異常姦見聞録

黄金稚魚

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種付呪法

丑の刻参り 前編

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 この手紙は僅かな希望かけてお送りしました。このような体験、誰にも相談できません。私には頼れるものが無いんです。もし、何かご存じの事があればどんな事でも良いので教えて欲しいです。
 最後に私のアドレスを載せていただきます。良い返事を待っています。
                                   ―――立花梨沙。  
                                  
 
 手紙の最後にはそう綴られていた。悪趣味な嫌がらせと、現れては自分を犯し消えていく精液の怪物への恐怖が書かれた体験談。
 この手紙を私が読んだのは手紙が送られて来てから一週間後の事だった。記載されたメールアドレスに何度か連絡を送ったが、返信が返ってくる事は無かった。







「思ってたより大した事ないわね」

 そう嘆くのは同僚の桑村だ。手にしたカメラを覗き込んでシャッターを切る。
 被写体は物言わぬ藁人形、杉の木に打ち付けられている。丁度腹当たりに釘を打ち込まれ、札に似た細長い紙が臓物のように飛び出ている。
 確かに、怪談物に慣れ親しんだ私達にとってはあまり斬新なものでは無いだろう。

「どうせ付いていくなら前の豚小屋にしとけばよかったわ」
「アレはダチのデマだったよ」
「そうなの?つまんないわね」

 私達が取材で訪れたのは某県某市の○○神社だ。神社と言っても神社そのものではなく、神社のある雑木林こそが我々の目的だ。ここは日本でも有数の丑の刻参りの聖地スポットとして有名なのだ。
 今回の体験談。『精液スライム』を呪いに類するものと考えた私はここで丑の刻参りについて取材する事にしたのだ。


「これで四つ目。じゃんじゃん出てくるわね」

 いざ探してみると藁人形は異常な程多く見つかった。雑誌為の野外調査で曰く付きの心霊スポット行く事は多いが、実際に藁人形などの直球の呪物を見られるのは珍しい。それもここでは短期間で幾つも出てくる。
 呪いに縋る程の恨みを抱えたものがそれだけ多く居るという事だろうか。薄気味の悪い話だ。

「見たところ新しい物のようですが、これはいつ頃からあるものなのですか?」

 私は道案内を請け負う男に尋ねた。彼は神社に務める守衛だ。雑木林内の地形には彼が一番詳しい。神社が丑の刻参りの聖地スポットとして有名になると、そういった品の撤去も仕事の一環として行うようになったそうだ。生きた怨念の籠もる藁人形に触れ、またある時は古い儀式を行おうとする狂人を捕える。想像するだけで神経をすり減らす大変な仕事だ。現に彼以外の守衛はあっという間に辞めてしまい、今では夜間の守衛は彼のみだそうだ。
 彼はこの神社唯一にして最も呪いに触れた体験者。つまり、今回の取材の主役は彼という訳だ。

「確かに新しいですね。それに目立つ場所にある。おそらくは一週間か二週間程でしょう。この辺りは毎週見回っていますからね」

 守衛は苦笑を浮かべてそう言った。穏やかな笑顔が特徴のおおらかな男性だ。

「正直、困っているんですよね。木が枯れる原因にもなります」
「立ち入りの制限とかはしてないんですか?」

 撮影を終えた桑村が質問する。

「してますよ。バリケードとか立ち入り禁止の看板立てたり監視カメラつけたり。でも効果は無かったです」
「確か今残っている守衛は貴方だけ何ですよね?」
「そうですね。みんな辞めてしまいました」

 あははと守衛が笑う。笑える話かは疑問だが、こう言ったこう言った精神の図太さが彼の長所なのだろう。

「という事は見回りも一人で?」
「基本的にはそうですね。ただ私の手に負えないことも多いですから、警察に見回りを依頼した事も何度かありますよ」
「夜の見張りでは丑の刻参りに遭遇した事ありますか?」
「ありますよ」
「その場合はどうするんですか?」
「私はあまり関わらないようにしてますね。武器を持ってる場合もありますし、警察に通報して確保して貰っています」
「本当に大変そうですね」

 話しを聞いていると神社側の苦労が思い浮かぶ。実害的な被害が思っていたより深刻なようだ。

「ここまで有名になってしまうと悪戯目的の人も多いですね。肝試しに来る学生さんとかも居て大変です」
「成る程。では丑の刻参り以外の目的で入る人もいるのですね」
「あ、はい。まぁそうですね」

 守衛が少し言い淀んだのを桑村は見逃さなかった。

「それでは丑の刻参り以外だとどのような事例がありますか?」
「えーと、そうですね。肝試しだとか、浮浪者が入り込んだりとかですかね」
「他に変わった事とかありますか?これだけの心霊スポットになるという事は他にも曰付きの話とかそういうの、ありませんか?」

「白装束の女を見たとかありふれた噂ならありますが。そうですね、変わったモノがあるのですが……」

 守衛は歯切れが悪そうに桑村の方を見た。

「女性の方はあまりいい思いのするものではありませんので」
「案内してください」

 桑村が食いついた。さっきまでの質問攻めはこの話題を引き出すためのものだろう。
 桑村は生粋の怪談好きだ。自分が聞きたい話、つまり相手のとっておきを探り出す独特の嗅覚を持っている。
 守衛はどうやら桑村を気遣いその話題を出さないようにと考えていたようだが、逆効果だったようだ。


 案内されたのは神社の外れにある蔵だ。横にはゴミ置き場が隣接されている。

「ここは物置なのですが、人目に触れられないようなを一時的に保管しています。ちょうど回収前ですので」

 守衛は蔵の中から黒のビニール袋を持ってきた。よく見ると袋の上からさらにもう一度袋を被せある。厳重に封印されたそれを守衛は開けるのを躊躇っている。

「本当に気分的にいいものでは無いので……」

 もったいぶる守衛に業を煮やした桑村が急かし、守衛はようやく袋を開け始めた。

 袋の結び目が緩むと腐った魚介類の臭いが溢れ出た。私と桑村は思わず顔をしかめた。
 完全に開ききると悪臭は凶悪さを増した。悪臭を取り込む事を身体が拒否し思わずえずいてしまう。

「この神社で見つかる物で、これが一番不気味で恐ろしいですね」

 中をのぞき込むとビニール袋の中には色とりどりのオナホールが詰めこまれていた。どれも使用済み。黄ばんだ汁が垂れている。

「は?」

 桑村が目を丸くし、素っ頓狂な声を上げる。
 オナホール。確か送られて来た手紙にはそれに触れた後、精液スライムが出現していた。思わぬ共通点に私は驚きを隠せなかった。

「ごほっ……これは?」
「最近、こういうのが増えてきて来たんですよ。恋愛成就? とでも考えているのですかね」
「といいま……うっ……」

 守衛は悪臭の中、平然と話し始めた。悪臭に慣れているのはは流石と言った所だ、私は耐えられそうにない。隣で桑村が大きくえずいた。

「うぇ。ちょっとタンマ。流石にキツいって」
「あ、すみません」
 
 袋を再び固く結び直した。話は興味深いが、私も桑村も悪臭が気になりそれどころでは無かった。袋を蔵に仕舞い仕切り直してから話を聞くことになった。

「これは種付呪法と呼ばれているそうです」

 守衛が語ってくれたのは実際にそれを行おうとして捕まった男から聞いた話だそうだ。守衛が私達に説明してくれた内容は使った丑の刻参りの亜種といった内容であった。膣を模した道具を使い、意中と強制的に縁結びを行う。
 率直な意見を言えば馬鹿げた話しだと思う。そのイカレきった内容は頭のおかしいストーカーが編み出しだ妄想の産物だとしか思えない。
 しかし、驚くべきことに件の手紙にあった描写と一致する点が多くあったのは事実だ。今回の体験談『精液スライム』はこの種付呪法と同一の存在であることは間違い無かった。

「正直な話、通常の丑の刻参りより厄介ですね。ゴミ手袋もトングも使いますが、あれに近づくのは男の私でも辛いです。ものによっては針金で固定されてる物もありますし」
「それは、ご苦労様です」
「この種付呪法、本当に効果があると思って行われているのでしょうか」
「少なくとも当人達は信じていると思いますよ。私は彼らの熱意を嫌と言うほど見せられてますからね」



 守衛は私達の質問に真摯に答えてくれた。具体的な神社の名前や特定に至る要素、種付呪法の内容にぼかしを加える事を条件に取材の使用許可も頂いた。
 取材は成功だった。
 
「使えそう?」
「そうだな。手紙との関係性が掴めた。予想以上の収穫だ。十分だよ」

 既に帰宅と、レポートの作製に思考が傾いていた私を桑村が引き戻した。

「えー?何?もう帰るの!」

 突然、桑村が大声を出した。桑村は驚いたような顔をしているが、驚かされたのは私の方だ。

「せっかく来たんだし見ていきましょうよ」




 
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