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変わりゆくもの②

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(ルーシェン視点)


その変化に驚きと困惑を隠せず、動揺する。
目の前の出来事が本当に現実で起こっている出来事なのかと疑う。


「お前は呪術に精通していただろう。」

その言葉に更に困惑する。
俺は確かに呪術の研究をしている。
しかし、それは俺が個人的に秘密裏に自身の為に研究しているだけで魔術課の誰にもその事を話した事はない。

「何でお前が知って……。」

「お前が前にあげた魔術研究の論文の中には魔術に呪術の原理を組み込んでいるように感じる文面のものを何度か読んだ事がある。呪術に心得がなければそもそも魔術に呪術の原理を組み込もうという発想は出てこない。」

呆気に取られるこっちを他所に理由を淡々と述べると顎のあたりまですっぽりと包んでいた毛布を下げた。すると黒い隷属の首輪の下にくっきりと付いた赤い手の痕が浮かんでいた。

「……おい、これは。」

一瞬、この男が何らかの暴走をして首を締めたんじゃないかとも思ったが、ならそもそもこんな夜中にこの男が俺の所にわざわざ来る事なんてないだろう。

「呪術なのか…。」

「それを探る為に来た。」

「まさか。俺を頼りにか!? 」

否定も肯定もせずにこの男はベッドに腰掛けて、彼の手を握る。
本当にこの男はアルトワルト・ハープナーなのかと喉の奥から大きな心の叫びが飛び出しそうになったが、何とか留める。

正直、あの首に残る手が呪術の類だとしたら相当危ない類のものだ。あれ程とくっきりと手形が残る程の強い念だとしたら厄介所の話じゃない。

ー 本当に一体何が……。

ひたりと赤い手の痕に触れると残存している念を感じた。だが、何処からか呪殺され掛けたというよりも身の内からネットリとまとわり付くように黒いものが滲み出ているようだ。

ー 呪術が身体に仕込まれているのか?

しかし、身体から滲み出る黒いものの気配を辿っても途中で気配が霧散してしまい、出所が分からない。もっと神経を研ぎ澄まさないと……。

「駄目だよ、ルーシェ。君がそれ以上深入りする必要はない。」

不意に忌々しい男の声が耳元で聞こえて、ぐわんっと身体が床から浮いた。気付けば何時の間にかに無断で部屋に入ってきたヴィンスが俺を抱えていた。

「…何故、テメェがここにいる。」

「玄関の扉に鍵が掛かってなかったからねー。これは夜這いOKのサインかと思って馳せ参じて来たんだよー。」

「…冗談は大概にしろ。何年、テメェと腐れ縁だと思ってんだ。本当は何をしに来た。」

「夜這いは冗談のつもりはないんだけどなー。」

あははと何時も通りのいけすかない表情を浮かべて腹黒は笑う。

この男が何故、こんな時間にこのタイミングで現れたのか。最初の言葉から察するにこの男は何か事情を知っている。

ヴィンスは俺を抱き上げたまま、シグリの顔を覗く。

「うーん。これはもう使えないかなー。折角、今回は辿り着けると思ったんだけどなー。」

残念だよ、と懐から短剣を取り出し、それをおもむろにアルトワルトに渡した。

「おいっ、何の話だッ。クソ宰相!! その短剣で何をするつもりだ。」

「私だって本当は是非ともその身を削ってアルちゃんの奥さんとして頑張って欲しかったんだけどね。ここまで来ると死なせてあげる方が彼の為なんだよ。狂い死ぬよりマシでしょ。」

「だから一体何の話だッ。お前は一体何を知っている!? 」

キッと睨んで「離せ。」と暴れるがヴィンスは更に抱き上げた腕に力を込めて拘束して、その上、一切俺に事情を話す気がない。

アルトワルトは短剣をジッと見ていたがやがてポイッと床に落とした。そんなアルトワルトを聞き分けのない子供を見るような目で見て、ヴィンスは溜息をついた。

「…アルちゃん。」

「オレは手放す気はない。」

「まさかそこまで執着するとは思わなかったね。幼い頃から人に興味がなかった君が…。…君のお兄さん達が知ったら泣いて喜びそうだね。」

「…執着? 何故、兄達がそこで出てくる。」

「成程、アルちゃんらしいね。自分の気持ちに気付いてないんだね。」

やれやれ、どうしたものかと苦い笑みを浮かべて、ヴィンスがアルトワルトが落とした短剣を拾おうとした。拾おうとした短剣をヴィンスから奪うと「ルーシェまで…。」と珍しく困った表情をしていた。

「何がどうなっているのか。まず、俺に説明する所からじゃないのか? 」

「私だって、アルちゃんがルーシェまで巻き込もうとするなんて予想外だよ。君達犬猿の仲だったよね。」

「話を逸らそうとするな。」

「……君が人殺しの為に命を懸ける必要はないんだよ。」

「人殺しはテメェだろ。…弱っている相手にトドメを。しかもその旦那にやらせようとする理由は何だ? 何でシグリさんがこんな弱ってんだ? テメェ等揃って何隠してやがるッ。 」


この男達は本当に腹が立つ。

二人ともかなり自分勝手に人に散々迷惑を掛けてそれでも反省しない所か。その迷惑を掛けた理由すら説明を省こうとする。

一人は伝える事に必要性を感じないという理由で省き。一人は君の為だという手前勝手な都合の良い理由を付けて話ゃあしない。

本当になんとも腹の立つ阿呆どもだ。

「話さねぇなら俺も勝手にやらせてもらう。人殺しだなんだか知らないがな。短い付き合いでも、俺は結構、気に入ってんだよッ。」

「だけどね、ルーシェ……。」

「人は誰しも人生を全うして死ぬべきだ。」

『老い。』という言葉にヴィンスが動揺を示す。

何時ものイケすかないニコニコ顔が剥がれて、ギュッと口を強く結んだ。そのヴィンスの珍しい表情に何時も興味を示さないアルトワルトも目を丸くして、驚いていた。

「理由は何であれ、俺はこの人をここで死なせる事が正しいとは思わない。」

「ルーシェ…。ちょっと待って。」

「誰だって人は長い人生を全うして死ぬべきだ。少なくとも俺はそう思ってる。」

「……ルーシェ。分かったから。その言葉だけは言わないで。」

弱った顔を浮かべて、深く息を吐く。
チラリと俺の顔を見やるとヴィンスは大人しく俺を下ろした。

床に下ろされるとヴィンスの顔は遠く、見上げるような形になる。十二歳にとある事件で国に保護された時に出会った頃からこの背の差は変わる事はない。それこそ、一生変わる事はないかもしれない。

そしてその事は俺にとっても、コイツにとっても心に消えない傷痕を残している。

「君にその言葉だけは言わしたくないんだよ…。」

「なら、最初からちゃっちゃっと吐け。何に巻き込まれてんのか知らないが、もう既に手遅れだろ。」

ヴィンスが床に置きっ放しになっていた呪術本を一つ手に取り、ボスンッとベッドに腰掛けた。金色の髪をワシャワシャと乱暴に掻き乱し、また俺を見て溜息をつく。

「…おそらく、呪術の類ではないよ。」

諦めたようにヴィンスは口を開いた。
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