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番外編
どっちもどっち(発売記念SS)
発売記念の番外編です。結婚して二年後くらいを想定しています。
◇ ◇ ◇
フレッドはディンチ伯爵家の婿である。一年半前に伯爵家の養子──シルヴェスタと結婚して、フレッド・ディンチ伯爵継嗣配となった。初恋を執念深く実らせて、十三歳年上の妻を手に入れることに成功したのだ。
「で、坊ちゃんは、なんでうちの店でボッチ飯なのよ?」
豪奢な巻き毛の美しい女性が、カウンターに陣取るフレッドの目の前に麦酒を置いた。商店街の酒場の女将ジャネットは、フレッドの妻であるシルヴェスタの幼馴染みだ。彼の初恋の終わりと最後の恋の始まりまでを、つぶさに見てきた人物でもある。彼女は相手が貴族だろうが頓着しないため、幼馴染みの夫の扱いもぞんざいだ。
「后子殿下主催の奥様会で、シルヴィーが城に宿泊してるんですよ」
「あら、エルったら。また王様を締め出したの?」
不貞腐れたように麦酒を呷ったフレディが言うと、ジャネットがカラカラと笑った。年齢を感じさせない美しい彼女はシルヴェスタの幼馴染みだが、同時に后子エルフィンの幼馴染みでもある。シルヴェスタとエルフィンは商店街出身の元平民で、ジャネットと学問所で机を並べた仲だった。
「陛下は宰相閣下と視察に赴かれました。今夜は殿下がおひとりで過ごされるので、シルヴィーが無聊を慰めに……」
「それで坊ちゃんは、ひとり寂しくうちで一杯引っ掛けてんのね」
「……寂しくというか、ジャネット姉さんと話がしたくて」
フレッドが気怠げに微笑んだ。飲み屋の客が遠巻きに見て、ほぅとため息を漏らす気配がする。彼は黙っていれば物憂げな美青年だ。中身を知る者たちは詐欺だと言うが、見た目は極上品である。
「その無駄な色気をダダ漏れさせるの、やめなさいよ」
「お姉さんこそ、いつまでも若くて綺麗なの、なんとかしてくださいよ」
貴族を相手にしているとは思えないぞんざいな口調で言ったジャネットに、フレッドは苦笑した。
「あのね、若くて綺麗でいるために、世の中の女がどれほど腐心してると思ってるの?」
「それはそうかもしれませんが……」
「何か言いたいことでもあるの?」
「シルヴィーが僕を受け入れてくれたことが、いまだに奇蹟のように思えてしょうがないんですよ。お姉さんはこんなに若くて綺麗なのに、どうしてシルヴィーは揺らがなかったのかな、なんて」
「坊ちゃん、あなた。あんな昔のこと、まだ根に持ってるの?」
エスターク王国の王が結婚式を挙げた十五年前のあの日、商店街で大聖堂の鐘を聞いた者は多い。フレッドとジャネットも、その中にいた。
「あの時お姉さんは、シルヴィーのお嫁さんに名乗りをあげたんですよね。僕の目には、お姉さんは綺麗で優しくて大人で……とても太刀打ちできない存在でした」
ジャネットはシルヴェスタと同い年だ。当時のシルヴェスタは国王に嫁いだ幼馴染みに失恋したばかりで、ジャネットはそれを揶揄いまじりに鼓舞して『私があんたの子ども産んであげよっか?』などと軽口を叩いたのだ。言った者も言われた者もケロリと忘れていたのだが、すぐ側で聞いていたフレッドだけがいつまでも覚えていて、ふとした時に寂しげにつぶやくのだ。
「いやぁねぇ。シルヴィーは今、坊ちゃんの嫁でしょうに。あの腹芸のひとつもできないお人好しが、坊ちゃんの傍で嫌そうな素振りでも見せた? そんなことないわよね? だったら、シルヴィーの愛を疑いなさんな」
「疑ってなんかいませんよ。ただ、ジャネット姉さんがあまりにも美しいので、僕がスニャータに留学中は気が気でなかったというだけです」
「あんたら、五十歩百歩ね」
「なんですか、それ」
「似た者夫婦ってことよ!」
ダンッと音を立てて置かれた皿には、山盛りの千切りキャベツ。そっとメンチカツが添えられている。
「お姉さん、これ、キャベツとメンチカツの配分がおかしいんじゃ」
「明日、坊ちゃんの嫁に作ってもらいなさいな」
ジャネットの笑顔が壮絶に美しい。側から見れば美男美女が見つめ合う麗しい光景だが、実際のところ、蛇に睨まれた蛙である。
「十日前にシルヴィーが愚痴ってたこと、内緒で教えてあげるわ。あのヘタレ、坊ちゃんがスニャータでモテまくってたんじゃないかって、めちゃくちゃ気にしてるわよ」
「え?」
「若くて可愛い女の子にモテモテだったんだろうなぁ、なんでこんなおっさんに捕まったんだろうなぁ、とまぁ、たいして呑めもしないのに麦酒を呑みながらふにゃふにゃと」
フレッドの動きがぴたりと止まる。口に付けたジョッキの縁から、だらだらと麦酒が溢れた。
「何やってんの、坊ちゃん! 耳まで真っ赤よ。もう酔っ払ったの⁈」
「……いえ、二十歳で酒を覚えてから、自分が呑み上戸だと知りました」
「頓珍漢なこと言ってないで、拭きなさいよ」
手渡された布巾で口を拭いながら、フレッドはジャネットをまじまじと見る。
「シルヴィー、そんなことを言ってたんですか?」
「そうよ。別に坊ちゃんのことを疑ってるとかじゃないのよ。やっぱりうんと年上で、男嫁ってのが不安なんでしょ……って、坊ちゃん、ニヤケ顔が気持ち悪いわよ」
物憂げな美青年が台無しだった。
「今すぐにシルヴィーを抱きしめたいです」
「お城に泊まりなんでしょ?」
「だから明日は、思う存分抱きしめます」
「……抱きしめるだけじゃ、済まないんじゃ?」
ジャネットのつぶやきは、上機嫌に鼻歌を歌い始めたフレッドには届かなかった──。
◇ ◇ ◇
ヘンリエッタ先生が描いてくださった人物紹介のジャネットが、あまりにも美しすぎて……
この別嬪さんに、なんでシルヴィーはフラフラいかなかったんだ? と思った次第(笑)
性格がイリス姉ちゃんとそっくりだからだよ! と、どっかから聞こえてきました(笑笑)
◇ ◇ ◇
フレッドはディンチ伯爵家の婿である。一年半前に伯爵家の養子──シルヴェスタと結婚して、フレッド・ディンチ伯爵継嗣配となった。初恋を執念深く実らせて、十三歳年上の妻を手に入れることに成功したのだ。
「で、坊ちゃんは、なんでうちの店でボッチ飯なのよ?」
豪奢な巻き毛の美しい女性が、カウンターに陣取るフレッドの目の前に麦酒を置いた。商店街の酒場の女将ジャネットは、フレッドの妻であるシルヴェスタの幼馴染みだ。彼の初恋の終わりと最後の恋の始まりまでを、つぶさに見てきた人物でもある。彼女は相手が貴族だろうが頓着しないため、幼馴染みの夫の扱いもぞんざいだ。
「后子殿下主催の奥様会で、シルヴィーが城に宿泊してるんですよ」
「あら、エルったら。また王様を締め出したの?」
不貞腐れたように麦酒を呷ったフレディが言うと、ジャネットがカラカラと笑った。年齢を感じさせない美しい彼女はシルヴェスタの幼馴染みだが、同時に后子エルフィンの幼馴染みでもある。シルヴェスタとエルフィンは商店街出身の元平民で、ジャネットと学問所で机を並べた仲だった。
「陛下は宰相閣下と視察に赴かれました。今夜は殿下がおひとりで過ごされるので、シルヴィーが無聊を慰めに……」
「それで坊ちゃんは、ひとり寂しくうちで一杯引っ掛けてんのね」
「……寂しくというか、ジャネット姉さんと話がしたくて」
フレッドが気怠げに微笑んだ。飲み屋の客が遠巻きに見て、ほぅとため息を漏らす気配がする。彼は黙っていれば物憂げな美青年だ。中身を知る者たちは詐欺だと言うが、見た目は極上品である。
「その無駄な色気をダダ漏れさせるの、やめなさいよ」
「お姉さんこそ、いつまでも若くて綺麗なの、なんとかしてくださいよ」
貴族を相手にしているとは思えないぞんざいな口調で言ったジャネットに、フレッドは苦笑した。
「あのね、若くて綺麗でいるために、世の中の女がどれほど腐心してると思ってるの?」
「それはそうかもしれませんが……」
「何か言いたいことでもあるの?」
「シルヴィーが僕を受け入れてくれたことが、いまだに奇蹟のように思えてしょうがないんですよ。お姉さんはこんなに若くて綺麗なのに、どうしてシルヴィーは揺らがなかったのかな、なんて」
「坊ちゃん、あなた。あんな昔のこと、まだ根に持ってるの?」
エスターク王国の王が結婚式を挙げた十五年前のあの日、商店街で大聖堂の鐘を聞いた者は多い。フレッドとジャネットも、その中にいた。
「あの時お姉さんは、シルヴィーのお嫁さんに名乗りをあげたんですよね。僕の目には、お姉さんは綺麗で優しくて大人で……とても太刀打ちできない存在でした」
ジャネットはシルヴェスタと同い年だ。当時のシルヴェスタは国王に嫁いだ幼馴染みに失恋したばかりで、ジャネットはそれを揶揄いまじりに鼓舞して『私があんたの子ども産んであげよっか?』などと軽口を叩いたのだ。言った者も言われた者もケロリと忘れていたのだが、すぐ側で聞いていたフレッドだけがいつまでも覚えていて、ふとした時に寂しげにつぶやくのだ。
「いやぁねぇ。シルヴィーは今、坊ちゃんの嫁でしょうに。あの腹芸のひとつもできないお人好しが、坊ちゃんの傍で嫌そうな素振りでも見せた? そんなことないわよね? だったら、シルヴィーの愛を疑いなさんな」
「疑ってなんかいませんよ。ただ、ジャネット姉さんがあまりにも美しいので、僕がスニャータに留学中は気が気でなかったというだけです」
「あんたら、五十歩百歩ね」
「なんですか、それ」
「似た者夫婦ってことよ!」
ダンッと音を立てて置かれた皿には、山盛りの千切りキャベツ。そっとメンチカツが添えられている。
「お姉さん、これ、キャベツとメンチカツの配分がおかしいんじゃ」
「明日、坊ちゃんの嫁に作ってもらいなさいな」
ジャネットの笑顔が壮絶に美しい。側から見れば美男美女が見つめ合う麗しい光景だが、実際のところ、蛇に睨まれた蛙である。
「十日前にシルヴィーが愚痴ってたこと、内緒で教えてあげるわ。あのヘタレ、坊ちゃんがスニャータでモテまくってたんじゃないかって、めちゃくちゃ気にしてるわよ」
「え?」
「若くて可愛い女の子にモテモテだったんだろうなぁ、なんでこんなおっさんに捕まったんだろうなぁ、とまぁ、たいして呑めもしないのに麦酒を呑みながらふにゃふにゃと」
フレッドの動きがぴたりと止まる。口に付けたジョッキの縁から、だらだらと麦酒が溢れた。
「何やってんの、坊ちゃん! 耳まで真っ赤よ。もう酔っ払ったの⁈」
「……いえ、二十歳で酒を覚えてから、自分が呑み上戸だと知りました」
「頓珍漢なこと言ってないで、拭きなさいよ」
手渡された布巾で口を拭いながら、フレッドはジャネットをまじまじと見る。
「シルヴィー、そんなことを言ってたんですか?」
「そうよ。別に坊ちゃんのことを疑ってるとかじゃないのよ。やっぱりうんと年上で、男嫁ってのが不安なんでしょ……って、坊ちゃん、ニヤケ顔が気持ち悪いわよ」
物憂げな美青年が台無しだった。
「今すぐにシルヴィーを抱きしめたいです」
「お城に泊まりなんでしょ?」
「だから明日は、思う存分抱きしめます」
「……抱きしめるだけじゃ、済まないんじゃ?」
ジャネットのつぶやきは、上機嫌に鼻歌を歌い始めたフレッドには届かなかった──。
◇ ◇ ◇
ヘンリエッタ先生が描いてくださった人物紹介のジャネットが、あまりにも美しすぎて……
この別嬪さんに、なんでシルヴィーはフラフラいかなかったんだ? と思った次第(笑)
性格がイリス姉ちゃんとそっくりだからだよ! と、どっかから聞こえてきました(笑笑)
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