百合蜜ヲ啜ル。

黄金稚魚

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一話 自転車を漕ぐ二人

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 木々に閉ざされた緑色の洞窟のような山道はぐねぐねと蛇行しながらどこまでも続いている。

 ぎー。ぎー。

 森の中で鳴り響くのは怪鳥の叫び声か。

 否、悲鳴を上げているのは自転車だ。ホイールやらギアが軋む音が不気味なノイズとなり響いている。

 ぎー。ぎー。

 ペダルは漕いでいない。
 熱気のシャワーのような夏の山でも自転車に跨り風を受けられれば幾分マシなのだろう。しかし生憎今は自転車を降りて坂道を押して歩いている。
 足元に跨る木々の根を踏むと車輪が大きく跳ねそうになったので二の腕に力を込めて抑え込んだ。
 自転車で漕いで進むにはこの山道は険し過ぎる。それに斜面も急だ。


 ぎー。ぎー。

 その音は、山で聞こえる得体の知れない虫の鳴き声に少し似ていた。特に聞いていると不安な気持ちにさせられる所がよく似ている。
 
 空を見上げれば雲ひとつない晴天。太陽は既に傾き始め空が微かに赤らんでいる。

 七月の暑さは身を焦がし、肌を伝う汗と共に体力が流れ落ちていく。セーラー服に張り付いた汗の感触が気持ち悪い。

 なんでこんな目に……。

 水城みずきみどりは暑さにうんざりといった様子で溜息をついた。心なしか自分の吐く息さえ生暖かい。

 実のところ、この坂道は通学路でも何でも無く、言ってしまえば登る必要が無かった。それでも熱い中、わざわざここを通るっている理由は、私の目の前を同じく自転車を押して歩いている少女、蛍原月花ほとはらるかにあった。
 
 緑のママチャリに対し一回り小さなマウンテンバイクを転がし月花はすいすいと山道を進んでいく。
 同じ制服を着ている以上、中学生と分かるが緑と比べ二回りほど小さい。これは緑の背がバレー部の勧誘を受け慣れているぐらいには高いせいなのだが二人が並べば姉妹のようにも見える。
 現に今、二人っきりで山道を進んでいる様は遊び盛りの妹に付き合ってあげている姉の構図だ。姉役の方がバテているのもらしらを増している。


 緑と月花の関係はざっくり言えば先輩と後輩だ。同じ中学の同じサイクリング部に所属している。月花が先輩で緑が後輩だ。これはスカーフの色で判別できる。

 この苦行とも言える坂登りはサイクリング部の活動だ。
 最も、部活とは言えその活動内容は適当。下校中に自転車でぶらぶらするだけだ。これといった目標なんて無く、大会に参加する事も無い。部長である月花がその日の気のままに寄り道をして、それに緑ついて行くだけであった。当然、そんな部活に部員が集まる訳も無く、月花と緑の二人だけであった。


「うーん。ここらでいいかな。さて、緑ちゃん。勉強の時間だよ」

 月花は突然振り返ると振り返るとふふんとドヤ顔を披露した。肩まで伸びたボブカットがふわりと揺れた。サラサラの髪はブラウンに染めている。
 
 古い風習に拘る田舎の学校ではオシャレを口実に背伸びしたがりガールと黒髪ロング至上主義者の教員が毎日のように抗争を繰り広げている。
 対抗意識を持つあまり派手な金髪や桃色に染め上げる女子も存在する。
 かくいう月花も出会ったばかりは黒髪だった。ある日突然、髪を染めてきた時は驚いたが、なかなかどうしてよく似合う。
 穏やかなブラウンの髪色はしっとりとした艶やかな印象を与え、決して悪目立ちする事無く月花の小動物ぜんとしたイメージを引き立てている。
 派手な色を選ばず、あくまで自然な色を選んだのは月花の性格が出ている。
 髪を染めたいが、あまり目立ちたくはない。カラーを選ぶときの葛藤が目に浮かぶ。

 こいつやっぱ可愛いな。

「緑ちゃん? 大丈夫、熱中症?」
「あ、いや。大丈夫です」

 自分よりも小さいとは言え、先輩を内心で愛でる緑は確かに暑さに頭をやられていた。
 
 蛍原月花という少女は彼女達が通う学校が一学年一クラスのみという事を差し置いても知名度の高い名の通った生徒であった。
 愛らしいその外見と親しみやすい性格は学年の垣根を超えた人気がある。
 そんな月花の放課後プライベートを独り占めできる事はちょっとした贅沢だった。
 
 緑は自分のクラスメイトよりも月花と共にいる時間の方が多かった。学校に自分の居場所を見出せなかった緑が頼ったのが月花だった。

 月花に連れられ自転車を漕いで町を回る。受け入れられない事はあるが、緑は少しずつ町へ馴染んでいた。クラスメイトとの溝も時間がある程度解決してくれた。

 代わりに剥がれたのが月花のメッキだ。
 月花はいつも先輩風を吹かそうとしていた。
 周囲から可愛がられ甘やかされて育った月花にとって緑は貴重な自分を頼ってくれる後輩なのだ。

 付き合いが長くなると緑は先輩になりきれない月花の姿を多く目にするようになった。

 子供舌と言われコーヒーをノンシュガーで飲んで咽せたり、奢りとか言って連れて行かれた先が駄菓子屋だったり、説教臭い小咄をしようとして着地点を見失なったり。微笑ましい限りだ。

 そんな月花を緑はいつの間にか心の中で呼び捨てで呼んでいた。


「本当に大丈夫? 水飲む?」
「あ、いただきます」

 月花が水筒の蓋に中の液体を注ぎ渡してきたので緑はそれを飲み込んだ。

「まずっ」

 苦い。
 喉を通った苦味が苦しくて緑はむせた。

「うげぇ何飲ませるんですか先輩」
「私特製の一日分の野菜スペシャル。何故か美味しくない」
「なぜ? 何を入れた?!」
「えーと玉葱と、ピーマンと、ニラと」
「苦味縛りか!」

 ごほごほと咳き込む緑に月花が追い討ちをかけた。
 可愛らしい悪戯はいつもの日常だった。
 
「で、さっき何かいいませんでしたか?」
「おっといけない。えーと、なんだっけ」
「勉強がどうとか」
「あー、そうだ。えっとね。私が緑ちゃんをサイクリング部に誘った理由覚えてる?」
「あー、覚えてますよ」

 照れくささからわざと間延びした返事で答えてしまう。忘れる訳がない。引っ越して間もない緑に学年も違うのに真っ先に話しかけてきたのは月花だった。
 あの時、緑は酷く傷ついていた。初めての町、慣れないクラスメイト、受け入れない風習。
 そんな時、緑の前に現れたのが月花だった。


「確か、町に早く慣れる為でしたっけ? そう言えば先輩が先輩らしかったのあの時が最後でしたね」
「失礼な、私はいつも先輩してるじゃん」

 ごほん、と咳払いをしていよいよ、月花は本題へと切り出した。

「後輩ちゃん、今何月?」
「突然何言っているですか先輩」
「ふふっ分かんないかな緑ちゃん」

 月花は意味深に笑う。月花はいつもこんな調子だ。真面目な時も遊んでる時も愉しげな表現をする。
 

「七月ですけど、それがなにか?」

 ニヤニヤとなぞなぞでもしているみたいに言う。分からん。私が即答できず考えているのを見るや月花は勝ち誇ったような顔をした。

「それにしては静かだと思わない?」
「あっ」

「セミ! セミの声聞いてない!」
「せーかい、パチパチパチ」

 わざとらしく手を鳴らす。態度の割にとても澄んだ音が響いた。
 育ちが良いと言えばいいのか、月花の動作はどれも上品な面を覗かせる。

 セミ……虫の話題だ。嫌な予感を感じた。緑の中で鼓動がドクンと大きく響いて、暑さとは別の汗が流れる。ムカムカとした厭な感情がお腹から込み上げてくる。抑えておかないと、溢れ出してしまいようだ。

 この町では特別な意味を持つ。私はが嫌いだった。
 私は喉に引っ掛かった憂鬱を無理矢理飲み込んで話を続けた。
 こういう時、緑は止せばいいのに強がる悪癖がある。特に月花の前にいる時はそれが顕著であった。

「ここってセミ居ないんですか?」
「居ない事は無いんだけど、なんていうかな縄張り的な?」
「縄張り……あー、そういえばここに来てからあんまり普通の虫見てないですね」

 月花はパチンと指を鳴らす。そして、ごそごそと鞄をあてがう。



「じゃ~ん」

 月花が鞄から布で覆われた棒を取り出した。古びた布の合間からは鮮やかな赤色の羽が飛び出ている。
 
「風車?」
「長ったらしい名前があるけど面倒だし、私は探知機って呼んでる」

 嫌な予感は的中したと見て良いだろう。探知機と言うからには何かを探す道具なのだろう。
 その何かをもう緑は知っていた。

 顔に出ていたのか、月花は緑に目線を重ねる微笑んだ。


 月花は探知機をゆっくりと振り回しながら歩き始めた。ダウンジングロッドのような扱いだ。

「それ鳴るんですか? ピーって」
「いや、回る。見た目のまんまだよ」
「そうですか」

 月花がこのようなオカルトグッズを持ち出すのは今日が初めてではない。
 前にも蔵から出てきたとか言って変な匂いのお香やらを持ってきていた。

 ぴたりと月花の動きが止まった。『探知機』の先端は林道の脇道へと向けられている。

「ほら分かるかな。ちょっと動いてる」

 月花が探知機の先端、風車の部分をちょんちょんと指差す。
 
「いや、全然?」

 風車の羽は止まったままだ。よく見ると微かに振動しているようにも見えるが、気のせいかもしれない。

「さぁ勉強の時間だよ」

 もう一度、月花は言った。その表情を見ずに緑は月花へついて行く。自転車を道の端に停めて脇道へと入る。脇道は緩やかな階段になっていてそれは丘へと続いていた。

「ここ登るんですか?」
「うん。足元気をつけなよ」

 階段は切り立った丘のように急だ。手すりなんてものは無くうっかり転けてしまえば擦り傷ではすまないだろう。
 緑は月花を心配そうに見た。生意気にも一段飛ばしで階段を登っている。
 
 自分より月花の方が転けそうだなと思いながらも緑は月花の後について歩く。


「にしても後輩ちゃんって結構体力あるよね」
「まぁ毎日先輩にしごかれてますからね」
「いやいや、私がいつしごいたよ」

 階段を登り始めた緑達は少し話した後はすぐに無言になってしまった。
 疲れからでは無かった。


「居たよ」

 階段を登り切った先で、月花はお目当のものを見つけたようだ。口元からは消笑みが消えいた。
 あぁ恐ろしい。緑は月花のその表情が怖かった。

 月花の目線の先、緑もそれを見る。
 
 公園の中心にある大きな一本松。そこにそいつはいた。

 それは正に、木に張り付く為にデザインされたシルエットだ。
 真横に目のついた平べったい頭が太くて短い寸胴の体についている。胴体より遥かに大きな羽がカーテンのように張り付いている。
 
 蝉。なんて事は無い、日本の何処にでもいる夏を賑やかす定番の虫だ。それが雑木林の奥に居ようが町の中に居ようが別段おかしくはない筈だ。

 その体長が一メートルを超す巨体で無ければ。

「目隠亜臓」

 月花がその名を呼んだ。虫の姿をした神の名を。
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