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第1章 魔法を使ったら王子サマに溺愛されました。
37 魔力がめぐる
しおりを挟むひじょーに恥ずかしい休憩時間を取りながら、俺たちは深い森に差し掛かっていた。
……森、かあ。
正直、森に入るっていうのが実感わかない。だってね。俺の周りに森なんてなかったしね。
TRPGのゲームでは、「鬱蒼とした森」ってのは魔物出現の宝庫で、何が出てもおかしくない。何度も使ったシーンだし、何度も戦闘した。……セッションの中でね?
「オットー、ザイル」
「「はっ」」
クリスが名前を呼んだだけで、その二人は動き出し、隊列が変わる。
平野を駆けていたときは二列編成。今は四列の編成になった。
街道は馬車がすれ違うことができるくらいには広いので、四列でも問題はないんだろうけど。
やっぱり森に入るから危険がある、ってことだよね。この隊形、守りたいものを中心に置いて安全性を高めるものだから。
この場合の『守りたいもの』は、王太子であるお兄さん。それから、第二王子であるクリス。
……クリスと一緒にヴェルに乗ってるから、俺も守られる立場。申し訳ありません。何もできない一般人なのに、王子サマ方と同列にいてしまって……。
兵士さんたち、嫌じゃないだろうか。休憩のときとか、嫌な視線も言葉もかけられなかったけど、クリスが常に傍にいたせいだと思うし、人の気持ちなんてわからないから。
まあ、なにかあれば、俺よりクリスを守ることを優先してくれるだろうから、なんと思われててもいいか。自国の王子サマを蔑ろにするようなことはないだろうしね。
そんなことを考えてる間に、森に入った。
街道の幅はあまり変わらないのに、木々が生い茂っているから、緑のトンネルのようになっていて、薄暗い。
当然、森の奥までは見えない。
ほんの少し、鳥肌が立った。魔物がいるとかいないとか、そんなことは関係なしにこういう場所は苦手だ。無意味に怖いじゃないか。
「…森の中って、なんか不気味だね」
「怖いか?」
「ん……ちょっとね」
「この辺りはまだいいほうだな。道がそれなりに整備されてる」
無意識に肩に力が入っていたらしい。俺のお腹のあたりに回ってるクリスの左手に、ぎゅっと力が入って抱きしめられてるみたいに感じた。
それでやっと力が抜けた。
息を細くついて、クリスに体を預ける。
「ここを抜けたら休憩しよう」
「うん」
はやく抜けないかなぁ。
それなりの速さで進んでいるけど、森の出口はまだ遠そう。
左右にちらりと視線を流すと、森の中から何かに見つめられてるような錯覚を覚える。
妙に胸がどきどきしてきた。いつもクリスに感じるものじゃなくて、ホラー映画を見ているときのような嫌などきどき感。
俺の身体を抱きしめてくれてる腕になんとなくしがみついた。この体温が落ち着くから。
「アキ」
「……なんか」
思わず生唾を飲む。
嫌な感覚が消えない。
つい…っと森の奥に視線を戻したとき、犬のような……狼のような?聞いたことないけど。そんな遠吠えが聞こえてきてて、身体がびくりとなった。
お約束のように木立の間から鳥が一斉に飛び立つ。
それからクリスがため息をついた。
「兄上」
クリスがそう呼びかけると、お兄さんの声が上がる。
「止まれ!!各自戦闘隊形に移れ!」
戦闘隊形、って。
「…クリス?」
「魔物が来る」
「っ!」
「流石に放置できないからな。退治していく」
「ん」
やっぱり、そうなのか。
クリスが額にキスしてくれた。それだけで落ち着く。
「オットー、ザイル、前にでろ」
「は」
馬上からクリスとお兄さんの指示で動き出した兵士さんたちを見る。一糸乱れぬというか、迷いのない動き。
「兄上はここで」
「…ああ」
兵士さん数人はお兄さんの護衛につく。
俺は、また森の奥の方を凝視する。
森の中での戦闘は視界が悪くて不利。足場だってよくはないし、剣を振るうには木々との距離感も掴まなきゃならなくて大変なはず。
とにかく早く、襲ってくるやつの姿を見ないと。相手がわかれば対策だってしやすいはずだから。
何もできないのに、気持ちだけが焦っていく。
せめて、せめて、魔物の姿だけでも捉えたい。
そう思っていたら、クリスの指が俺の髪を梳いてきた。その手は俺の首筋を這って、俺の顔を上向かせる。
……こんなときなのに、背筋に怖くない方のぞわぞわが駆け上がってくる。
「クリス?」
うん。この状況でされることとは思えない。
クリスは身体をかがめて、俺にキスをしてきた。当然のように舌が入り込んできて、絡められる。
どうしたらいいんだろう。
みんな、真剣な眼差しで森から来る何かを待ち構えているのに。
俺は、抵抗する気は起きなくて。
できればこのままでいい。
このまま、クリスの腕の中にいたい。
「アキ」
「ん…」
「俺の傍にいればいい」
「……ん」
それはまるで俺の心の中を覗いたかのような言葉。
クリスは俺を抱きしめたまま、厳しい視界を森に向け、背筋を正した。
「来るぞ!」
クリスの声に、全員が剣を抜いた。
そして、森の中から影に紛れそうな黒い獣が姿を現した。
「「ヘルハウンド?」か」
クリスの声と重なった。
よかった。知ってる魔物だ。
爪と牙とブレスに気をつけなきゃ。
魔法なら氷属性がよく効くんだけど。
「アキ、わかるのか」
「地獄の犬とか、炎の犬とか言われてるやつでしょ?…思ってたよりでかいけど」
そう。でかいんだよ…。
スライムもでかかったしなぁ。
「仕留める必要はない!牽制しろ!!動きが止まったら一旦離脱、炎が来るぞ!」
クリスはそう指示を出すと、俺を抱えてヴェルから降りた。ひらりと。格好良すぎない?人一人抱えて馬上からひらり、なんて!!
「アキ」
俺が密かに格好良さに悶ていると、クリスはかなり真剣な声で俺を呼んだ。
……こんな時なのに、クリスの格好良さに打ちのめされてる俺に気づかれた?だから怒られる?真面目にやれ!とかなんとか…。
でも、そういう叱責は飛んでこない。
それどころか、後ろから抱きしめられて、心臓がうるさくなる。
「…クリス?」
「アキ、やってもらいたいことがある」
「……なに?」
「魔法を使う」
魔法。
あ、うん。
すっかり忘れてた。
クリスは左手を伸ばして、俺の左手を取った。
手首につけたままのブレスレットを弄りながら、俺の左手を持ち上げて、後ろからブレスレットのところに口付ける。
心臓……もうちょっと鳴り止んでほしい…っ。
「俺にできること?」
「お前にしかできないことだ」
クリスができると言うなら、きっとできる。
静かに何度か深呼吸をして、なんとか心臓を落ち着けた。
「いいよ。クリスが教えてくれるなら、やってみる」
「ああ」
クリスの信頼が嬉しい。
ここは頑張らなきゃ、だね。
クリスが右手で俺の目元を覆った。
大きな手。
あたたかい手。
「アキ、すまない。少し痛むぞ」
「ん」
何を謝れるのかと思いきや、握られたままの左手の親指に、ビリっと痛みを感じた。爪…いや、歯で噛み切られた感じの…?
「っ」
「俺の魔力を感じてくれ」
魔力を感じる、ってどうすればいいんだろう。
そんな方法俺は知らないよ……って思っていたら、親指になにか触れた。擦り合わせるように触れ合って、今しがた噛み切られたところをぐりぐりされる。
僅かな痛み。
それから、傷口から入り込んでくるあたたかな何か。
「魔力の流れだ。体の中をめぐる」
「……何か、入ってくる気がする。あったかい、ような…?」
「それでいい」
これが魔力?
「…クリス、熱いのが、なんか、流れてる」
「アキ、その感覚を覚えておくんだ」
ああ、これが魔力なんだ。
クリスに抱きしめられてるときのような、優しくて、とても熱い力。
俺の体の中をめぐっていく力。
このとき初めて、俺はクリスの魔力を自分の中に感じることができた。
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