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第28輪 危なげで妖艶な赤い薔薇
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まだ太陽が顔を出していない少し早めの時間。ゆっくりと体を起こしたイグニスは薄暗い窓を見据える。あの日、グラキエスが居なくなってから七日過ぎた。それ以来、イグニスは一時間も早く目覚めるようになってしまう。
着替えを済ませて、やることは決まって城下町から旧市街まで歩き回ること。
あの日、追いかけなかったことを後悔していた。過信していた。グラキエスが向けてくる愛情は、絶対に離れないと――。
喧嘩をしたと思っていた日ですら、長く感じて心が乱されたのに……。この七日間はイグニスにとっても長すぎた。
副団長の椅子は空席のまま。部下には、長期休暇だと話している。だが、イグニスの話を鵜呑みにする者は少ない。そこまでグラキエスの存在は大きく、イグニスしか眼中にないことも知れ渡っているからだ。
そんな副団長が男しかいない危険な薔薇薗で、団長を一人にするはずがないと……。ただ、イグニスにとっては嫌な風評だった。
「……あの馬鹿。一体、どこに行ったんだ」
今日も一時間の探索をしたが成果は得られず、団長室へ戻ってくると扉を叩く音がして開ける。思わぬ人物が立っていると、そのままローゼンの屋敷へ向かった。
ローゼンの屋敷で家族が集まる部屋のソファーへ腰を下ろす。向かい合って座っているのはローゼン家の当主であるイグニスの父親だ。なぜか母親の姿も、妹のアクアすらいない。
使用人たちもいない二人だけの空間だった。
「父上、それでお話とは」
「ああ、お前も分かっていると思うが、今年で節目の百年が経つ。精霊様と交わしている契約の儀式を行う」
「はい。産まれたときから聞かされていたので。それで、儀式の内容は?」
「儀式の内容は、精霊様と一心同体になることだ。つまり、その身から心まで精霊様と交わることを意味している」
思いがけない言葉に目を見張るイグニスは、父親から詳細を聞いて首を上下へ曲げる。
両親はイグニスが結婚しないことを咎めることなく容認してくれた。それは、妹のアクアが説得してくれたこともある。そのため、家を継ぐのはアクアだった。
だが、精霊との儀式はローゼンの血を引いてる者なら誰でも構わない。だからこそ、イグニスも儀式だけは自分がやると決めていた。
そして、今回の話を聞いて確信する。絶対に自分がやるべき使命だと。
「……交わるって、グラスが俺に抱いてる行為……だよな? 契約を交わした精霊様ならあり得る……」
以前、人間と契約していない精霊が悪戯しているのを目撃してしまった。しかも本番まで……。能力によってその記憶は失われたが、体は覚えているだろう。
自分の代わりに家を継いでくれる妹は捧げられない。性別の概念は特にない精霊なら、男の自分でも問題ないはず。
ただ、一つ気掛かりがあった。行方不明のグラキエスの存在である。未だに恋愛での好きは芽生えていないが、家族愛から友情、相棒としての愛情はあった。
「……こんなこと、考えるなんて。精霊様に抱かれるなら……初めては」
思ってしまった言葉を飲み込んで、公務のために王城へ戻る。
日が陰り、仕事に身が入らず夕暮れを迎えていた。
精霊との儀式について聞いたあとから、イグニスの脳内はグラキエスにされた数々の行為で埋め尽くされている。
自室に戻ったあと、ベッドへ倒れ込んだイグニスはなぜか火照る体を抱きしめた。そして、硬い団服の上着を脱ぎ去ってシャツのボタンを外す。
露わになる健康的な肌と少しだけ割れた靭やかな肉体美を晒した。シャツの前を開きグラキエスが「可愛い薄紅色の小さな花」と称している二つの花を外へ晒す。
緊張していないからか柔らかそうな花へ初めて触れた。ツンとした感覚が体を駆け巡る。思い出すのは、雨の中で触れてもいないのに犯された感覚を植え付けられた言葉や、湯浴みで実際に直接触れられた感触が鮮明化されていった。
短く息を吐き出してから今度は両手で触れてみる。
「ん……っ」
いままで何も感じなかったそこは熱を持ったように感じて、硬くなっていた。グラキエスがしていたように上下へ動かすと、下半身もキュッとなる。
コロコロ転がしていくと主張するように赤く色付いた小さな二つの花は芯を持ち始めた。
息が荒くなる中、不意に自分の状態を確認したくなって立ち上がり姿見へ映し出す。
「うっ……これは、俺……なのか?」
弄ったことで赤く色付いた二つの花は、もっと触って欲しいと言いたそうに主張していた。
男にとって無駄な物。未成熟な部位で何の価値もないと思っていたそこへ触れる度、体が震える。姿見に映し出されるまま、触れる姿は艶めかしいものだった。
いつの間にか下半身も盛り上がっている。
一気に熱が冷めて冷静になると、シャツのボタンを閉める。だが、熱く芯を持った二つの花はシャツの上からでも分かるほど主張していた。
愚かな行為から、顔が熱くなるイグニスは何事もなかったように団服を羽織る。だが、服で擦れて不覚にも感じてしまった。
「んふっ……」
一気に熱が帯びる顔は、恥ずかしすぎて思わず片腕で覆い隠す。
「……なんだよ、これ……。変な声出すんじゃねぇ……」
全部の元凶にぶつけるため、火照った体のまま、ふらふらと部屋を出た。
そのまま城下町へ下り、行方不明の男を捜して歩き回る。その間もなぜか周りの視線が気になった。自分の姿を見ても、変なところはない。ただ、刺さる視線はどれも性的で、女の場合は頬を赤く染め、男は下品な笑みを浮かべている。
イグニスはリトス王国の魔法騎士団長であり、魔法の腕は世界一だ。例え、性的に言い寄られても敵う者はいない。それなのに、イグニス自身もほんの少しだけ不安を覚えていた。
もしも、男に触れられて感じて変な声が出たらどうしようと――。
性的な行為をしたあとに街へ出るべきじゃなかったと後悔していた。いたたまれず路地裏へ入ってすぐ、背後から肩を抱き寄せられる。
普段なら、触れられる前に気づいて払っていた。
「なぁ、そこの騎士様……俺と一杯やらねぇか?」
「……ふざけるな。俺を誰だと――」
振り返って見た髭面男の顔は、だらしのない表情で唾を飲む音すら聞こえてくる。
イグニスの髪は炎のように赤く、その容姿も目立つもので城下町にいる者で知らない者はいないほどだった。それなのに声をかけてきた男は、外の人間ということになる。服装から魔法騎士だと分かった上での行為……。
一瞬怯んでしまったイグニスに、もう一人隠れていたひょろい男が近づいてくる。しかも、一人かと思っていたら複数人姿を見せた。
いつもなら人数など関係なく拘束も出来るのに、体が硬直して口も動かない。
グラキエスの存在が精神面でも大きかったのだと、今更ながら感じたイグニスは唇を噛み締める。男として屈辱的な視線を浴びて、何も出来ない自分にも。
「……クソッ」
肩に乗る男の手が撫でるような手つきで下ろされ、服の上から這うように動く。
グラキエスに触られるのと全く違い、性的興奮は疎か気色悪さしかない。
深く息を吐き出し、冷静さを取り戻したイグニスが魔法を唱えようとしたときだった。
「いっ、でででぇぇ!?」
急に男の手が体から離れていく。思わず振り返ると、輝きのない瞳が笑った。
「――駄目だよ。そんな状態で、路地裏なんて来ちゃ……」
「――グラ……ス……。てめぇ、どこ行って……!」
「ごめんね? こんな状態のイグニスを一人にして……凄い、えっちな顔と匂いで充満してるよ」
えっちな顔と匂いにビクッと肩が揺れる。この男たちの表情で感じていたが、知りたくなかった言葉を耳にして下を向いた。
急に現れたグラキエスへ臆せず歩み寄ってくる男たちは次の瞬間、顔を青ざめる。
侮蔑の視線は殺気に満ちていて、威圧感も合わさり腰を抜かす者すらいた。腕を捻られていた髭面男も、なんとか振り払って逃げていく。
ゆっくり近づいてくる足音で、体が強張った。少しだけ頭を下げて、耳元で囁く透明な声が鼓膜を震わせる。
「……イグニス、外出る前に何かしたでしょ」
「ぐっ……何も……」
「……嘘ついても、だだ漏れだよ」
腰に触れる手だけで体が反応して小刻みに震えた。その手が上へ向かうと、ギュッと目を瞑る。普段と違って弱々しく感じるイグニスに対してそれ以上手を動かすことはなく、後ろから抱きしめられた。
「……グラス。一緒に、帰るぞ……」
「…………だけど。僕が一緒にいたら迷惑かけるから」
「もう、迷惑かけてんだよ……。あの女は、誰だ」
「…………忘れて、イグニス」
ギュッと抱きしめる重みを感じながら、あのときと同じように小さな震えを感じる。イグニスよりも細くて繊細な手へ、自分の手を重ねた。振動で分かるグラキエスの反応に、手袋越しで撫でる。
「なら……てめぇのいない間……俺が、誰かに――」
「それは駄目だよ。イグニスは僕のものだ……」
「勝手なこと言ってんじゃねぇ……俺は、てめぇのものでもねぇ」
「……イグニスの意地悪……」
此処では敢えて精霊の儀式について話さない。理由を言いたがらないグラキエスでも、まずは連れ帰るのが先決だった。男の威厳を失う覚悟をしてイグニスが口を開く。
「……絶対、性的なことをしないって約束しろ」
「え? 何が?」
「今から話す内容を聞いたあとの話だ」
「もしかして……今の現状について?」
項垂れるように首を動かすイグニスへ光のなかった瞳が輝いた。約束を取り付けたあと、唾を飲み込むイグニスはしどろもどろになりながら自分がした行為について赤裸々な告白をする。
「――キッカケはあるが、急に……自分の体を弄りたくなって。胸を……触った。前は、何も感じなかったのに……電流が走ったようで、そのまま城を出てきた……」
シーンと静まり返る中、動こうとする手に気づいて添えていた手で叩いた。何もしない約束をしたばかりで、この男は節操がない。
腰へ添えていた片手を口に当てるグラキエスを横目で見る。なぜか照れているような顔で、目が泳いでいた。
「――まさか、イグニスが……自分で触るなんて。えっちな体を晒してるってことは、感じちゃって声出た?」
「え……ち、じゃねぇ‼ 声なんて出るわけねぇだろが! ほら、帰るぞ」
「ぐぐっ……そんなことを聞いたら、帰らない選択肢なんてないよ……。イグニスが、一人でもっとえっちに育っちゃったら僕しか守ってあげられないからね」
「……誰が育つか! てめぇに守られなく――いや、違うな。ずっと、拠り所にしてた……」
再び熱が帯びる顔で下を向くイグニスの耳へ唇を押し当てるグラキエスに、鉄拳が飛ぶ。
密着してくるグラキエスの体を引き剥がしながら、二人は王城へ戻って行った。
着替えを済ませて、やることは決まって城下町から旧市街まで歩き回ること。
あの日、追いかけなかったことを後悔していた。過信していた。グラキエスが向けてくる愛情は、絶対に離れないと――。
喧嘩をしたと思っていた日ですら、長く感じて心が乱されたのに……。この七日間はイグニスにとっても長すぎた。
副団長の椅子は空席のまま。部下には、長期休暇だと話している。だが、イグニスの話を鵜呑みにする者は少ない。そこまでグラキエスの存在は大きく、イグニスしか眼中にないことも知れ渡っているからだ。
そんな副団長が男しかいない危険な薔薇薗で、団長を一人にするはずがないと……。ただ、イグニスにとっては嫌な風評だった。
「……あの馬鹿。一体、どこに行ったんだ」
今日も一時間の探索をしたが成果は得られず、団長室へ戻ってくると扉を叩く音がして開ける。思わぬ人物が立っていると、そのままローゼンの屋敷へ向かった。
ローゼンの屋敷で家族が集まる部屋のソファーへ腰を下ろす。向かい合って座っているのはローゼン家の当主であるイグニスの父親だ。なぜか母親の姿も、妹のアクアすらいない。
使用人たちもいない二人だけの空間だった。
「父上、それでお話とは」
「ああ、お前も分かっていると思うが、今年で節目の百年が経つ。精霊様と交わしている契約の儀式を行う」
「はい。産まれたときから聞かされていたので。それで、儀式の内容は?」
「儀式の内容は、精霊様と一心同体になることだ。つまり、その身から心まで精霊様と交わることを意味している」
思いがけない言葉に目を見張るイグニスは、父親から詳細を聞いて首を上下へ曲げる。
両親はイグニスが結婚しないことを咎めることなく容認してくれた。それは、妹のアクアが説得してくれたこともある。そのため、家を継ぐのはアクアだった。
だが、精霊との儀式はローゼンの血を引いてる者なら誰でも構わない。だからこそ、イグニスも儀式だけは自分がやると決めていた。
そして、今回の話を聞いて確信する。絶対に自分がやるべき使命だと。
「……交わるって、グラスが俺に抱いてる行為……だよな? 契約を交わした精霊様ならあり得る……」
以前、人間と契約していない精霊が悪戯しているのを目撃してしまった。しかも本番まで……。能力によってその記憶は失われたが、体は覚えているだろう。
自分の代わりに家を継いでくれる妹は捧げられない。性別の概念は特にない精霊なら、男の自分でも問題ないはず。
ただ、一つ気掛かりがあった。行方不明のグラキエスの存在である。未だに恋愛での好きは芽生えていないが、家族愛から友情、相棒としての愛情はあった。
「……こんなこと、考えるなんて。精霊様に抱かれるなら……初めては」
思ってしまった言葉を飲み込んで、公務のために王城へ戻る。
日が陰り、仕事に身が入らず夕暮れを迎えていた。
精霊との儀式について聞いたあとから、イグニスの脳内はグラキエスにされた数々の行為で埋め尽くされている。
自室に戻ったあと、ベッドへ倒れ込んだイグニスはなぜか火照る体を抱きしめた。そして、硬い団服の上着を脱ぎ去ってシャツのボタンを外す。
露わになる健康的な肌と少しだけ割れた靭やかな肉体美を晒した。シャツの前を開きグラキエスが「可愛い薄紅色の小さな花」と称している二つの花を外へ晒す。
緊張していないからか柔らかそうな花へ初めて触れた。ツンとした感覚が体を駆け巡る。思い出すのは、雨の中で触れてもいないのに犯された感覚を植え付けられた言葉や、湯浴みで実際に直接触れられた感触が鮮明化されていった。
短く息を吐き出してから今度は両手で触れてみる。
「ん……っ」
いままで何も感じなかったそこは熱を持ったように感じて、硬くなっていた。グラキエスがしていたように上下へ動かすと、下半身もキュッとなる。
コロコロ転がしていくと主張するように赤く色付いた小さな二つの花は芯を持ち始めた。
息が荒くなる中、不意に自分の状態を確認したくなって立ち上がり姿見へ映し出す。
「うっ……これは、俺……なのか?」
弄ったことで赤く色付いた二つの花は、もっと触って欲しいと言いたそうに主張していた。
男にとって無駄な物。未成熟な部位で何の価値もないと思っていたそこへ触れる度、体が震える。姿見に映し出されるまま、触れる姿は艶めかしいものだった。
いつの間にか下半身も盛り上がっている。
一気に熱が冷めて冷静になると、シャツのボタンを閉める。だが、熱く芯を持った二つの花はシャツの上からでも分かるほど主張していた。
愚かな行為から、顔が熱くなるイグニスは何事もなかったように団服を羽織る。だが、服で擦れて不覚にも感じてしまった。
「んふっ……」
一気に熱が帯びる顔は、恥ずかしすぎて思わず片腕で覆い隠す。
「……なんだよ、これ……。変な声出すんじゃねぇ……」
全部の元凶にぶつけるため、火照った体のまま、ふらふらと部屋を出た。
そのまま城下町へ下り、行方不明の男を捜して歩き回る。その間もなぜか周りの視線が気になった。自分の姿を見ても、変なところはない。ただ、刺さる視線はどれも性的で、女の場合は頬を赤く染め、男は下品な笑みを浮かべている。
イグニスはリトス王国の魔法騎士団長であり、魔法の腕は世界一だ。例え、性的に言い寄られても敵う者はいない。それなのに、イグニス自身もほんの少しだけ不安を覚えていた。
もしも、男に触れられて感じて変な声が出たらどうしようと――。
性的な行為をしたあとに街へ出るべきじゃなかったと後悔していた。いたたまれず路地裏へ入ってすぐ、背後から肩を抱き寄せられる。
普段なら、触れられる前に気づいて払っていた。
「なぁ、そこの騎士様……俺と一杯やらねぇか?」
「……ふざけるな。俺を誰だと――」
振り返って見た髭面男の顔は、だらしのない表情で唾を飲む音すら聞こえてくる。
イグニスの髪は炎のように赤く、その容姿も目立つもので城下町にいる者で知らない者はいないほどだった。それなのに声をかけてきた男は、外の人間ということになる。服装から魔法騎士だと分かった上での行為……。
一瞬怯んでしまったイグニスに、もう一人隠れていたひょろい男が近づいてくる。しかも、一人かと思っていたら複数人姿を見せた。
いつもなら人数など関係なく拘束も出来るのに、体が硬直して口も動かない。
グラキエスの存在が精神面でも大きかったのだと、今更ながら感じたイグニスは唇を噛み締める。男として屈辱的な視線を浴びて、何も出来ない自分にも。
「……クソッ」
肩に乗る男の手が撫でるような手つきで下ろされ、服の上から這うように動く。
グラキエスに触られるのと全く違い、性的興奮は疎か気色悪さしかない。
深く息を吐き出し、冷静さを取り戻したイグニスが魔法を唱えようとしたときだった。
「いっ、でででぇぇ!?」
急に男の手が体から離れていく。思わず振り返ると、輝きのない瞳が笑った。
「――駄目だよ。そんな状態で、路地裏なんて来ちゃ……」
「――グラ……ス……。てめぇ、どこ行って……!」
「ごめんね? こんな状態のイグニスを一人にして……凄い、えっちな顔と匂いで充満してるよ」
えっちな顔と匂いにビクッと肩が揺れる。この男たちの表情で感じていたが、知りたくなかった言葉を耳にして下を向いた。
急に現れたグラキエスへ臆せず歩み寄ってくる男たちは次の瞬間、顔を青ざめる。
侮蔑の視線は殺気に満ちていて、威圧感も合わさり腰を抜かす者すらいた。腕を捻られていた髭面男も、なんとか振り払って逃げていく。
ゆっくり近づいてくる足音で、体が強張った。少しだけ頭を下げて、耳元で囁く透明な声が鼓膜を震わせる。
「……イグニス、外出る前に何かしたでしょ」
「ぐっ……何も……」
「……嘘ついても、だだ漏れだよ」
腰に触れる手だけで体が反応して小刻みに震えた。その手が上へ向かうと、ギュッと目を瞑る。普段と違って弱々しく感じるイグニスに対してそれ以上手を動かすことはなく、後ろから抱きしめられた。
「……グラス。一緒に、帰るぞ……」
「…………だけど。僕が一緒にいたら迷惑かけるから」
「もう、迷惑かけてんだよ……。あの女は、誰だ」
「…………忘れて、イグニス」
ギュッと抱きしめる重みを感じながら、あのときと同じように小さな震えを感じる。イグニスよりも細くて繊細な手へ、自分の手を重ねた。振動で分かるグラキエスの反応に、手袋越しで撫でる。
「なら……てめぇのいない間……俺が、誰かに――」
「それは駄目だよ。イグニスは僕のものだ……」
「勝手なこと言ってんじゃねぇ……俺は、てめぇのものでもねぇ」
「……イグニスの意地悪……」
此処では敢えて精霊の儀式について話さない。理由を言いたがらないグラキエスでも、まずは連れ帰るのが先決だった。男の威厳を失う覚悟をしてイグニスが口を開く。
「……絶対、性的なことをしないって約束しろ」
「え? 何が?」
「今から話す内容を聞いたあとの話だ」
「もしかして……今の現状について?」
項垂れるように首を動かすイグニスへ光のなかった瞳が輝いた。約束を取り付けたあと、唾を飲み込むイグニスはしどろもどろになりながら自分がした行為について赤裸々な告白をする。
「――キッカケはあるが、急に……自分の体を弄りたくなって。胸を……触った。前は、何も感じなかったのに……電流が走ったようで、そのまま城を出てきた……」
シーンと静まり返る中、動こうとする手に気づいて添えていた手で叩いた。何もしない約束をしたばかりで、この男は節操がない。
腰へ添えていた片手を口に当てるグラキエスを横目で見る。なぜか照れているような顔で、目が泳いでいた。
「――まさか、イグニスが……自分で触るなんて。えっちな体を晒してるってことは、感じちゃって声出た?」
「え……ち、じゃねぇ‼ 声なんて出るわけねぇだろが! ほら、帰るぞ」
「ぐぐっ……そんなことを聞いたら、帰らない選択肢なんてないよ……。イグニスが、一人でもっとえっちに育っちゃったら僕しか守ってあげられないからね」
「……誰が育つか! てめぇに守られなく――いや、違うな。ずっと、拠り所にしてた……」
再び熱が帯びる顔で下を向くイグニスの耳へ唇を押し当てるグラキエスに、鉄拳が飛ぶ。
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