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「ただいま」

 慎一は結婚式からしばらくして、実家に帰ってきた。
 もうすでに、アパートに暮らしており、実家に入るときに、「こんにちわ」なのか「ただいま」なのか少し悩んだが、やはり「ただいま」の方がしっくりくると思った。

「あ~お兄ちゃんだぁ~」

 猫の甘えたような声を出した妹の楓の態度に慎一はぞくっとした。
 そんなヘビに睨まれたカエルのようになっている慎一に楓は抱き着く。

(嫌がってる?困惑している?キシシシッ)

 マーキングするように顔と髪を擦り付けてくる楓に慎一はどう接したらいいのかわからなかった。

「さぁ、上がって上がって。お兄ちゃん」

 見上げてくる少女は目元が少し隈ができているけれど、確かに自分の妹である。

「おっおう・・・」

 楓に腕を引かれながら、慎一はリビングに案内された。

「さっ、座って座って」

 含みのある笑顔で楓は慎一を席に座らせる。慎一はまだ混乱しているのか妹の支持に素直に従う。

「何飲む?」

「ウーロン茶」

「はぁ~い」

 冷蔵庫を開けて、コップにウーロン茶を入れて、慎一に差し出す楓。

「ありがとう」

 楓は返事もせずにそのまま慎一の隣の席に座り、慎一の喉仏が動くのを楽しそうに見つめていた。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「んっ、ん・・・なんだ」

 気を抜いていた慎一はドキッとして、器官にお茶が入りそうになるのをなんとか堪える。

「ねぇ、後で勉強を教えて。お兄ちゃん頭いいでしょ」

「ん、あぁ。いいぞ」

「やったぁ~」

(なんだ、そういうことか・・・)

 慎一は楓が甘えてきた理由が勉強を教えてもらうためだと理解した。

「成長したな、楓」

「ん?」

 髪をいじる楓。
 少し女の子から、女性という性を感じた慎一は顔を赤めて、天井を見る。

「いや、勉強教えてなんてさ。うん、社会人になって思ったけど、人にわからないことを聞けるのは大切なことだぞ」

(はぁ~~~うっざ。キモいんだけど)

「うん、ありがと。お兄ちゃん」

 慎一に気づかれない程度に冷めた目をしていた楓は目だけでにこっとした。

「じゃ、私部屋で待っているね、お兄ちゃん」

「おうっ」

 お兄ちゃんと言う響きに酔いしれる慎一は、急に大人っぽくなった楓の後ろ姿を感慨深く見送った。

(そう言えば、母さんがいないな)

 慎一はスマホのSNSを見る。
 母親とのメッセージで指定された時刻に来ているはずだったのに、当の本人がいない。

(昔みたいに楓の面倒見ろってわけでもないだろうし・・・)

「んんんーーーーっ、まいっか。楓も上機嫌みたいだし」

 背伸びをしながら、妹と久しぶりに仲良くできたことに満足する慎一。
 この時、慎一は楓の闇を見誤っていた。


 
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