巨大虫の居る町

黄金稚魚

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黙諾の花嫁

四話 蚕の市

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かいこの市?」

「そうです。まぁフリーマーケットみたいな感じです」

 旅館洞々亭とうとうていの予約を済ませてやってきたこは町の中心部と言える場所。「せっかくなので町を見て回りましょう」という瑚桃の言葉に甘え、まず来たのがここだった。
 大通りが交差する広場。そこには様々な出店が立ち並んでいた。
 行き交う人々はさすがに高齢者が多いが、学生のグループもいくつも見られた。

「ちょっとしたお祭りみたいですね」

「でしょー。でも本当のお祭りは別にあるんですよ八月に!」

のみの市みたい」

「それ知ってますよ。フランスのやつですよね」
 
「名前も似てますね。何か由来とかありますか?」

「えーと、前にお婆ちゃんに聞いた事ありますね。確か昔は蚕そのものを売ってたんでして。蚕と他の物を物々交換してたのが始まりらしいですよ」

「へー。蚕を?」

 蚕と言えばその繭がシルクの原料となる昆虫で、人為的に飼育、される。完全に家畜化された唯一の生物として有名だ。

 直接取引に使われていたとしてもおかしくないのかもしれない。お金の代わりに蚕の繭で物を買う光景を想像するとなかなか様になっているような気がした。

「蚕は町の特産品の一つで今でもまだ作ってるるんですよ」

 湖桃はしたり顔で説明している。観光大使にでもなった気分なのか「特産」の所でアクセントを強めて強調する。

「でも蚕の市って言うようになったのは結構最近の事なんだって。やっぱりパリの方に影響されてるかも。あっ! そうだラウラさんって海外で暮らしてんですよね。もしかして行ったことあるんですか?」

「小さい頃に何度か」

「えー、すごーい。どんな感じだったんですか?」

「小さい頃だったから、あんまり覚えてないかな。でもよく分からない骨董品とかお面とかが並んでたのは覚えてます」

「へぇ。本家って感じがします」

「本家って」

 あははと笑う湖桃。

「あっ焼きもろこしの売店出てる。買っていきましょうよ」

 湖桃が指さす先には確かに焼きとうもろこしの看板が上がってる。
 他にもアイスクリームやフランクフルトと言った定番の屋台が見える。

「夜ご飯食べれなくなるとか言ったなかったですか?」
「とうもろこしはカロリー無いから大丈夫ですよ」
「いや、カロリーあります」

 屋台に近づくとタレの香ばしい匂いが漂い食欲を刺激する。先程クロワッサンを食べたばかりだが、なんだか小腹が空いてきた。

「おじさん。焼きもろこし二つ下さい」

「へいらっしゃい。おっ湖桃ちゃんかい。今日も元気だね」

「えへへ」

 頭にねじり鉢巻をつけたおじさんが愛想良く笑う。

「おや? その髪飾りはもしかして」

 屋台のおじさんはラウラの髪飾りに気づくと手を止めた。

「おじさん分かるの?」

「やっぱりそうかい。こりゃめでたいねぇ。お嬢ちゃんサービスだよ、一本持ってけ」

「うわっ……ありがとうございます」

 ラウラは勢いよく渡された焼きとうもろこしを咄嗟に受け取ってしまった。


 めでたい?

 ラウラはその言葉に違和感を感じずにはいられなかった。
 どう言う意味でそう言ったのか。観光客が珍しいからめでたいのだろうか。

「おじさん私にはサービスないの?」

「あっははは。湖桃ちゃんにまであげたらおじさんの稼ぎが無くなっちゃうよ」

 屋台のおじさんが豪快は笑っている。湖桃も楽しそうだ。

 おじさんと湖桃は髪飾りについて触れる気配はない。乃杏は予定があるようだったし、突然お邪魔させてもらった以上、ラウラは髪飾りについて詳しく尋ねる事が出来なかった。この髪飾りに何か意味があるなら知りたい所だった。


「ちょっといいですか?」

「おっなんだい? もう一本欲しいのかい?」

「私のも貰ってくれますかー」

「えっ、いや。違うって」

 食いついて茶化す湖桃はさておき、ラウラはかぶっているキャップ帽の横をこんこんと叩いた。自然と視線が指先へ集まる。

 そこへあるのは蝶の羽を模した古めかしい髪飾りだ。

「この髪飾りって何かあるんですか?」

「あぁ」

 おじさんは腕を組んだ。

「お嬢ちゃん聞かずにつけたのかい? それは外から来たお客さんがつけるものだよ。この町の風習みたいなものさ」

「私も知らなかったなー」

「え、そうなの?」

 意外にも湖桃も知らない様子だった。

「まぁ古い風習だからね。外から来る人は珍しいから湖桃ちゃんが知らないのも無理はないよ。でもこの町で店を出している人は皆知ってるよ。自分のところに観光客が来たら渡さなきゃいけないからね」

「古い・・・・・・風習?」

「ふぅん。髪飾りなんてしなくても分かりそうなのにね」

「おいおい。そんな事言っちゃだめだよ」

「さっき言ったってどういう意味ですか?」

「そんな事言ったか?」

 言った。
 心の中でそう突っ込みを入れるラウラ。

「言ってたよ」

 口に出す湖桃。

「はっはっはっ。ならこうだな。べっぴんのお嬢ちゃんがこんな辺鄙な田舎に来てくれたからつい言っちまたんだろう」

「はぁ」

 まだ腑に落ちないラウラだったが自分でも何処が引っかかっているのか分からず、それ以上は聞かなかった。

 焼きとうもろこしもサービスして貰った手前、あまりしつこく問い詰めるのも失礼だろう。

 冷めない内に一口齧る。

「おいしい」


 ラウラは湖桃と一緒に蚕の市を歩いて回った。
 湖桃はあの店は何々だとかここは在々とか逐一説明してくれた。

 テント張りの店が目に入る。屋台やゴザを広げただけのもの多い中、その出店は存在感を放っていた。サーカス団を思わせる円形のしっかりした作りだ。
 
 看板代わりに木彫りの置物が飾られていた。形は大雑把でずいぶんとデフォルメが効いていたが、特徴的なフォルムからはそのモチーフが蝉だと特定するのは容易だった。

 御布施堂おふせどう
 蝉の腹に店の名前らしきものが書いてある。

 一見してなんの店か分からない。

 お布施。その言葉が葬式の時にお坊さんに渡す礼金のようなものだと言うことは知っている。
 だがラウラの中でその単語が店と結びつかなかった。

 怪訝そうにその看板を見ていると湖桃が教えてくれた。

「ここですか? 御布施おふせさんはうーん……お守り屋さんって感じのとこですね」

 そう聞いてもラウラにはピンと来なかった。
 言ってる湖桃も歯切れが悪く、説明する言葉が見つからないようだ。


「入ってみます? おじゃましまーす」


 言いながら既にのれんをくぐる瑚桃。ラウラは見ていただけで入りたいとは一言も言っていない。

「マイペースな子」

 先に行かれてはラウラも追いかけるしかなかった。
 呆れ顔を浮かべラウラはテントへ入った。

「おじゃまします」

 中に入るとラウラは強い枯れ木のような臭いを感じた。
 独特な匂いだ。カビ臭さを濃くしたような咳き込みたくなるような匂い。
 
 その匂いを発している正体はすぐに分かった。
 すぐ目の前に飾られた巨大な剥製だ。いや、剥製と呼んでいいのかは分からない。
 
 それは巨大な蝉の抜け殻だ。人の背丈ほどの大きさ。
 薄い茶色の甲皮は偽物とは思えないほどのクオリティだ。枝のように細く伸びる脚。皮の質感も成虫が這い出して破れた背中もまるで違和感がない。

 もしこの抜け殻が現実のものと同じサイズで作られていたらラウラは偽物だとは見抜けないだろう。
 現実離れしているのはそのサイズだけだった。
 
 ラウラはそのインパクトに圧倒され釘付けになっていた。


「いかばぁこんにちは」

 瑚桃が大きな声で挨拶する。
 奥で老婆が安っぽいパイプ椅子に腰掛けていた。
 腰をくの字に丸めて座るその老婆はなんとも近寄りがたい雰囲気を纏っていた。

 ボリューム満点の白髪を竜巻のように盛り上げた派手な髪型。シワだらけの顔はサングラスを掛けているせいで表情が全く読めない。着物のような服を着ている。
 一度見たら、記憶に焼き付くような特徴的なお婆さんだ。

「見た目が厳ついから『いかばぁ』なの。目見えないし耳もそんなに良くないけど、悪口言うと察知してくるから気をつけてね」

「なにそれ」

 パチンと甲高い音が響いた。老婆が手にした杖で床を叩いたのだ。
 ラウラと湖桃は顔を見合わせる。

「聞き慣れない声だね」

 じゃらじゃら声で老婆、いかばぁが言った。

「こっちに来なさい」

 たぐり寄せるような手つきでラウラを手招く。

 言われた通りに近づくといかばぁは手を伸ばしラウラの顔に触れた。
 しわくちゃの手はひんやりと冷たい。形を確かめるようにいかばぁはラウラの顔を撫で回した。

「あの、何ですか?」

「おぉ……よう来おったわ」

 いかばぁは震える指で店内をさした。並べられた棚にガラクタじみた商品が並んでいる。

「どれがいいかのぉ」

 その指は棚の上の商品をゆっくりと一つづつさしていった。

 粘土細工で作られた虫の置物。
 蝉をはじめ蠅やはち、アメンボといった虫がデフォルメされた姿で作られている。

「どれがいいかのぉ。今なら選ばしちゃる」

 繰り返しいかばぁが言う。
 惚けたような物言いだが、ラウラはこの老婆の態度にしっかりとした意思を感じた。
 ラウラがどれを選ぶのか興味深く観察している。

 よく見れば虫の置物は少し変だった。本来の虫には無い構造をしていた。
 例えば蝉には針のような突起物が口から生えている。蠅には羽が六枚ついていて、アメンボに至っては体を丸めてボールのような姿になっていた。

 祖父の手記にあった記述をラウラは思い出した。

『ケイコウの地では虫神と呼ばれる異形の神を信仰している』

 これがそうなのだろうか。見ているとなんだか嫌な感じがする。胸騒ぎだろうか、まるで怖い話を聞いている時のような不安を覚えた。



「いえ結構です」

 ラウラは会釈していかばぁから離れた。いかばぁにどのような意図があったのかラウラには分からなかったが、どれも選びたくは無かった。

「なんだったんですか?」

 トコトコと湖桃が寄って来た。

「さぁ?」

「何か買いますか?」

「私はいいよ、良く分らないし」

 少し悪いと思ったがラウラはそのまま店を出ることにした。

「ラウラさん」

 外へ出た後、瑚桃の様子が少し変わった事にラウラは気が付いた。

 俯き考え事をしているように見える。
 もじもじとしていると言うか、ラウラの方をちらちらと見ては口をもごもごとしている。何か言いたそうだという事はラウラにも分った。
 
「ねぇどうしたの?」

「うーんとね」

 瑚桃は答えない。今度は周囲の人だかりを気にしているようだ。
 周りに聞かれたく無いことなのか。きょろきょろと周りを見渡してやがて諦めたのか「えへへ」と照れた笑みを作った。

 気にはなったもののラウラは聞き返す事をしなかった。

「また後で言うね」

「楽しみにしていい話?」

「うーん、どうだろ。びっくりするとは思うけど」

「分かった。その時は……」

 ピコンピコンとスマホの通知音が鳴った。湖桃のスマホだ。

「ラウラさんごめんなさい。月花るかちゃん迎えにいってもいいですか?」

 スマホの画面を見て湖桃が言った。そう聞かれても出てきた名前にラウラは覚えがなかった。

「誰?」

「ほら。最初に私と一緒にいた子ですよ」

 自転車に乗っていた黒髪セミロングの少女を思い出す。人形を思わせる小さな子だった。
 湖桃はラウラを連れたままその子と合流したいようだ。

「別にいいけど、近いの?」

 湖桃は胸を張って自信満々に言った。

「近道使えばすぐですよ」
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