ママは乳がん二年生!

織緒こん

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いち。

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 それは二年前のことだった。

 小学五年生の秋のこと、ランドセル背負って学校から帰ってきたスズの頭は真っ白になった。

 いつものようにちーちゃんと一緒に帰ってきて、ちーちゃんの家の前で別れて二分。ちーちゃんの家とスズの家はめっちゃ近い。

「ただいま。ママ、今日休み?」

 玄関にママの草履があった。ママは呉服屋さんでお仕事してるから、晴れた日の出勤日は草履を履いてお出かけする。だから家にいると思ったのに、ママの返事はない。

 リビングでパソコンをカタカタやってたパパが鼻までずれた眼鏡を押し上げながら、こっちを見た。
パパは在宅ワークがメインでたまに打ち合わせのために外出する。

 在宅ワークなるものを知らなかった小学三年生くらいまで、パパは無職で一日中パソコンで遊んでいるんだと思ってた。

 ごめんパパ。名前を言ってはいけないあのウィルスのせいで、ウェブ会議が推奨されるようになったのを見て、パパが本当に仕事をしてるんだとようやく実感できたわ。

「おかえり。ママ、今、病院。乳がんなんだって」

 なるほど、病院なら着物姿じゃ行かないよね。

 じゃなくて⁈

「乳がん?」

「うん、乳がん」

 ガラケーを持ち上げてゆすって見せる。電話で知らせをもらったって言いたいのね。

 変な瓢箪とか勾玉のストラップがジャラジャラ鳴った。開運グッズみたいなのに、パパの台詞はちっともありがたみはなかった。

「えっと、それは冗談とかじゃなくて?」

「真面目な話」

 真面目な話はともかく、それはママも一緒に深刻に告げるものじゃないんだろうか。こんなランドセル背負って、手洗いうがいもすませない娘に、ぺろっと打ち明けていい話じゃない気がするわ。

「待って、手洗ってランドセル置いてくるから」

 洗面所で手を洗って、うがいして、二階の自分の部屋でランドセルを下ろす。

 ふわふわして現実味がまるでない。

 真っ白になると、人間って大騒ぎしないものなのね。まだ十一年しか生きてないのに、そんなことを思った。

 宿題なんか全部ほっぽって、パパに話を聞きに行く。

 リビングのテーブルの定位置はパパのとなり。パソコンの画面にはよくわからない表が並んでいて、お仕事してるんだなぁって漠然と思った。

「ママ、死んじゃうの?」

 テレビで若くてきれいなキャスターさんが乳がんで亡くなったのを知った。ママ、着物が好きだから、そのキャスターさんが着物姿でテレビに出てくると、ニコニコしながら見てたもん。

 キャスターさんとおんなじ病気。

「まさか、治るでしょ」

 パパはあっけらかんと言った。

「そっか、治るのか」

 妙に安心した。

「ママが電話で言ってたの?」

「別に」

「え?」

「乳がんだって知らせてきただけだよ。あと、入院する病院をどうするか」

 スズの安心を返せ! ママがどんだけ具合が悪いのか、ちっともわからないじゃない⁈

 うー、どうしよう。

 ママが死んじゃったら、どうしよう。

 俯いたら、涙が出てきた。膝の上に乗せた手を、ぐっと握る。

 ぽんぽん。

 パパの手が頭をぽんぽんしたあと、そのまま髪の毛をかき回した。もう、くしゃくしゃじゃない!

「大丈夫、ママは死なない」

「どうしてわかるの?」

「そりゃあ、ママはスズが大好きだからさ」

「そうだね、ママはパパが大好きだもんね」

 涙は止まらない。

 でも笑う。

 ママはスズとパパが大好きだから、絶対死なない。

 スズとパパもママのことが大好きだから、絶対、絶対死なないんだもん。

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