神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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緑の思い出。

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 子どもスゴイ。

 なにもない原っぱで、鬼ごっこをした。走って逃げるという単純明快な遊びは、年齢を問わないで楽しめる。ただし小さい子も多いので『ズル』や『手加減』はなしだけど『大人は気遣いを忘れずに』と、実質ズルみたいなルールを大人に突きつけてやった。

 二週間やそこらストレッチしただけの身体はあっという間にへばる。流石に軍務の連中はすばしっこい子どもを相手に涼しい顔をしているけど、文官かなぁって人たちはあっという間に捕まって、草の上で大の字になっている。服に緑色の汁が着くのもお構いなしだ。あれ、染み抜き大変だぞ、なんて考えながらゼコゼコ胸で息をして、ジェムの元に戻る。

 ジェムが厳しい貌を僅かに和らげて迎えてくれた。⋯⋯この、ちょびっとのアレコレが小っ恥ずかしいんだよ。

 宰相が赤ちゃんと一緒に木陰に敷いたシートの上に転がされている。爆睡だな。一応護衛っぽい人が見守ってるけど、クソ王を除いたら国のトップにいる人が、こんなに無防備でいいんだろうか。いや、でもあの顔色じゃ寝かせてあげなきゃかわいそうだ。

「おーい、ごはんだぞーーッ!」

 竈門で火の番をしていた兵士さんが大きな声を出すと、子どもも大人も歓声をあげて集まってきた。鬼ごっこのメンバーは、近くにいた子どもを担いで走ってくる者もいる。笑顔が弾けて、きゃーッて子ども特有の甲高い声が響いた。

 軍務卿から差し入れされた上等の肉を網焼きして、侯爵家の馬車に積んできた弁当を広げる。⋯⋯弁当じゃないな。ここまできたらケータリングだよ。食べ物も飲み物もたくさん用意されていて、子どもたちはご機嫌だ。

「食べすぎてお腹が痛くならないようにな。ご飯の後も、いっぱいあそぶんだろう?」

 こんな美味しいもの初めてとばかりに、必死で食べる男の子の頭を撫でてやると、彼は恥ずかしそうに肩をすくめた。

 こうしてみるとチラホラいい雰囲気の組み合わせがいる。アラサーに見える女官と文官の夫婦が、三人の子どもの食事の世話をしている。あの子たちは過去にそれぞれ養子縁組の話があったけど、実の兄弟で別々に引き取られることに抵抗したのでお流れになった経緯がある。まとまってくれるといいなぁ。

 ⋯⋯あれ?

 軍務卿と財務卿のとこ、なんか騒ぎになってるぞ。

「ねえ、あそこ大丈夫かな」

 となりのジェムの袖をツイと引いて意識をこっちに向けると、騒ぎの方に視線を促した。

「犬も喰わないなんとやら」

 犬も喰わない⋯⋯って、え? あのふたり、お付き合いしてるの?

「お互い爵位持ちだから話が進まないんだ。ブレント卿財務卿が逃げて、ケーニヒ卿軍務卿が追いかけている。かれこれ五年はそうだが、公になる前にどれほどの攻防があったのかはわからぬな」

 以前から距離は近いなぁと、アリスレアが思ってた気がする。

「ブレント卿はあのとおり、線の細い人だから⋯⋯ケーニヒ卿が盛大に周りを牽制しているのだよ」

 軍務の長がちょっかいかけてる相手に、突撃する猛者はいないわな。

 軍務卿と財務卿の側に、背の高い男の子がふたり立っている。彼らは今年十二歳なので、そろそろ孤児院を出た後のことを考えなきゃならない。確かこの前の慰問のとき、軍務の下働きがしたいとか言ってたな。

 本当は騎士になりたいんだろうけど、訓練のための木剣すら手に入れられないから諦めているみたいだ。⋯⋯あそこまで育つと養子の話はとても少ない。働き手として欲しがる人はいるんだけど、わざわざ孤児院に来て働き手を探す人って、安い賃金で使い潰せると思ってる人が多いんだよ。⋯⋯悲しいけどな。

 侯爵家が気にかけているこの子たちの孤児院は、お義母様が厳しく目を光らせている。けれどあんまりおおっぴらに肩入れするとクズ王にいちゃもんをつけられるんだってさ。なにをするでも、クズ王が邪魔をするんだな。

 お義母様とトーニャは外務卿に完璧にエスコートされて、優雅に過ごしていた。白いテーブルとチェアがセットされてパラソルが影を作っている。外務の青年が数人せっせと給仕していて、あそこだけホストクラブみたいだな。⋯⋯行ったことないけど。

 ジェムにエスコートされて、全体が見渡せる場所に移動した。ふたり並んで草の上に直接敷いたシートの上に腰を下ろす。侯爵継嗣夫人としてはとても行儀が悪いけれど、孤児院のピクニックだ。大目に見て欲しい。

「懐かしいなぁ」

 ぽろりと口から飛び出した、いろんな懐かしさ。アリスレアが育ったシュトレーゼン伯爵領は緑豊かな田舎領地だ。こんなに開けた原っぱはないけれど、目に眩しい樹々の緑、のどかな田園風景、ちょっと奥まで行けば美しい湖の真ん中に浮島。

 踏まれた草の匂いが、アリスレアこの身体の記憶を思い出させた。

 共に遊んだ幼馴染みたちは元気だろうか。

 ふと手を取られて、指先にキスが落とされる。

「なに? 急に⋯⋯」

 ええぃ、やめんかい。たいしたことない風を装って、そっと手を自分に引き寄せる。顔、赤くなってないだろうな、俺。

前世のことを思い出しているのか?」

「言われたら、思い出すじゃないか。今はシュトレーゼンのことを考えてたよ」

 奥さんが作った弁当を持って、子どもを連れて大型の公園でピクニックしたな。奥さん、弁当作るのに全エネルギーを使い果たして、公園では荷物番してたよなぁ。

「失敗したな、思い出させたか。まぁ、いい。前世のあなたがいてこその、今のあなただ。かつての伴侶を想う気持ちごと、大切にしたいと思っているよ」

 ⋯⋯⋯⋯。

 なんだこの包容力。おっさんの俺より懐が深いじゃないか。やばい、顔が熱い。

 チクショー、全力ダッシュかましたいが、侯爵継嗣夫人にはあるまじき行為だ! アリスレアならわかるが、おっさんのなにがジェムのスイッチを押してるんだ⁈

 恥ずかしくて、うつむいてダンマリを決め込んでいると、サクサクと草を踏みしめる音がした。顔を上げると体格のいい青年が、立ち止まってジェムの前に跪いたところだった。こっちが座ってるから視線を合わせるためだろう。多分、ジェムの部下だ。

「将軍にはお寛ぎのところ、まことに申し訳ございません」

 彼の表情カオは青褪めて強張っている。これは楽しい話じゃないな。

「よい、話してみよ」

 ジェムが促すと、青年は口を開いた。内容は予想通り、楽しいものじゃなかった。
 
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