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本編
第11話 隠しごと3
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「だが、それをすれば、あれは間違いなく落ち込むだろうな」
「かなり喜んでいらっしゃったので、その反動は大きいかと」
「……泣かれる可能性もあるな」
「恐らく」
「……そうなれば、マズい事になるぞ……」
「……いかがされますか?」
ギガイは深く溜息を吐き出して、机に肘をついて組んだ両手に額を寄せた。
望まない事は、はね除ければ良い。そう思いつつも、そのせいでさらに望まない事態が生まれると分かっているのだ。これまでのように、あっさりと決断を下して、動きようもない。
これまでだって、取捨選択が必要な場面は多々あった。だが、常にどちらに利があるか。どちらの損が少ないか。それが基準となり、どちらの選択も不本意ならば、その大元を断ち切ってきた。
黒族長であるギガイは、それをするだけの力もあれば、許される立場でもあるのだから。そんなギガイが苦悩しつつ、選択を迫られるとは。これまで、ギガイ自身を含めた誰も、想像さえしてこなかった。
(チッ……)
苦々しく思いつつ、こうやって苦悩している時点で、もう答えは決まっている。それを分かりつつも、認めたくない想いに、みっともなく決断を引き延ばす。だが、どれだけ時間を掛けようと、答えが変わるわけじゃないのだ。しばらくの無言の後、ギガイは渋々と、重たい口を開いて、リュクトワスへ指示をした。
「当日は視察の2時間前から、裏通りを含めて、徹底的に巡回させろ」
「はい」
「あれの専属とした近衛隊の者を、1km範囲に忍ばせておけ」
「かしこまりました」
手をこまねいている様子だった側近は、ギガイの言葉に驚いたような素振りはなかった。承諾を返す姿も、いつもと何も変わらない。
(こうなる事は、予測済みという事だろうな)
むしろ、やむを得ず折れるギガイの決断への予測に加えて、そんなリュクトワスの考えをギガイが見透かしている事さえ、この男は分かっているのだろう。
ギガイは組んでいた両手を解き、コツコツと机をリズム良く叩きながら、リュクトワスを眺めた。
この音だけが響く空間で、ギガイがこんな風に感情を込めない眼を向けた時。対面する多くの者は、静寂の中の圧に耐えきれずに、一瞬だけでも目を逸らす。
だが、この男だけは違っていた。ほぼ正しく、逸らす必要が無い場面を、読み取ってくる。長く側に仕えているからだ、と本人は言うが、ギガイにすればそういう男だからこそ、側に置いている、というのが正しかった。
(不思議な男だ)
今もまた、ギガイの暴くような視線を、この男は変わらず飄々と受けていた。
「とんだ茶番だな」
互いに腹の内を知りながら、言葉には一切出さないのだ。そのくせ、知らない振りさえ貫かないのだからバカらしい。
ギガイはリュクトワスから視線を外して、卓上に積まれた書類から、1番上の書類を摘まみ取った。そのままペラペラと紙を捲りながら、ギガイが「それから」と指示を足す。
「当日は、念のためにあの3人に金を渡しておけ」
「3人へもですね。かしこまりました」
だが、今度の指示は、常に先に思考を読むようなリュクトワスにしても、全く想定していなかったのか。
諾するリュクトワスから、一瞬だけだが、考えるような気配が漂った。
(ほう、今度は読み損ねたか)
リュクトワスらしからぬ間に気が付いたギガイが、チラッと目を向ければ、リュクトワスは「申し訳ございません」と素直に頭を下げた。
本来なら、黒族長であるギガイの言葉は絶対なため、異を唱えるものでも、疑問を抱くものでもない。知るべきだと、ギガイが判断した時は、ハッキリと伝えられるのだ。
日々のリュクトワスは誰よりも、その事をよく理解している。だからこそ、潔く今の謝罪に至ったのだろう。
ギガイは何も言わないまま、リュクトワスから手元の書類へと視線を戻して、書き込みを行い、差し出した。その行動から不問とする意を汲み取ったリュクトワスは、その書類を受け取って、もう一度ギガイへ頭を下げる。
一呼吸の後、頭を上げたリュクトワスは、切り替えた顔でギガイに抱えたままだった書類を差し出してきた。
黙って書類を受け取ったギガイは、きっと端から見れば表情は変わっていないだろう。だが、渡した書類以上に増えて戻ってきた仕事に、内心で眉を顰めながら、イスの背に凭れてそのページを捲った。
そして、おもむろに口を開く。
「腕の中から離すのは望ましくないが、どうせ降ろすはめになるのだ。それなら、ここである程度の自由を与えておくのが良い、と思っての事だ」
それが、先ほどの疑問に答える言葉だと気が付いたリュクトワスから、驚いたような気配が流れた。
「かなり喜んでいらっしゃったので、その反動は大きいかと」
「……泣かれる可能性もあるな」
「恐らく」
「……そうなれば、マズい事になるぞ……」
「……いかがされますか?」
ギガイは深く溜息を吐き出して、机に肘をついて組んだ両手に額を寄せた。
望まない事は、はね除ければ良い。そう思いつつも、そのせいでさらに望まない事態が生まれると分かっているのだ。これまでのように、あっさりと決断を下して、動きようもない。
これまでだって、取捨選択が必要な場面は多々あった。だが、常にどちらに利があるか。どちらの損が少ないか。それが基準となり、どちらの選択も不本意ならば、その大元を断ち切ってきた。
黒族長であるギガイは、それをするだけの力もあれば、許される立場でもあるのだから。そんなギガイが苦悩しつつ、選択を迫られるとは。これまで、ギガイ自身を含めた誰も、想像さえしてこなかった。
(チッ……)
苦々しく思いつつ、こうやって苦悩している時点で、もう答えは決まっている。それを分かりつつも、認めたくない想いに、みっともなく決断を引き延ばす。だが、どれだけ時間を掛けようと、答えが変わるわけじゃないのだ。しばらくの無言の後、ギガイは渋々と、重たい口を開いて、リュクトワスへ指示をした。
「当日は視察の2時間前から、裏通りを含めて、徹底的に巡回させろ」
「はい」
「あれの専属とした近衛隊の者を、1km範囲に忍ばせておけ」
「かしこまりました」
手をこまねいている様子だった側近は、ギガイの言葉に驚いたような素振りはなかった。承諾を返す姿も、いつもと何も変わらない。
(こうなる事は、予測済みという事だろうな)
むしろ、やむを得ず折れるギガイの決断への予測に加えて、そんなリュクトワスの考えをギガイが見透かしている事さえ、この男は分かっているのだろう。
ギガイは組んでいた両手を解き、コツコツと机をリズム良く叩きながら、リュクトワスを眺めた。
この音だけが響く空間で、ギガイがこんな風に感情を込めない眼を向けた時。対面する多くの者は、静寂の中の圧に耐えきれずに、一瞬だけでも目を逸らす。
だが、この男だけは違っていた。ほぼ正しく、逸らす必要が無い場面を、読み取ってくる。長く側に仕えているからだ、と本人は言うが、ギガイにすればそういう男だからこそ、側に置いている、というのが正しかった。
(不思議な男だ)
今もまた、ギガイの暴くような視線を、この男は変わらず飄々と受けていた。
「とんだ茶番だな」
互いに腹の内を知りながら、言葉には一切出さないのだ。そのくせ、知らない振りさえ貫かないのだからバカらしい。
ギガイはリュクトワスから視線を外して、卓上に積まれた書類から、1番上の書類を摘まみ取った。そのままペラペラと紙を捲りながら、ギガイが「それから」と指示を足す。
「当日は、念のためにあの3人に金を渡しておけ」
「3人へもですね。かしこまりました」
だが、今度の指示は、常に先に思考を読むようなリュクトワスにしても、全く想定していなかったのか。
諾するリュクトワスから、一瞬だけだが、考えるような気配が漂った。
(ほう、今度は読み損ねたか)
リュクトワスらしからぬ間に気が付いたギガイが、チラッと目を向ければ、リュクトワスは「申し訳ございません」と素直に頭を下げた。
本来なら、黒族長であるギガイの言葉は絶対なため、異を唱えるものでも、疑問を抱くものでもない。知るべきだと、ギガイが判断した時は、ハッキリと伝えられるのだ。
日々のリュクトワスは誰よりも、その事をよく理解している。だからこそ、潔く今の謝罪に至ったのだろう。
ギガイは何も言わないまま、リュクトワスから手元の書類へと視線を戻して、書き込みを行い、差し出した。その行動から不問とする意を汲み取ったリュクトワスは、その書類を受け取って、もう一度ギガイへ頭を下げる。
一呼吸の後、頭を上げたリュクトワスは、切り替えた顔でギガイに抱えたままだった書類を差し出してきた。
黙って書類を受け取ったギガイは、きっと端から見れば表情は変わっていないだろう。だが、渡した書類以上に増えて戻ってきた仕事に、内心で眉を顰めながら、イスの背に凭れてそのページを捲った。
そして、おもむろに口を開く。
「腕の中から離すのは望ましくないが、どうせ降ろすはめになるのだ。それなら、ここである程度の自由を与えておくのが良い、と思っての事だ」
それが、先ほどの疑問に答える言葉だと気が付いたリュクトワスから、驚いたような気配が流れた。
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