子どもじゃないから、覚悟して。~子爵の息子、肉屋の倅を追い詰める。~

織緒こん

文字の大きさ
23 / 23
番外編

どっちもどっち(発売記念SS)

 発売記念の番外編です。結婚して二年後くらいを想定しています。

 ◇ ◇ ◇



 フレッドはディンチ伯爵家の婿である。一年半前に伯爵家の養子──シルヴェスタと結婚して、フレッド・ディンチ伯爵継嗣配となった。初恋を執念深く実らせて、十三歳年上の妻を手に入れることに成功したのだ。

「で、坊ちゃんは、なんでうちの店でボッチ飯なのよ?」

 豪奢な巻き毛の美しい女性が、カウンターに陣取るフレッドの目の前に麦酒を置いた。商店街の酒場の女将ジャネットは、フレッドの妻であるシルヴェスタの幼馴染みだ。彼の初恋の終わりと最後の恋の始まりまでを、つぶさに見てきた人物でもある。彼女は相手が貴族だろうが頓着しないため、幼馴染みの夫の扱いもぞんざいだ。

后子ごうし殿下主催の奥様会で、シルヴィーが城に宿泊してるんですよ」
「あら、エルったら。また王様を締め出したの?」

 不貞腐れたように麦酒を呷ったフレディが言うと、ジャネットがカラカラと笑った。年齢を感じさせない美しい彼女はシルヴェスタの幼馴染みだが、同時に后子ごうしエルフィンの幼馴染みでもある。シルヴェスタとエルフィンは商店街出身の元平民で、ジャネットと学問所で机を並べた仲だった。

「陛下は宰相閣下と視察に赴かれました。今夜は殿下がおひとりで過ごされるので、シルヴィーが無聊を慰めに……」
「それで坊ちゃんは、ひとり寂しくうちで一杯引っ掛けてんのね」
「……寂しくというか、ジャネット姉さんと話がしたくて」

 フレッドが気怠げに微笑んだ。飲み屋の客が遠巻きに見て、ほぅとため息を漏らす気配がする。彼は黙っていれば物憂げな美青年だ。中身を知る者たちは詐欺だと言うが、見た目は極上品である。

「その無駄な色気をダダ漏れさせるの、やめなさいよ」
「お姉さんこそ、いつまでも若くて綺麗なの、なんとかしてくださいよ」

 貴族を相手にしているとは思えないぞんざいな口調で言ったジャネットに、フレッドは苦笑した。

「あのね、若くて綺麗でいるために、世の中の女がどれほど腐心してると思ってるの?」
「それはそうかもしれませんが……」
「何か言いたいことでもあるの?」
「シルヴィーが僕を受け入れてくれたことが、いまだに奇蹟のように思えてしょうがないんですよ。お姉さんはこんなに若くて綺麗なのに、どうしてシルヴィーは揺らがなかったのかな、なんて」
「坊ちゃん、あなた。あんな昔のこと、まだ根に持ってるの?」

 エスターク王国の王が結婚式を挙げた十五年前のあの日、商店街で大聖堂の鐘を聞いた者は多い。フレッドとジャネットも、その中にいた。

「あの時お姉さんは、シルヴィーのお嫁さんに名乗りをあげたんですよね。僕の目には、お姉さんは綺麗で優しくて大人で……とても太刀打ちできない存在でした」

 ジャネットはシルヴェスタと同い年だ。当時のシルヴェスタは国王に嫁いだ幼馴染みに失恋したばかりで、ジャネットはそれを揶揄いまじりに鼓舞して『私があんたの子ども産んであげよっか?』などと軽口を叩いたのだ。言った者も言われた者もケロリと忘れていたのだが、すぐ側で聞いていたフレッドだけがいつまでも覚えていて、ふとした時に寂しげにつぶやくのだ。

「いやぁねぇ。シルヴィーは今、坊ちゃんの嫁でしょうに。あの腹芸のひとつもできないお人好しが、坊ちゃんの傍で嫌そうな素振りでも見せた? そんなことないわよね? だったら、シルヴィーの愛を疑いなさんな」
「疑ってなんかいませんよ。ただ、ジャネット姉さんがあまりにも美しいので、僕がスニャータに留学中は気が気でなかったというだけです」
「あんたら、五十歩百歩ね」
「なんですか、それ」
「似た者夫婦ってことよ!」

 ダンッと音を立てて置かれた皿には、山盛りの千切りキャベツ。そっとメンチカツが添えられている。

「お姉さん、これ、キャベツとメンチカツの配分がおかしいんじゃ」
「明日、坊ちゃんの嫁に作ってもらいなさいな」

 ジャネットの笑顔が壮絶に美しい。側から見れば美男美女が見つめ合う麗しい光景だが、実際のところ、蛇に睨まれた蛙である。

「十日前にシルヴィーが愚痴ってたこと、内緒で教えてあげるわ。あのヘタレ、坊ちゃんがスニャータでモテまくってたんじゃないかって、めちゃくちゃ気にしてるわよ」
「え?」
「若くて可愛い女の子にモテモテだったんだろうなぁ、なんでこんなおっさんに捕まったんだろうなぁ、とまぁ、たいして呑めもしないのに麦酒を呑みながらふにゃふにゃと」

 フレッドの動きがぴたりと止まる。口に付けたジョッキの縁から、だらだらと麦酒が溢れた。

「何やってんの、坊ちゃん! 耳まで真っ赤よ。もう酔っ払ったの⁈」
「……いえ、二十歳で酒を覚えてから、自分が呑み上戸だと知りました」
「頓珍漢なこと言ってないで、拭きなさいよ」

 手渡された布巾で口を拭いながら、フレッドはジャネットをまじまじと見る。

「シルヴィー、そんなことを言ってたんですか?」
「そうよ。別に坊ちゃんのことを疑ってるとかじゃないのよ。やっぱりうんと年上で、男嫁ってのが不安なんでしょ……って、坊ちゃん、ニヤケ顔が気持ち悪いわよ」

 物憂げな美青年が台無しだった。

「今すぐにシルヴィーを抱きしめたいです」
「お城に泊まりなんでしょ?」
「だから明日は、思う存分抱きしめます」
「……抱きしめるだけじゃ、済まないんじゃ?」

 ジャネットのつぶやきは、上機嫌に鼻歌を歌い始めたフレッドには届かなかった──。


 ◇ ◇ ◇


 ヘンリエッタ先生が描いてくださった人物紹介のジャネットが、あまりにも美しすぎて……
 この別嬪さんに、なんでシルヴィーはフラフラいかなかったんだ? と思った次第(笑)

 性格がイリス姉ちゃんとそっくりだからだよ! と、どっかから聞こえてきました(笑笑)
感想 469

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(469件)

なぁ恋
2026.03.03 なぁ恋

スマホ書籍の中にあるから手軽に
何度も読んじゃう
そして幸せに浸るのです⟡.·
私はたまにこちらの子になるのです
✧*。٩(ˊωˋ*)و✧*。
何度読んでも好き過ぎるって悶えるの⟡.·

解除
松竹梅
2024.02.24 松竹梅

追伸、書籍だと49ページ部分です

解除
松竹梅
2024.02.24 松竹梅

今書籍読んでいまして、
1-2のフレディとアラン坊ちゃんがスニャータにいる共通の知人に連盟で手紙を書き→連名との間違いかと思われます
感想承認しなくて大丈夫です
遅ればせながら、すごく好きなお話なので書籍化嬉しかったです

解除

あなたにおすすめの小説

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像はpicrewさんよりお借りしました。