彼女が残した物語

藤代みのこ

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第5章 誓い

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― ネフェル視点 ―

町に降りしきる雨が、すべてを洗い流していた。
熱を帯びていた地面も、焼け焦げた壁も、
そしてネフェルの頬を流れる涙さえも。

だが、どれほど濡れても――
焼け落ちた町の痕跡は、消えはしなかった。

ぬかるむ石畳を歩くたび、足元には黒くなった影が残っている。
人だった形、暮らしの形、誰かの幸せだった形。

あまりにも多くの命が、この一晩で失われた。
そして、それを命を懸けて守ろうとしたはずの自分は、遠く離れていた。

「私は……この町を救えるって、守れるって……そう思っていたのに……!」

声が震える。
拳が震える。
けれど、泣くことすらもう許されない気がしていた。

崩れた建物の中から、小さなぬいぐるみが見えた。
あの子どもがいつも抱いていたものだ。
それを拾い上げたとき、掌に何かが流れ込んでくるような感覚があった。

ぬいぐるみの毛に染み込んだ血の跡。
焦げた布の匂い。

「ごめんね……もう、誰も……」

ネフェルはゆっくりと立ち上がる。
そして、導かれるようにかつて広場だった場所の中央へと足が向かっていた。

水溜まりの中に、剣が一本、落ちていた。
名もない、町の誰かが握っていた剣だ。

ネフェルはそれを拾い、両手でしっかりと握りしめる。

「私は……許さない」

自分自身すらも……許せない。。
呟いたその言葉が、空に反響したような気がした。
次の瞬間、世界が一瞬だけ“止まった”。

風の音が消え、雨の音も遠のき、
代わりに――

(ようやく……呼んでくれたね)

頭の中に、誰かの声が響く。

「……あなた……誰?」

(ずっと中で眠っていた……あなたの“内なる記憶”。私はその一部――
名前は“ノエル”。かつて、あなたが私をそう呼んでくれた)

ネフェルは剣を構えたまま、言葉を失う。

「……知ってるの? この力のこと……この、金色の羽の……」

(うん。あれは“あなた”が隠した力。そして“誰か”に誓った願い)

(だけど今、その記憶の封はほころび始めている。
あなたが“選んだ”から……)

「……選んだ?」

(守るより、抗うことを。
祈るより、戦うことを。
――運命に従うより、“壊す”ことを)

ネフェルの手に握られた剣が、静かに光を帯びていく。
赤く濡れた髪が風に舞い、背から伸びた金の羽が夜の空に広がった。

「私にできるの? 本当に……この憎しみに、押し潰されずに……」

(できるよ。あなたは“ネフェル”だから)

“ネフェル”――その名に込められた、かつての約束。
かつて誰かと交わした、願いの名前。

ネフェルは小さく目を閉じ、そして開いた。

「私は行く。王子の元へ。
そして、自分の手で“ケリ”をつける。
町の人たちの命に、報いを受けさせる。
これは――戦いじゃない。裁きよ」

剣を背に、雨の中を歩き出す。

濡れた石畳に、その足跡が残っていく。
赤い髪に金の羽。
それは、天から下った神の使いのようだった。

誰もが彼女を止めることはできなかった。
なぜならその背に宿るのは、“死者たち”の想いだから。

灰の中から立ち上がった少女は、もう――
ただの町娘ではなかった。
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