寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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番外編

外伝 雪の降る地で④

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久々に懐かしい夢を見た。
幼い頃、騎士を目指す前の夢だ。


女で一つで俺を育ててくれた母がある日、倒れた。医者からは過労と診断されたが、母は俺を育てる為に休めと言われても働け続けた。

ー このままじゃ、母さんが死んじゃう。

あの頃は必死だった。
母さんを働かせない為に俺が稼がなければと子供でも出来る仕事をやった。しかし子供の稼げる額はたかが知れてて、スリにも手を出した。

最初はスリしようとしたのがバレてよくボコボコに殴られていた。やがて、スリの技術も殴りかかられても避けられるコツも覚えてきて仕事よりもスリの方で稼げるようになっていった。

生きる為にはしょうがない。
そう言い聞かせて罪を重ねた。

『でもドロボーはわるいことだよぉ~。』

そう、生きる為の行為でもスリは悪い事だ。

だから手を出してはいけない男の財布を抜こうとして、俺は久しぶりに痛い目を見た。

「坊主。お前のその拳を何度かかわした瞬発力と洞察力はスリ師で納まっていいものじゃない。」

俺を逃げられない程ボコボコにしといてその男はそう俺に優しく語りかけた。そして俺を殴った大きな手が俺の頭を優しく撫でた。

「お前の罪は今ので俺が持っててやる。だからお前は俺のもとで働け。そして守りたいものを守れる男になれ。」

ポタリと頰を涙が伝う。

「お前に俺の何が分かる。」と文句を言う筈だったのに気付けば口から出るのは情けない泣き声。「母を死なせたくない。」、「死んだ父の分まで守りたいんだ。」と泣け叫んでいた。

男はそれを耳を傾けて聞き、頼もしく笑う。
それは人を守る男の顔で、その背は俺と比べ物にならない程大きい。

こんな男になりたい。

そうその男を見て思った。
騎士団長みたいに俺も強くなりたい。
大切なものを守れるように。


…………。
………………。



コンコンッ。


ドアをノックする音が響き、目を覚ますと視界がネズミの顔のドアップだった。

至近距離に顔があり、少し驚いたので顔を顰めるとネズミはさも残念そうな顔をして俺から顔を離した。

「…赤髪の兄ちゃん。せめて早朝ドッキリには驚いて欲しいんでい。ほぼ無反応は切ない。」

「……勝手にやってろ。」

「シュネッちは顔から足の先まで真っ赤にして驚いてくれたってぇのに。」

「……殴るぞ。」

「ホント、兄ちゃんはシュネッち好きねぇ。」

やれやれとネズミが少し呆れたような表情で俺の寝るベッドの上に座った。

何処にでもいそうな青年の横顔。
でもその瞳は何処までも澄みきったコソ泥とは思えない綺麗な瞳だった。

「……別に青系色の瞳でもないのにな。」

「赤髪兄ちゃん、そりゃあ何の話でい? …へ!? 」

両手で顔を掴むと案外ネズミの顔は小顔で包めてしまう。目に見えて困惑の色が浮かぶ澄んだ瞳の下の泣き袋の辺りを親指で撫でると更に困惑の色は深まった。

「いや、兄ちゃん。何がしたいんでぃ。まさかこのオイラをおちょくってるんじゃあないよねぇ。」

「………。」

「ねぇ!? せめて、返事を返してッ。何で兄ちゃんは終始ダンマリなの!! シュネッちヘルプ!! この兄ちゃんどうにかして。」

何だか煩いので黙らせる為に泣き袋の辺りを撫でていた指で口を押さえるとネズミの身体が小さく跳ねた。唇をふにふに触っていると何だかこの感触に覚えがある気がする。

「……何故かお前の唇の感触に覚えがある。」

「気の所為じゃあない?……あ、朝のドッキリついでにライフ男爵邸の散策結果を報告しに来たんよ。兄ちゃんはまたライフ男爵に一日べったり何だろう? 今後の作戦の進行についてもここで話そうってねぇ。」

「……仕事をドッキリのついでにするな。」

何だか話を逸らされた気がする。
だが、別に興味もそこまではないので、気にはしないが。

ネズミは焼け残った紙の残骸を手拭いの中から出した。紙の残骸にはライフ男爵の署名が残っていて、何かを指示しているみたいだが、何の指示書かこれではわからない。

「奴さん、証拠はきちんと消せる。頭の回る悪もんみたいだねぇ。」

「……潜入はこのまま続行か。」

「存分にライフ男爵を引きつけておいて欲しいんでい。その方がオイラは動きやすい。」

「……十分引きつけてるだろ。」

「もっとこう、ハニートラップとかやってみぃよ。こう、『ご主人様ぁ。』って呼んでさぁ。身体すり寄せて。」

「……今、やり方を俺に見せてくれるならやっても構わないが。」

「やっぱ、赤髪の兄ちゃんは弄り辛い。」

苦笑いを浮かべるとネズミはそそくさと部屋から出て行った。弄り辛いも何も存分に弄りにかかってるじゃないか。



ライフ男爵邸は何処かおかしい。
前ライフ男爵の頃から大量に傭兵を雇っていると聞くがそれにしては邸にいる傭兵の数は少ない。

そしてライフ男爵が俺を連れて歩いていると傭兵達はビクリッとほんの一瞬だけ身体を強張らせる。そして矢鱈と壁には武器が飾られている。それも中々手に入らないような業物ばかりで、飾りとして使うには勿体無いと触れた時、違和感があった。

よく見ると飾られている武器は所々刃が欠けており、使い古されていた。柄の部分は使用者のくせが残っており、どの武器もそのくせがバラバラで飾られる前はどれも違う所有者が愛用していたようだ。

ー 何故飾りならこんな使い古されたものを飾る。

どの武器も元所有者が死戦を生き抜く為に自身の身体の一部のように扱っていただろう事がひしひしと見ていると伝わってくる。俺だったら例え金を積まれたとしても手放さないだろう。だからこそ余計飾られてる武器達に違和感がある。


ライフ男爵が真剣に武器を見る俺を見て何だか嬉しそうに、にこりと笑う。

「素敵な武器達でしょう、アルヴィン。これは僕の大事なコレクション。見ているだけで元所有者の傭兵達の息遣いまで聞こえてきそうでしょう? これは僕のお気に入り達を僕が手に入れた証なんだ。」

「……傭兵達からもらったのか? 」

「そう。彼等はもうこの武器を振るう必要がなくなったからね。」

うっとりと武器を撫でるライフ男爵。
その表情に俺は嫌悪感が込み上げてくる。

手に入れた証?
傭兵が武器を手放す?
武器を振るう必要が無くなった?

ー この男は騎士と癒着して何の罪を隠している?

ライフ男爵が武器を見つめていたうっとりとした顔のまま俺を見つめ、俺の髪を一束掬い上げた。

「アルヴィン。君に見せたいものがあるんだ。僕と君を繋ぐ、とっても大切なもの。」

ぞわりと悪寒が走るが、何とか堪えた。
ライフ男爵に差し出された手を諦めて取り、ライフ男爵に連れられてある部屋に入った。


そこにも多くの業物の武器が展示されており、その中央にはその業物の中でも一級品と思われる斧が展示されていた。

「アルヴィン、僕はね。実はずっと前から君の事を知っていたんだ。」

ライフ男爵が俺の肩を撫でて、にんまりと笑う。

まさか俺が騎士だという事がバレていたのかと剣の柄に手をやったが、ライフ男爵は肩を撫でた手を腰に回し、ゆっくりと斧の前へと誘った。

「この斧、凄く美しいでしょう? この斧を振るっていた男は盗賊が被っていた兜まで割ってしまう剛力の持ち主でね。『兜割りのダグラス』と呼ばれていたんだ。」

「ダグ…ラス。」

その名を久しぶりに聞き、心が震える。

『兜割りのダグラス』
父が傭兵として活躍していた頃に呼ばれていた名だ。よく母が子守唄代わりに語ってくれた盗賊団を一人で壊滅させたという生前の父の活躍。武器屋のアイズが懐かしむようにアイツは仲間想いのいい奴だったと語ってくれた父との昔話。

「…父さん。」

斧の柄に触ると俺の手よりも更に大きな手の跡がそこには残っていた。俺が腹にいる時に依頼でしくじって死んでしまい、顔も知らない父。それでもその手の跡を触ると父に会えたような何とも言えない感情が溢れ出す。

しかし父の手の跡をなぞるその手をライフ男爵は指を絡ませ絡め取り、気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「知ってるかい? 君の父はこの斧で、主人であった僕の父の頭をカチ割って殺したんだ。だから『刑受の森』に送られた。」

「……何を…言っている。俺の父は依頼中にしくじって……。」

「そう。幼かった君はそう聞かされてきたんだ。でもね、僕の言ってる事は本当だよ。」

ライフ男爵は斧の刃を指差した。
そこには生々しく古い血痕がこびりついている。そして斧の後ろには大きなケースが置かれていた。

武器を展示しているケースかと思っていたが、その中には一人の男が横たわっていた。

その男は一瞬ケースの中で寝ているように見えたが、頭は割られたようにパックリと空いていた。

「僕の父だよ。薬品で腐らないようにあの時のままの姿で維持してるんだ。ずっと君に見せる為に埋葬もせず取って置いたんだよ。」

古い血痕の付いた父の斧。
斧で割られたような男の頭の傷。

仲間想いのいい奴が果たして自身を雇った主人をこんな風に殺すだろうか?

「ダグラス・クリフトの息子、アルヴィン・クリフト。僕はずっと君が来るのを待っていたよ。きっと何時か僕の腕の中に来てくれると信じて、君を十八年の歳月待ち続けた。君は僕のものだ。」

俺の父は主人を殺した人殺し?
大罪人?
俺が大罪人の息子?

何も考えられない。
ただ手が情けなく震えて、目の前の事実に頭が真っ白になる。

「いいよ。引目に感じないで、これから一生を懸けて僕に君が償ってくれれば。」

そうライフ男爵は俺の耳に囁き、動揺する俺を愛おしげに抱きしめた。そして首筋にチクリッと何かに刺された痛みと耐えがたい眠気が襲い、意識を手放した。
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