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本編
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しおりを挟むゆらゆら揺られて気持ちがいい。
大好きな匂いがして、幸せな気分になった。
『セレス』
大好きな声がぼくを呼んでくれる。
大好き。
大好き。
大好きな金色。
大好きな銀色。
大好きな空色。
大好きな紫色。
「セレス」
大好きなのに泣きたくなる声。
嘘つき。
大好きなのに。
酷い二人。
大好きなのに。
傍にいてくれない。
目を合わせてくれない。
名前を呼んでくれない。
抱きしめてくれない。
キスをしてくれない。
ぼくに期待をさせて、突き放した二人。
なのに、嫌いになれない。
「……れ、い」
「ここにいる」
耳元の優しい声に涙が出る。
叶わないならあんな約束してほしくなかった。
ずっと一緒、って。傍にいる、って。
手を伸ばしたら大きな手に包まれた。
「……うそつき」
涙を拭ってくれる指。
レイはいつだってぼくに触れる手は優しかった。
アベルはいつだってあたたかかった。
「すきなのに……」
「……セレス」
好きなのに。
こんなに好きなのに。
「なんで……傍にいてくれないの……?」
「……っ」
ぎゅ…って抱きしめられた。
夢の中なのに、とても、心地よくて。
レイの匂いがした。
鼓動を感じた。
好きで仕方なくて。
すごく、嬉しくて。
「……セレス、セレスティノ、目を覚まして」
「ん……」
耳元の声に願われる。
それが、ぼくの頭の中だけの声じゃないって気づいて、ゆっくり目を開けた。
「………うそ」
目の前に、大好きな金色と空色があった。
「なんで……?」
夢だと思ってた匂いも鼓動も、すぐそばにあった。
……夢の中で夢を見てたんだろうか。
だってぼくは、カレスティアに向かう馬車の中で……。
「セレス」
目の前でぼくを呼ぶのはやっぱりレイだ。
一緒にいるって言ったのに、いてくれないひどい人。
「なんで…?レイ、なんでレイがいるの…?」
周りを見渡した。それほど広くはない部屋。
ぼくが寝ているのは、とても大きなベッドだった。
「セレス」
「レイ、なんで?ここ、どこ…?」
「……ここは城の俺の部屋だ」
「お城…?」
聞いてもわからなかった。
なんで?どうしてぼくがお城にいるの?
「セレス」
ふわりと笑うレイ。
「お前はここから出られない」
「…………え?」
「この部屋だけが、これからのお前の居場所だ」
レイが、嬉しそうに、ぼくの頬をなでた。
不思議な部屋だった。
レイは自分の部屋だ、って言ったけど、部屋にもベッドにもレイの匂いがない。
大きなベッドと、小さなテーブル。
トイレとお風呂があって、大きな窓が一つだけ。窓のむこうにはこじんまりとした庭があるけど、空は見えるのに他の建物は全然見えない。
扉は全部で二つ。
トイレとお風呂に繋がっている扉と、レイが出入りしている扉。
でも、レイが出入りしてる扉には必ず鍵がかかっていて、ぼくは開けることができない。
自分以外の音がない世界。
疑問は疑問のまま。
でも、ぼくは落ち着いてる。
薄衣の夜着が一枚。本当にそれしか着せられてない。ぼくが持っていたはずの荷物はどこにも見当たらないし、クローゼットもない。
ぼくが帰ると思っているはずの家族に、なんの連絡もできないけれど、何故かそれでもいいと思ってしまっている。
「セレス、食事にしよう」
「レイ」
小さなテーブルに一人分の食事が載ったトレイを置く。
それからぼくを足の上に座らせて、キュッと抱きしめる。
「……まだ細いな」
「ん」
「果物は?」
「食べる」
一口大に切られた果物を、レイは指でつまんでぼくの口に入れる。柔らかくて甘い果物は、それほど咀嚼しなくても簡単に潰れる。
んく…って飲み込むと、レイの指に口を開かされて、ぼくがちゃんと飲み込んだのかを確認される。
「ん」
短く頷く声がして指を抜かれて、また同じように食べさせられる。
繰り返し、同じように。
ぼくが『いらない』って言うまで。
濃くてとろりとしたスープを少し口にして、最後にお茶を飲む。ぼくの好きな香りのお茶。
レイと過ごすこの時間が好き。
ここは寮じゃない。レイのお部屋。
ぼくがどうしてここに連れてこられたのかも、レイが優しい声と笑みでぼくを見てくれることも、アベルが今どうしているのかも、わからないことばかりだけど。
でもぼくはここにいたい。
これが、ぼくの願望が形になった夢だとしても。いつか醒める夢だとしても。ぼくはここにいたい。
夢なら醒めなくていい。
「少し眠れ」
「ん……」
ベッドに寝かされる。
額に、レイの唇が触れる。
下腹部がどくんって脈を打つ。
でも眠気に勝てない。
レイが行ってしまう。
引き止めたい。
けど、力が入らない。
「おやすみ、セレス」
大好きな声を聞きながら、レイの匂いがしない枕に顔を押し当てて、ぼくは目を閉じた。
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