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番外編
例え会うことが叶わずとも
しおりを挟む何かを後悔したとしても、それは一つの解決にもならない。
あの日の殿下の真摯な態度に、セレスティノの幸せを願うならばそれが当然の選択だと思っていたが、本当にそれで正しかったのかと悩むことも多かった。
学院在学中、最後に私たち家族がセレスティノに会うことができたのは、最高学年になる冬の季節の長期休みのときだ。
手紙のやりとりはしていたから、特に問題がないことは重々承知していたが、最高学年になるというのに未だに花籠は現れていず、殿下の予想が合っているのかどうか、見当もつかなかった。ただ、セレスティノは随分と華奢で、体格だけで見るなら確実に花籠持ちだろうと予想はできた。
帰郷のときも殿下とアベルシス様が同行されてきた。
こんな田舎の男爵領まで来ることに、王族も公爵家も、何も言わないのかと少し不安にもなる。
学院を卒業後、セレスティノはこの領で暮らしているという体になる。
しがない男爵家のことなど、他の貴族たちは誰も気にも留めないだろう。領民についても、跡取りの嫡男がしっかりと運営に携わっているためか、次男の動向については詮索をしてこない。あとは嫁いできてくれる者を探さねばならないが、それに関しては特に心配もしていない。
最高学年の冬の季節。
卒業式には来なくていいと、セレスティノから手紙が来た。
セレスティノ自身はこの先に起きることをわかっているのだろうか。それともまだ知らされていないのだろうか。それに関してはどちらとも言えなかったが、おそらくまだ知らないのだろうと結論づいた。
妻曰く、「あれほど感情が顔に出やすいセレスに、殿下方が話すとは思えない」ということだ。
息子も頷いていたから、その通りなのだろう。
卒業式が終わり数日後、殿下とアベルシス様の婚姻式が、神殿の大聖堂で華々しく執り行われたと通達が来た。
王都に邸を持っている上位貴族や、王都に比較的近い場所に住む下位貴族たちが参列したらしい。
私たちにも式への参列の案内は来ていたが、郊外に領地を持つ下位貴族に参列の義務はない。人脈を広げるためには参列することの方が好ましいが、それで領地運営に穴が開く方が問題だ。
…それに、殿下から聞いていた話の通りであれば、その式に参列することの方が問題があるように思えてならず、王都にむけて足を進ませる気にはならなかった。
セレスティノは元気だろうか……と思うようになったのは、婚姻式が終わってから数日後のことだ。
そのタイミングを見計らったかのように、殿下から書状――――手紙が届いた。
内容は、これまで何度もこの領地を訪れていたときの待遇に関する感謝の言葉だ。居心地がよく住みやすい場所だと褒めてもくれていた。
そして、『幼馴染みであるセレスティノにもよろしく伝えてほしい』と締められていた。
手紙は全部で二枚。
「……父上」
「ああ」
私たち家族は客間に入り、人払いをした。
心配そうに顔を歪ませる息子と、涙を流し始めた妻。
私はその手紙を握りしめ、息を整えた。
『セレスティノ』
僅かな魔力を乗せた合言葉。
それを唱えた途端、殿下の文字は紙面から消えていき、見慣れた可愛らしい文字が浮かび上がる。
「…っ」
殿下の文字の下に隠されていたセレスティノからの手紙。
城の検閲に引っかからないように細工された手紙。
声に出すことなく、私たちは順番にその手紙を読んだ。
花籠は綺麗に咲いたらしい。『こんな形』と、少し下手な絵が添えられていて、思わず笑ってしまう。
部屋から出ることはできないが、セレスティノ自身はそれに関して特に何も思わないらしい。ずっと二人が傍にいてくれることが何よりも幸福だとも書かれていて、ああ、これでよかったのだと僅かに涙がにじんだ。
私たちからは殿下に返答の手紙を出す。
私たちに隠蔽のような魔法は使えない。
検閲で見られたとしても、何も問題がないような言葉を、なんとか選び書き綴った。
手紙は季節が変わると届けられた。
愛息子と二度と会うことの叶わない私たちへの、殿下のせめてもの誠意なのだろう。
一年後には、嫡男が同じ男爵家の三男を妻に迎えた。
翌年には私たちの孫にあたる子が誕生し、私たちは息子に家督を譲り隠居生活に入った。
隠居と言っても領地から出ることもなく、王都まで行くようなこともなく。
息子夫婦の補佐をしながら、セレスティノからの手紙を待ち続けた。
そうして変わらない日々を過ごしているうちに年月が過ぎる。
ある日、城から書状が届けられた。
それはいつもの手紙ではなく、正式なもの。
「……婚姻式」
現在の王太子殿下である次男のイサーク殿下と、長男のエリアス殿下の、婚姻式。
すなわち、セレスティノの息子たちの、婚姻式。
これは何が何でも行かねば……と、事情を知らない息子の家族たちも総出で王都にむけて出発した。期日に余裕をもって通達が来たということは、私たちが参列することを望んでいるということなのだろうから。
王都にある神殿はとにかく荘厳な建物だった。
そこを仕切る神官長は、想像していた人物よりも若く、年代的には殿下――――今は陛下となったレイナルド陛下方と同じに見えた。
上位貴族たちが前列にひしめきあている中、私たち下位貴族はかなり後ろの方の参列となったが、主役であるお二人の姿とレイナルド陛下、アベルシス王妃の姿はよく見ることができた。
「………セレスがいる」
「え?」
震える妻の声。
まさか…と思いながら、陛下方の近くをよく見れば、四、五歳の子を抱いてローブを目深に被った侍従らしき姿があった。
そのローブから時折見える髪色。
距離があるというのに、真っすぐこちらを見据える緑色の瞳が、何故かよく見えた。
「………っ」
腕に抱いている子は幼いころのセレスティノにそっくりだった。
おそらく、セレスティノの三人目の、子。
この大勢の貴族が集まる中で、言葉を交わすことはできずとも、微笑むセレスティノをしっかりと見ることができた。
レイナルド陛下と目が合った時、ふ…っと目を細め微笑まれる。それから、本当にごくわずかな、会釈。
だから、確信してしまう。
今のセレスティノがどれだけ幸福なのか、このような危険を冒してまで私たちに見せたかったのだと。
「……よかった」
それは本心からの言葉。
何も後悔することなどない。
これでよかったのだ、と。
この先も幸福であるように。
言葉を交わせなくても、直接会うことができなくても、私たちはお前の幸福をいつも祈っているから――――。
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(17件)
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面白くて、一気に読んでしまいました。
3人が幸せになってよかったと思いました!
番外編では、まさか息子達が!?と思いましたが、
悪い風習を変えてくれて本当によかったと、思いました!!
途中セレスがかわいそうで仕方がなく、
色々あったんだとは思いますがね。
最後に、面白い作品をありがとうございました。
他の作品も拝読させて頂こうと、思います。
ありがとうございます^^
この子たちなりの幸せのカタチを見つけて、その子どもたちも幸せの道を歩んでいければいいなという思いでした。
楽しんでいただけたようで嬉しく思います。ありがとうございました^^
攻め同士の性行為がなければいい作品だと思いました。正直なんで話の流れで攻め同士の性行為を入れたのか理解ができないので。あ、構成と言いますか発想と言いますか正直そのストーリーはなくてよかったと思ったのでメリバ風に思いました。
一つの意見として受け止めますね。
閲覧ありがとうございましたm(_ _)m
完結おめでとうございます!!!
リクエストも聞いていただきありがとうございました😍😍😍
セレスの家族がセレスの幸せそうな姿を見られてよかったです
先生のお話どれもとても大好きです😘😘
毎日の癒しになってます😋
こちらこそありがとうございました!
忘れていたことを書けたので、私もスッキリです✨
今後もよろしくお願いいたします^^