45 / 58
第38輪 穢れた命の正体は
しおりを挟む
【キメラ】とは複数の魔物をかけ合わせたり、生まれる前の遺伝子操作で作り出した生命体のことを指していた。掛け合わせる場合は、どちらかの部位を切り落とし、魔法で繋ぎ合わせる。細胞や遺伝子が拒否反応を起こすと壊死してしまい、成功例はまだない。しかも、切り落とされた部位は、一分で壊死するため繊細な作業だと言う。
魔物は穢れを浴びることで変貌してしまった野生動物の説があり、ただの狂気的な命の冒涜でしかない。
遺伝子操作は、複数の魔物から精巣や卵巣を取り出して、特殊な液体に漬けて培養する。特殊な液体と言うのが、ラントの熱く説明していた遺伝子を調べるために使っている薬だ。それだけじゃなく、魔物による別種族への苗床として有名な魔植物の体液などを配合した液体らしい。ただ、こちらは産まれてみないと分からず、苗床にする魔物は子供を産んだあと死ぬ。だが、こちらも拒否反応を起こすと体内から壊死してしまい成功例はない。
どちらにしろ闇魔法では狂気的で有名な魔物の実験だった。
グラキエスが一週間行方をくらませた理由も話してくれる。母親についていく振りをして内部を探ろうとしたのが露見して、思った以上に敵の数も多く潜伏していたらしい。
「だけど、そのおかげでイグニスの危機を救えたから良いんだけどね」
「……っ。てめぇが居なくならなきゃ、そもそも……あんな失態は」
「うん……ごめんね?」
都合よく年下の顔をするグラキエスは卑怯だ。しかも、自分たち二人だけの空間のように振る舞って、密着しようと手を伸ばしてくる。
厄介なのは感情が読めるという聖女の能力だ。すでに何度か触れられているから、イグニスの感情を見据している可能性もある。
当初の目的はグラキエスを探すことだった。目的が果たされた今、この人数で闇魔法結社のアジトを潰すには骨が折れるだろう。
生死を問わないのなら、イグニスの魔法で沈めることは可能だ。だが、イグニスは良くてもグラキエスが首を縦に振ることはない。この聖女はイグニス絶対主義だ。人の命は平等だとか、尊いなどの次元で生きていない。イグニスの幸せだけを願って、自分の手を汚しても構わないとすら思っている。
ただ、実際はそれも叶わない。なぜなら、聖女が人の命を奪ったら能力を失ってしまう。イグニスが寿命で尽きるまで、添い遂げる溺愛っぷりだから――。
「キメラの問題は大きいが、今出来ることはねぇ……撤収するぞ」
「うん……ここで薬や機械を破壊しても、すべてのアジトを潰さないと意味がないからね」
「あー、派手に魔法使いたかったなー」
忠犬から本音が漏れる。リトス王国は魔法で栄えている国だが、無闇矢鱈に派手な魔法を使えるわけじゃない。派手な魔法は決まって威力が高いため、施設を破壊したり、大きな場所でしか使用が禁止されている。
こういう入り組んだ場所は、出る方が大変なのも相場で決まっていた。ただ、食糧庫にいるとはいえ外の足音が一切しないどころか、響いていた声も聞こえなくなる。
グラキエスを見つけたときは、確かにそこら中で人の気配がしていた。
違和感を覚えるイグニスは信徒がいる場所を選んで出口へ向かう。
「イグニス、危ない道ばっかり行ってない?」
「……入ったときより、人数が減ってねぇか」
「そ、そう言われると……人の多い、場所を通ってるのに……遭遇しない、ね」
地下水路の中が穴だらけだったのは初めて知った。いや、この地下が単に特殊なのか……はたまた魔法か魔法具の線もある。これなら隠れ家に最適だ。
闇魔法結社の拠点を炙り出すためにも違和感の元を慎重に探る。
魔物実験の部屋以外で寝床とは違った広い部屋を見つけた。
「……此処って、何かの儀式か?」
「この魔法文字……呪いの実験かも」
薄暗い部屋の中で、魔法文字や記号のような絵文字が地面の隅々までに描かれている。しかも、良く見ると血文字だった。
悲鳴を上げそうなラントの口をグロームが塞ぐ。しゃがみ込んで文字へ触れようとするイグニスの手に無骨な手が重ねられた。
「……駄目だよ。こんな危険なものに触れちゃ」
「……そうだな。これは、既に使われた跡か」
立ち上がるとそのまま手を撫でてくるグラキエスを振り解く。手袋によって体温を感じないことで気持ちを誤魔化すイグニスをグラキエスは緩んだ表情で見てきた。
此処で、野生動物を人為的に魔物化させている疑惑も浮上する。呪いは一番穢れに近い存在だから。
最初に通った道でも、信徒の数は半分以下に減っている。その中には魔物の死骸がある部屋や、怪しい薬が置かれたところも通り抜けた。
「ローゼン団長! さっき血生臭かった部屋の前を通ったら、首が減ってました」
首というのは魔物の死骸があった部屋だ。数を記憶していることにラントは引いているが、思うと胴体や研究員の姿も見なかった。
イグニスは嫌な予感がして眉を寄せる。今までも、団長、副団長、二人揃って王城を空けることはあったが、闇魔法結社の内情を知って不安に駆られる。
「――早く戻るぞ」
◆◆◆
イグニスがグラキエスを探しに王城を空けてから一時間。白くて大きな月が闇夜を照らし、いつもより街灯も少なく感じられた。夜でも風は冷たく感じることなく、そろそろ気候も暖かくなるだろう。
「――大きな月が綺麗ですね」
ローゼン家の庭で寝る前に花の観賞を楽しんでいた妹アクアは、侍女へ微笑んだ。
白くて大きな月が色づいた薔薇を照らしている。いつもと変わらない日常を過ごしていたアクアへ、光の粒子が降り注いで精霊が囁いた。
『禍々しい生命体が、城下町へ降り立った』と――。
魔物は穢れを浴びることで変貌してしまった野生動物の説があり、ただの狂気的な命の冒涜でしかない。
遺伝子操作は、複数の魔物から精巣や卵巣を取り出して、特殊な液体に漬けて培養する。特殊な液体と言うのが、ラントの熱く説明していた遺伝子を調べるために使っている薬だ。それだけじゃなく、魔物による別種族への苗床として有名な魔植物の体液などを配合した液体らしい。ただ、こちらは産まれてみないと分からず、苗床にする魔物は子供を産んだあと死ぬ。だが、こちらも拒否反応を起こすと体内から壊死してしまい成功例はない。
どちらにしろ闇魔法では狂気的で有名な魔物の実験だった。
グラキエスが一週間行方をくらませた理由も話してくれる。母親についていく振りをして内部を探ろうとしたのが露見して、思った以上に敵の数も多く潜伏していたらしい。
「だけど、そのおかげでイグニスの危機を救えたから良いんだけどね」
「……っ。てめぇが居なくならなきゃ、そもそも……あんな失態は」
「うん……ごめんね?」
都合よく年下の顔をするグラキエスは卑怯だ。しかも、自分たち二人だけの空間のように振る舞って、密着しようと手を伸ばしてくる。
厄介なのは感情が読めるという聖女の能力だ。すでに何度か触れられているから、イグニスの感情を見据している可能性もある。
当初の目的はグラキエスを探すことだった。目的が果たされた今、この人数で闇魔法結社のアジトを潰すには骨が折れるだろう。
生死を問わないのなら、イグニスの魔法で沈めることは可能だ。だが、イグニスは良くてもグラキエスが首を縦に振ることはない。この聖女はイグニス絶対主義だ。人の命は平等だとか、尊いなどの次元で生きていない。イグニスの幸せだけを願って、自分の手を汚しても構わないとすら思っている。
ただ、実際はそれも叶わない。なぜなら、聖女が人の命を奪ったら能力を失ってしまう。イグニスが寿命で尽きるまで、添い遂げる溺愛っぷりだから――。
「キメラの問題は大きいが、今出来ることはねぇ……撤収するぞ」
「うん……ここで薬や機械を破壊しても、すべてのアジトを潰さないと意味がないからね」
「あー、派手に魔法使いたかったなー」
忠犬から本音が漏れる。リトス王国は魔法で栄えている国だが、無闇矢鱈に派手な魔法を使えるわけじゃない。派手な魔法は決まって威力が高いため、施設を破壊したり、大きな場所でしか使用が禁止されている。
こういう入り組んだ場所は、出る方が大変なのも相場で決まっていた。ただ、食糧庫にいるとはいえ外の足音が一切しないどころか、響いていた声も聞こえなくなる。
グラキエスを見つけたときは、確かにそこら中で人の気配がしていた。
違和感を覚えるイグニスは信徒がいる場所を選んで出口へ向かう。
「イグニス、危ない道ばっかり行ってない?」
「……入ったときより、人数が減ってねぇか」
「そ、そう言われると……人の多い、場所を通ってるのに……遭遇しない、ね」
地下水路の中が穴だらけだったのは初めて知った。いや、この地下が単に特殊なのか……はたまた魔法か魔法具の線もある。これなら隠れ家に最適だ。
闇魔法結社の拠点を炙り出すためにも違和感の元を慎重に探る。
魔物実験の部屋以外で寝床とは違った広い部屋を見つけた。
「……此処って、何かの儀式か?」
「この魔法文字……呪いの実験かも」
薄暗い部屋の中で、魔法文字や記号のような絵文字が地面の隅々までに描かれている。しかも、良く見ると血文字だった。
悲鳴を上げそうなラントの口をグロームが塞ぐ。しゃがみ込んで文字へ触れようとするイグニスの手に無骨な手が重ねられた。
「……駄目だよ。こんな危険なものに触れちゃ」
「……そうだな。これは、既に使われた跡か」
立ち上がるとそのまま手を撫でてくるグラキエスを振り解く。手袋によって体温を感じないことで気持ちを誤魔化すイグニスをグラキエスは緩んだ表情で見てきた。
此処で、野生動物を人為的に魔物化させている疑惑も浮上する。呪いは一番穢れに近い存在だから。
最初に通った道でも、信徒の数は半分以下に減っている。その中には魔物の死骸がある部屋や、怪しい薬が置かれたところも通り抜けた。
「ローゼン団長! さっき血生臭かった部屋の前を通ったら、首が減ってました」
首というのは魔物の死骸があった部屋だ。数を記憶していることにラントは引いているが、思うと胴体や研究員の姿も見なかった。
イグニスは嫌な予感がして眉を寄せる。今までも、団長、副団長、二人揃って王城を空けることはあったが、闇魔法結社の内情を知って不安に駆られる。
「――早く戻るぞ」
◆◆◆
イグニスがグラキエスを探しに王城を空けてから一時間。白くて大きな月が闇夜を照らし、いつもより街灯も少なく感じられた。夜でも風は冷たく感じることなく、そろそろ気候も暖かくなるだろう。
「――大きな月が綺麗ですね」
ローゼン家の庭で寝る前に花の観賞を楽しんでいた妹アクアは、侍女へ微笑んだ。
白くて大きな月が色づいた薔薇を照らしている。いつもと変わらない日常を過ごしていたアクアへ、光の粒子が降り注いで精霊が囁いた。
『禍々しい生命体が、城下町へ降り立った』と――。
10
あなたにおすすめの小説
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
氷鉄の騎士団長に拾われたスラムのオメガは、無自覚な溺愛に溶かされる
水凪しおん
BL
スラム街で泥とハーブの匂いにまみれ、オメガであることを隠して生きてきた少年ノア。
ある雨の日、発情の熱と寒さに震える彼を拾い上げたのは、王国最強と謳われる「氷鉄の騎士」ヴァレリウスだった。
「お前からは、雨に濡れた花のような匂いがする」
冷徹と恐れられる騎士団長は、ノアを汚いものとして扱うどころか、その匂いに安らぎを見出し、不器用ながらも全力で愛を注いでくる。
温かい食事、ふかふかのベッド、そして何よりも甘く強烈なアルファの庇護。
これは、孤独な二人が運命の番として惹かれ合い、心と体を溶かし合っていく、極上の溺愛救済BL。
※本作は性的な描写(キスや愛撫、発情期の描写など)を含みます。15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる