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二話 蝉の鳴く夏
しおりを挟む「目隠亜蔵」
月花の口にした言葉は、目の前にいる巨大な蝉の名だ。
虫神
この町には虫神と呼ばれる存在がいる。其れは巨大な虫の姿をした神。この町にだけ存在し、古くから町を守っている。少なくとも緑はそう教わった。
緑はこの町に引っ越して来るまでその虫神の存在を知らなかった。
見た事がなければ聞いた事がない。そんな奇想天外なものがあるならテレビや雑誌でとっくに取り上げられていないとおかしい。UMAや妖怪と同じだ。
だからたとえ事前にその虫神というものが居ると聞かされていて緑は信じなかっただろうと思う。
事実緑は実際に見るまで、そんなものが居るなんて夢にも思わなかった。
だが、この町には虫神が存在する。現実離れしたこの虫神は町の至る所に現れ、我が物顔で徘徊していた。この町だけの神様。
巨大な虫の神。まるで御伽噺の中から飛び出してきたような存在。それは確かに幻想的な響きを含んでいた。
しかし、目の当たりにした巨大な虫の存在は緑にとって恐怖以外の何物でもなかった。
現実に存在しているこの巨大な虫は熊や像が町にいるのと同じ事だと緑は考えている。そう野放しだ。
虫神を遮ってはならない。
虫神を傷つけてはならない。
虫神を拒んではならない。
町に住む老人たちは口々にそう言い、虫神を崇め奉る。
虫神。その存在もさることながら、なによりその生態を緑は忌避している。
緑の目線が釘つけられたのは巨大な蝉、目隠亜臓そのものではなくそれが弄んでいる女の方であった。
「……目隠し」
女は蝉と木の間に挟まれる形で拘束されていた。両手を抑えられ木に固定されている様は磔刑のようにも見える。
目隠亜属の腹の辺りから伸びた刺又のような器官が女の頭を抑えていた。そのため、女の顔は見れず長い黒髪である事以外は分からなかった。
女の頭を押さえている刺又状の器官は先端が平たい円状に膨らんでいてヘッドフォンの様にも見えた。
よく観察すると振動している。
どうやら見た目通りの働きをするようだ。きっとあそこでは鼓膜が破れんばかりの大音量が女の鼓膜へ流れ込んでいるのだろう。
女は気絶しているのだろうか、女の手足はだらりと垂れ下がり、時より僅かに反応するだけで動く気配はない。
目隠亜蔵が女に何をしているのか。
その女の股にそれが突き刺されている事はこの距離からでもよく見えた。
木の色をしたグロテスクな棒。
いわゆる生殖器、虫のペニスだ。
虫神は人を犯し孕ませる。
目隠亜蔵は機械のように規則正しく定間隔に身体を震わせている。
女性の股の隙間からは、彼女の愛液と目隠亜蔵の性器から漏れ出た分泌液が混ざりあり、地面に白濁色の水たまりを作っていた。
「あれ、大丈夫なんですか?」
女性はときおり痙攣している。意識があるようには見えなかった。
どう見ても危険な状態だ。助けた方がいいのではないだろうか。そういった意味を込めて緑は月花に訪ねた。
しかし月花は目の前の事態より緑の発言の方に関心を持っているようだ。
「落ち着いているね、慣れた?」
「他のを前にも見てますから」
そう、緑がこの巨大な虫、いわゆる虫神を見るのは初めてでは無かった。
虫神と人の交尾を見るのも同様。
というより、虫神というのは常に交尾しているように思える。緑は虫神が女体をまぐわう姿以外を見ていない。
町へ越してきて三ヶ月と少し。緑は何度か、数える程度ではあるが虫神の交尾を見ていた。曰く虫継と呼ばれる行為。
町の人間は虫継を当たり前の後継として受け入れている。向こうが平然としている以上、緑も必要以上に喚く事は出来なかった。
初めて虫継を見た時、緑が受けたショックは計り知れなかった。
その場で吐き、泣いて逃げ出した。数日寝込み、悪夢に魘された。目が覚めても悪夢は終わらず月花が助けてくれなければどうなっていたか分からない。
その時の悪夢は今でも見る。
それは、丁度目の前で繰り広げられている悍しい光景だ。
産まれも育ちもこの町な月花は動揺一つ無い。対する緑は強がって平然なふりをしているだけであった。何度も月花に助けられた緑だが、いやだからこそこれ以上自分の弱さを見せたくなかった。
「常帳尻と闇走は前に見たもんね」
「後は銀翅なんとかって言うハエ型のやつも見てます。思い出したくも無いですけど。ってそんなことより助け……とかしなくていんですか?」
平然と会話を続ける月花だったが、緑は女性の安否が気になって仕方がなかった。
それでもここまで激しい虫継は見たこと無かった。虫神はそれぞれ形が違っていて、その交尾のやり方も多種多様だ。
だが、目の前の目隠亜蔵の虫継は明らかに異様で性交以外にもとんでもない事が起きているような気がしてからなかった。
月花はふーと小さく息を吐くと、緑から目線を外し再び、目隠亜蔵の方を見た。そして先ほどとは違う、厳格な口調で話し始めた。
「目隠亜蔵との虫継には大きなリスクを伴う」
勉強だ。
月花は虫神の恐ろしきその生態を緑に語り始めた。虫継という言葉は虫神との性交の事を指す。
「虫継のリスク。その要因は特有の把握器にある」
普段とはまるで違う口調。教材音声のように淡々としている。
「頭部の固定に特化した把握器は左右どちらかの目を貫きその先端は脳へと干渉する。大抵の場合、その時点で番は気絶するから痛みを感じる事は無い……と言われている。でも失明は避けられない」
「失明……?」
目をなんと言った。緑は目隠阿蔵と交わる女性を見る。
相変わらず顔は見えない。その顔は如何なっている?
緑の問いかけに月花は答えず勉強を続ける。
「一番恐ろしいのは脳へ残る障害。長時間に渡り直接刺激を与えられ続けた脳はある種の依存症を残す」
女性の身体がガクンガクンと揺れる。その一挙一動が気になって緑は月花の勉強に集中出来ない。
出来るはずもない。目の前で女性が虫に犯されているのだから。
「それはとある音をキーに強烈な快楽と排卵を催し、強制的な絶頂を迎えさせる。つまり、その目隠亜蔵と虫継を行った者はその後の人生をその音に支配される事になる。その音とは―――」
ビクンと女性の身体が大きく跳ねた。カハッと肺から空気を吐き出すような声を出してえずく。
溜まった唾がぽたぽたと唇から垂れている。
どうやら目を覚ましたみたいだ。この状態、気を失ったままの方が良かったんじゃ無いのだろうか。この時の緑は女性を憐れみようにそう思った。
女性は大きく息を吸い、口を開いた。
「―――蝉の声」
その時、耳をつんざくような鳴き声が響き渡る。
「み~んみんみんみんみんみんみんみん!」
女性がその音を叫んだ。壊れた、まさに壊れたように無機質にその鳴き声を叫ぶ。緑はぶわっと全身から汗が噴き出すのを感じた。目の前の光景の意味が分らず、狼狽した。
「みんみんみんみん! みんみんみんみんみんみんみんみんみん!
「なに……あれ?」
怯えて一歩後ずさる緑。月花は平然とした態度を崩さず淡々と勉強を続ける。
「虫継時、把握器により脳へ直接送られる音の正体。通常の蝉と違い目隠亜蔵はその泣き声を聞こえる形では発しない」
ここに来る前、月花は緑になんと聞いていた?
「その理由は人間の可聴域を越えているからであり、なおかつ発声気管は把握器に内臓されているため、大きな音は出せない。だから通常、目隠亜蔵の声を聞くことは無い。しかし……」
この夏、緑は蝉の声を聞いていない。
「虫継時は異なる。目隠亜蔵は人をスピーカーとして使用する」
平然と勉強を続けた。しかしその言葉は緑にはもう届いていなかった。
蝉の音が緑の感情を揺らし、激しく波紋を広げる。
「みんみんみんみんみんみんみんみんみんみん!」
視界が急に動いた。天地が逆立ちをしたように入れ替わる。緑は自分の位置を見失ってしまい、動いても居ないのに迷子になったような感覚を覚えた。
頭の中を蝉の声がリフレインしていいる。蝉の声はサイレンのように遠のいて行き、同時に緑の視界も暗く暗く、沈んでいった。
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