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序章
第0話 2人の日々 2/2
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「素直に食べたからな、これは勘弁してやる」
だけどそう言ったギガイは、刺さった肉を今度はレフラへ差し出さずに、自分の口元へと運んでくれた。そのまま咀嚼して、ギガイが呆気なく肉を食べ終わるのと同時に、ようやく飲み込めたレフラがパッと表情を明るくした。
「ありがとうございます!」
それに何も答えずに、ギガイが頭をポンポンと叩く。言葉はなくても、琥珀の目を柔らかく細めてくれる表情からは、特にレフラに対して呆れているようにも見えなかった。
みっともない事をしている自覚があるだけに、そんなギガイの様子にもホッとする。レフラは途端に気持ちが浮上する自分の現金さを自覚しながら、皿に残った他の野菜を食べていく。
そして全てが食べ終われば、ついにお待ちかねのデザートだ。肉で苦労した分だけ、今日はその甘みがいっそう染みてくる。
「ほら、これも食べろ」
レフラを抱えるように座り直したギガイが、目の前に自分の分も置いてくれた。フルーツのタルトに、プルンとしたゼリー。何よりも、一口大に切られたスポンジにトロリとしたクリームと、酸味の利いたフルーツのソースが掛かった物は、レフラの大のお気に入りだった。
「でも、ギガイ様にも食べて欲しいです……」
たくさん食べられるのは嬉しいけど、こんなに美味しい物なのだ。ギガイにも一緒に味わって欲しい。だから、と遠慮をして首を振るレフラの手を、ギガイが握っていた肉叉丸ごと引き寄せる。
「じゃあ、この1つは貰うおうか」
肉叉に刺さったままのスポンジを、ギガイがそのまま食べてしまった。
「私はこれだけで十分だ。あとはお前が食べたらいい」
そう言って、口の端に付いたクリームを指で拭って舐めとっていく。チラッと覗いたギガイの舌に、官能的な色香を感じて、なんだかドキドキしてしまう。レフラは何となく気まずくなって、慌てて卓上のギガイの皿に視線を逸らした。
「どうした?」
頭上でギガイが笑ったのか、小さく空気が揺れていた。もともと甘かった声が、トロリとした音に変わっていく。指の背でレフラの耳殻をなぞり出したギガイが、そのまま首筋を指先で辿る。思わず固まったレフラの反応が面白かったのか、今度はハッキリと喉の奥で笑う声が聞こえてきた。
「どうした、固まって? 私が指で食べさせてやろうか?」
「いえ! 結構です!」
そうなれば、クリームで汚れた指を最後はどうする羽目になるのか、これまでの経験で知っている。レフラは顔を赤くしながら、慌てて別のスポンジに肉叉を立てた。
「そうか、残念だ。なら、早く食べろ」
言葉に反して、少しも残念そうではない口調で、ギガイが食事を促してくる。レフラがギガイの皿を見つめたあと、伺うように見上げれば、ギガイは軽く頷いた。
しっかりと味わいながら食べていても、あっという間に自分の皿は空になる。その皿を卓上に戻して、レフラはギガイのデザートの皿に、手を伸ばした。
最後の念押しにと、見上げたギガイは鷹揚にソファーに凭れつつ、レフラの髪を弄っていた。
「本当に、食べちゃって良いんですか?」
「あぁ、お前を見ているだけで十分だ。美味しいか?」
「はい」
「それは、良かった」
フッと笑うギガイは、このデザートよりも甘い笑顔を向けている。毎日向けられるギガイの甘い態度に慣れたレフラにも、その表情は飛び抜けて甘くて。レフラは動揺して赤くなった顔を隠すように、ギガイからデザートへと視線を逸らした。
「今日はあいつらと畑の予定か?」
「はい」
「なら、髪は後ろに結った方が良いな」
恥ずかしそうに顔を伏せた事も、赤く染まった首筋も、ギガイは気が付いているはずなのに、会話はいつも通りに続いていく。
それを有り難く感じながらも、なんだか少し悔しかった。だけど、肉と引き換えに食べられた、せっかくの大好きなデザートなのだ。堪能しないと後悔すると分かっているから、今は目の前のデザートの味に集中する。
ギガイもそれを知っているからか、それ以上に何も言うような様子もない。またレフラの髪を弄りながら、幸せそうにデザートを味わう姿を黙って見つめていた。
冷酷無慈悲と謳われるギガイの目には、今日もレフラへの愛おしそうな色が浮かんでいる。そんな2人の空間は、いつも通り柔らかく、暖かい時間が流れていた。
黒族長として立つギガイや、執務室の雰囲気しか知らない者には、それは信じられない光景だろう。
ギガイを癒やし、慈しむ唯一無二の御饌という存在を、この世界の者のほとんどが知らない。だから、世界の均衡が、その御饌にどれほど支えられているのかに気が付かない。
そんな世界の中で今日も、レフラは御饌として生きていて、これからもずっと生きていく。そしてレフラの側で十分に癒やされたギガイは、また今日も、権謀術数が巡らされ、力こそが全てだと、弱さを許されない世界の中で覇王として君臨するのだ。
最後の一口を食べ終わったレフラが、「ふぅ~」と満足そうに息を吐いた。
「美味かったか?」
「はい、とっても!」
ギガイを振り返ったレフラが、満面の笑みで大きく頷く。その頬をギガイが指の腹でスリッとなぞり、そのまま顎先に指を掛けた。
「私も最後に味わうか」
「えっ、でも、全部食べちゃいました……」
ギガイの言葉に驚いたあと、申し訳なさそうに表情を浮かべたレフラにギガイが軽く口付ける。触れて離れた唇に、意味を理解したレフラがパッと顔を赤らめた。だけど、そのまま抵抗する事無く、艶めいた唇をそっと開く。
迎え入れた口腔内で、ギガイの舌が絡められる。しばらくの間、微かな水音と、レフラの甘い吐息が部屋を満たしていく。
「美味いな……」
そして最後に濡れたレフラの唇を、舌先でなぞって離れたギガイが、上機嫌そうな声で呟いた。
だけどそう言ったギガイは、刺さった肉を今度はレフラへ差し出さずに、自分の口元へと運んでくれた。そのまま咀嚼して、ギガイが呆気なく肉を食べ終わるのと同時に、ようやく飲み込めたレフラがパッと表情を明るくした。
「ありがとうございます!」
それに何も答えずに、ギガイが頭をポンポンと叩く。言葉はなくても、琥珀の目を柔らかく細めてくれる表情からは、特にレフラに対して呆れているようにも見えなかった。
みっともない事をしている自覚があるだけに、そんなギガイの様子にもホッとする。レフラは途端に気持ちが浮上する自分の現金さを自覚しながら、皿に残った他の野菜を食べていく。
そして全てが食べ終われば、ついにお待ちかねのデザートだ。肉で苦労した分だけ、今日はその甘みがいっそう染みてくる。
「ほら、これも食べろ」
レフラを抱えるように座り直したギガイが、目の前に自分の分も置いてくれた。フルーツのタルトに、プルンとしたゼリー。何よりも、一口大に切られたスポンジにトロリとしたクリームと、酸味の利いたフルーツのソースが掛かった物は、レフラの大のお気に入りだった。
「でも、ギガイ様にも食べて欲しいです……」
たくさん食べられるのは嬉しいけど、こんなに美味しい物なのだ。ギガイにも一緒に味わって欲しい。だから、と遠慮をして首を振るレフラの手を、ギガイが握っていた肉叉丸ごと引き寄せる。
「じゃあ、この1つは貰うおうか」
肉叉に刺さったままのスポンジを、ギガイがそのまま食べてしまった。
「私はこれだけで十分だ。あとはお前が食べたらいい」
そう言って、口の端に付いたクリームを指で拭って舐めとっていく。チラッと覗いたギガイの舌に、官能的な色香を感じて、なんだかドキドキしてしまう。レフラは何となく気まずくなって、慌てて卓上のギガイの皿に視線を逸らした。
「どうした?」
頭上でギガイが笑ったのか、小さく空気が揺れていた。もともと甘かった声が、トロリとした音に変わっていく。指の背でレフラの耳殻をなぞり出したギガイが、そのまま首筋を指先で辿る。思わず固まったレフラの反応が面白かったのか、今度はハッキリと喉の奥で笑う声が聞こえてきた。
「どうした、固まって? 私が指で食べさせてやろうか?」
「いえ! 結構です!」
そうなれば、クリームで汚れた指を最後はどうする羽目になるのか、これまでの経験で知っている。レフラは顔を赤くしながら、慌てて別のスポンジに肉叉を立てた。
「そうか、残念だ。なら、早く食べろ」
言葉に反して、少しも残念そうではない口調で、ギガイが食事を促してくる。レフラがギガイの皿を見つめたあと、伺うように見上げれば、ギガイは軽く頷いた。
しっかりと味わいながら食べていても、あっという間に自分の皿は空になる。その皿を卓上に戻して、レフラはギガイのデザートの皿に、手を伸ばした。
最後の念押しにと、見上げたギガイは鷹揚にソファーに凭れつつ、レフラの髪を弄っていた。
「本当に、食べちゃって良いんですか?」
「あぁ、お前を見ているだけで十分だ。美味しいか?」
「はい」
「それは、良かった」
フッと笑うギガイは、このデザートよりも甘い笑顔を向けている。毎日向けられるギガイの甘い態度に慣れたレフラにも、その表情は飛び抜けて甘くて。レフラは動揺して赤くなった顔を隠すように、ギガイからデザートへと視線を逸らした。
「今日はあいつらと畑の予定か?」
「はい」
「なら、髪は後ろに結った方が良いな」
恥ずかしそうに顔を伏せた事も、赤く染まった首筋も、ギガイは気が付いているはずなのに、会話はいつも通りに続いていく。
それを有り難く感じながらも、なんだか少し悔しかった。だけど、肉と引き換えに食べられた、せっかくの大好きなデザートなのだ。堪能しないと後悔すると分かっているから、今は目の前のデザートの味に集中する。
ギガイもそれを知っているからか、それ以上に何も言うような様子もない。またレフラの髪を弄りながら、幸せそうにデザートを味わう姿を黙って見つめていた。
冷酷無慈悲と謳われるギガイの目には、今日もレフラへの愛おしそうな色が浮かんでいる。そんな2人の空間は、いつも通り柔らかく、暖かい時間が流れていた。
黒族長として立つギガイや、執務室の雰囲気しか知らない者には、それは信じられない光景だろう。
ギガイを癒やし、慈しむ唯一無二の御饌という存在を、この世界の者のほとんどが知らない。だから、世界の均衡が、その御饌にどれほど支えられているのかに気が付かない。
そんな世界の中で今日も、レフラは御饌として生きていて、これからもずっと生きていく。そしてレフラの側で十分に癒やされたギガイは、また今日も、権謀術数が巡らされ、力こそが全てだと、弱さを許されない世界の中で覇王として君臨するのだ。
最後の一口を食べ終わったレフラが、「ふぅ~」と満足そうに息を吐いた。
「美味かったか?」
「はい、とっても!」
ギガイを振り返ったレフラが、満面の笑みで大きく頷く。その頬をギガイが指の腹でスリッとなぞり、そのまま顎先に指を掛けた。
「私も最後に味わうか」
「えっ、でも、全部食べちゃいました……」
ギガイの言葉に驚いたあと、申し訳なさそうに表情を浮かべたレフラにギガイが軽く口付ける。触れて離れた唇に、意味を理解したレフラがパッと顔を赤らめた。だけど、そのまま抵抗する事無く、艶めいた唇をそっと開く。
迎え入れた口腔内で、ギガイの舌が絡められる。しばらくの間、微かな水音と、レフラの甘い吐息が部屋を満たしていく。
「美味いな……」
そして最後に濡れたレフラの唇を、舌先でなぞって離れたギガイが、上機嫌そうな声で呟いた。
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