は誰もいない。城下町とはいえ、副団長になってから数年。グラキエスは一人で外を歩くのは数年ぶりだった。いつも隣にいたイグニスは自分が振り払ってしまった事実で未だにぐるぐるしている。
だけど、昨晩イグニスの部屋から見てしまった赤いドレス姿の女――。
こちらを見る母親に気づいて、一瞬で自分の作り上げた世界が壊れていく感覚が芽生えてしまった。
「やっと見つけた」とばかりの歪んだ笑みが張り付いて、最愛のイグニスの声すら聞こえないほど。
歪んだ笑みを浮かべるときは、限って悪巧みを考えている。自分は、あの女の子供なんだと本能が告げていた。
娼婦だった母親は美しい女として、貴族に見初められる。だが、一年が経ってグラキエスが産まれると男に捨てられた。娼婦との子供は論外だったらしい。
度々育児放棄をされながらも、子供が出来たことは大っぴらで母親の部屋から泣くグラキエスを不憫に思った娼婦の娘たちのおかげで生き延びられた。
だが、八歳のとき。母親が別な男に見初められて邪魔だったグラキエスは置き去りで孤児となった。小さい子供は養えないと外へ出されてしまったグラキエスは、それでも母親を探して町を徘徊していたとき、イグニスの父親と運命の出会いを果たす。
最初は希望を亡くした目をしていたグラキエスも、イグニスのおかげで安心出来る場所を見つけられた――それなのに。
「――今更、どういう了見だ……僕の日常を壊すなら、ただじゃおかない」
愛するイグニスと離れる選択は想像を絶するものだった。しかも、昨日はお願いとしてでも初めて口付けを交わすほど。確実に良い方へ進展していた。
――それなのに。
あの毒親一人ならまだ良かった。暗がりでイグニスには見えなかったらしい。母親の隣に闇魔法結社の男がいた。鮮明に覚えている。忘れられるはずのない、母親の細い腰を抱き、幸せそうに腕を組んで家を出ていったあのとき。あの男の横顔はグラキエスの脳裏に深く刻まれている。
あのとき、母親は「明日、話がある。旧市街で会いましょう」そう言った。息子が聖女になったことをどこかで聞きつけたのだろう。副団長なのも情報として大きかった。忌々しいあの女の血が流れているだけで全身焼けるような熱に蝕まれる。
「……ああ、イグニスの肌に触れたい」
輝きの失われた瞳に映る旧市街の路地裏へ足を踏み入れた。魔力感知に引っかかった数は五人。母親を含めなくても四人いる。
グラキエスは、昨晩のイグニスを思い出していた。口内を舌で這ったときの反応は新鮮で、膝で男の中心を刺激して漏れ出た声も甘美に震えるほど。
一般的に性的感度が高い場所は、イグニスも感じやすいことが分かった。服から擦っただけであの反応は、抱いたときの表情が浮かぶほど可愛く囀るだろう。
そんな儚い幻想も打ち消す黒装束の闇魔法結社が四人姿を現した。冷めた目で睨みつける先から出てきたのは毒親だった。
昨日と違い、動きやすそうなワンピース姿をしている。ゆっくり歩いてくる女は笑顔を向けていた。約十七年前に捨てた息子へ対する顔じゃない。
「……坊や。ずっと、会いたかったわ……」
演技するように瞳を潤ませる女へ、なんの感情すら浮かばなかった。闇魔法結社の信徒は近づいてくることなく、女に任せている。
「……良くそんな口が聞けるな。あんたが十七年前、捨てた子供だぞ」
普段の柔らかい口調は影を潜め、部下に対する言葉ですらない。男の中では高い方の透明な声も低くなり、女が指示しなくても威圧感で周りは動けなくなっている。
この女は本当に自己中心的だ。自分へ向けられる突き刺す視線すら、気にしていない。ただ、演技はやめたようで目つきが変わり口調もきつくなる。
「ハァ……それはアンタが一番分かってるでしょ? あと、アタシが産んでやらなかったら、あそこにもいないんだからね」
女の主張はもっともだった。どんなに嫌がろうが、この女が自分を産んでくれたから此処にいる。現在の優しい両親に妹。そして、イグニスとも出会えた。どんなに憎くても切れない縁である。
大切なものが大きくて、増えてしまった今のグラキエスは弱い。もしも、自分の力によって愛する人たちがいるこの世界を混沌に落とすときは、自決しようと決めていた。
黙ってしまったグラキエスを良しとしたのか、背中へ触れてくる女の色白な手は細く、親子だと感じさせられる。
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