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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。
53 後悔の残る場所だから
しおりを挟む野宿と宿泊まりと魔物退治を含めながら四日目の昼間。
比較的大きめの整備された街道からややずれた方向に進路を取った。
その道はとても狭くて、馬車が一台通るのが精一杯。森に囲まれていて、魔物の気配もあちこちからするような場所だった。
「クリス……こっちで合ってるの?」
「少し寄り道をするだけだ」
「寄り道??」
小窓から外の様子を眺めていた俺の腰を、クリスが自分の方に引き寄せた。
細い道はあまり整備されてなくて、揺れが大きくなる。でも、獣道ってほどじゃないんだよね。
「何があるの?」
「村の跡だ」
クリスの表情が少し硬い。
気になって頬に手を当てると、少し驚いた顔をしてから、表情が緩んだ。
「……駄目だな」
「クリス?」
「豊かだと言われているこの国の中で、無くなってしまった村はここだけじゃない。貴族の領地から外れてしまい、細々と生活を営んでいる村はいくらでもある。……ここだけが特別なわけじゃない」
クリスの目元が揺れていた。
「それでも……ここは、俺の、王子としても神官としても、後悔の残る場所だから」
俺の肩に頭を預けたクリスに、力強く抱きしめられた。
そうやって暫くの間、クリスは微動だにしなかった。
俺も何を言っていいかわからなくて、ただ、クリスの背中を撫でていた。
「……ほんとに駄目だな」
顔をあげないままの、苦笑交じりの声。
「何が?」
「アキに甘えてしまう」
「クリスが?」
「そう…。弱音を吐きたくなる」
「いくらでも吐けばいいじゃん」
「情けないだろ?」
「なんでさ」
ぽんぽんと背中を叩きながら、思わず笑ってしまった。
「クリスはさ、背負い過ぎなんだよ。全部ぜーんぶ、自分が、自分が、ってさ。お兄さん、きっと、もっと頼って欲しいと思うよ?」
「兄上には兄上の役割がある」
「じゃ、問題ごと全部引き受けるのがクリスの役目なの?……北の件だって、お兄さんが何も言わなかったら自分でどうにかしようと思ってたでしょ」
「あれは……」
「そりゃさ、お兄さんにはお兄さんの……王太子としての仕事はあるだろうけど、魔物関連はクリス、その他はお兄さん…っていう線引は難しいじゃん。魔物なんて、倒してはい終わり、ってことにならないんだから」
ゆっくり、ゆっくり、背中を撫でて、叩いて。
なんか、小さな子供をあやしてるみたいに感じたのは……内緒だ。
「魔物倒して、村とか街の復興まで意識して、……それって、どこまでがクリスの仕事で、どこからがお兄さんの仕事になるの?」
「……それは」
「タリカではうまく動いてたよね。役割の線引をしない、二人が協力した結果なわけじゃん」
「………アキ」
「だから、背負い込むの、やめようよ」
正直、今までクリスが王子としてどれだけの物を背負い込んできたのか、俺は知らない。
でも、色んな話を聞いてたら、クリスが常に自分に厳しく過ごしてきたのはわかったし、手を抜かなかったことも知ってる。
「ありきたりかもしれないけど、荷物は半分俺が持つし、俺にはクリスの弱いとこ見せて。……前に言ったよね。情けないとこも見せて、って」
「……言ってたな」
「でしょ?……ほんと、いつでもクリスは格好いいからさぁ……。弱ってても、情けなくても、愚痴愚痴してても、弱音吐いても、俺のクリスはどんなときでも格好いいし、大好きなことに変わりないよ?」
こんなふうに弱音を吐いたり甘えてくるクリスは、多分俺しか知らないクリス。
家族の前でも、自信に溢れたふてぶてしいとも思える態度を崩さないクリス。
……それだけ、俺は、クリスにとっての特別、ってこと。
「ぐふふふ……」
「……変な笑い方だな」
「えー?だって、クリスが可愛いし、俺がクリスの特別だと思ったら嬉しいし」
可愛い可愛い。
いい子いい子。
みたいなノリで頭も撫でた。
そしたら、クリスも笑い出す。
「本当に……アキは俺の唯一だな」
「うん。俺にとってもクリスは唯一だよ?」
顔を上げたクリスは、なんとなく眉尻を下げて笑ってた。
「これからいく場所は、オットーが生まれた村……だった場所だ。……この間、オットーから聞いただろ?」
「あ……、うん。聞いた」
「あれは本当に凄惨な出来事だった。それまで味わってきた村人たちの苦痛など、オットーの話から想像するしかなくて。そんな中で生き残っていた村人たちも、魔物に襲われて無惨な遺体になっていた。……その彼らの目が、俺を責めるんだ。何故、どうして、と。何故もっと早く救いに来てくれなかったのか、どうして自分たちはこんな死を迎えなければならなかったのか。女神は誰も救わない……と。どうしても忘れられなかった。忘れるべきでもないと思ってた」
オットーさんが、村のことや神官との確執について俺に話してくれたとき、なんというか……表情は穏やかだったんだよね。
けど、今のクリスは凄く苦しそうで。
オットーさんはクリスの元で過ごすうちに、少しずつでも昇華できたんだと思う。
なのに、クリスは抱えたまま。
同じ年月を過ごしてきたはずなのに、クリスの奥底には昇華できない淀みのような感情が残ってる。
……心理学なんてわかんないよ、俺。
でも、きっと、俺が一緒に行くことに、なにか意味があると思うんだ。
「ねえクリス」
「……ん?」
「俺も、背負うからね?」
何を言えばいいのか、何をしたらいいのか、まだわからないけど。
絶対にどうにかするんだから……って決意して、額にそっと、キスをした。
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