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本編
第22 移り香を咎めて 1
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年季が入った扉なのだろう。
彫刻が施された重厚感のある扉は、黒族長の執務室に相応しい風合いと厳格さを感じさせ、安易に手を掛けることを躊躇わせた。
その扉の向こうは日頃から会談などを行うための部屋なのだと聞いている。ギガイ達が直接執務室から出入りするためのこの扉以外にも、通路から入るための二カ所扉が設置された部屋らしい。
その中は白族との会談が昨日に引き続いて行われている状況だった。
「レフラ様、どうしました? 今日はあまり集中出来ていらっしゃいませんね」
いつの間にかまた、扉の方を眺めてしまっていた。声にハッと我に返ったレフラへリランが苦笑を浮かべていた。
「あっ、申し訳ございません。大丈夫です」
慌ててリランが指で指していた文字の所へ目を落とす。それでも視線がいたずらに文字を追うだけで、一向に内容が頭に入ってくる様子がなかった。
「……すみません、やっぱり少しお休みをします…」
「そうですね。闇雲にやるよりは、出来ない時にはいっそう止めて別なことをする方が、効率が良かったりもしますから」
黒族の歴史や文化、制度について知りたいと望んでリランを教師役としてそれに付き合わせていたのはレフラの方だった。
「私の方からお願いしたのに、すみません……」
「そういう日もありますから、気にしないで下さい」
それなのにこんな時間を無駄にさせてしまった状況に、リランの言葉に頷きながらもレフラは項垂れてしまっていた。
でも、あの扉の向こうが何をしていても気になってしまうのだ。ギガイの首筋から感じた官能的な移り香がどうしても頭を過ってしまう。
昨日も聞けばギガイはきっと教えてくれただろう。でも、誰よりも大切にされていると分かっている。特別な存在だとハッキリと周りへも示して貰えているのだから。自分にだってできることが見つかって劣等感さえなくなれば、これぐらい気にしないでもいられると思っていたのだ。
(それなのに、どうしてまだこんなにモヤモヤするんでしょう……)
昨日ギガイから告げられた言葉は、白族の族長と自分を比べて感じた劣等感をしっかりと払拭してくれたはずなのに、今日もまた言いようのない感情が湧き上がってしまっていた。レフラはキュッと唇を噛みしめた。
1時間以上前から何の動きも見られない、重々しい扉へ目を向ける。
眺めていたって扉が早く開く訳ではない。でも開く瞬間を見逃したくない、とでも無意識に思っているのかもしれない。気が付けばさっきからレフラはジッと扉を眺めていた。
カチャッーーー。
そんなレフラの前で、ようやく扉の方から音がする。
開き始めた扉を確認すれば、そのまま座ってなんていられなくて、タタッと思わず駆け寄った。背後でリラン達いつもの3人が、レフラのそんな姿を小さく笑ったようだった。でも、今のレフラにはあの匂いのことが気がかりで、それを確認する気にもならないのだ。
「どうした?」
扉の前に人の気配を感じていたのだろう。
訝しげに扉を開いたギガイが、すぐ目の前に立っていたレフラを確認してわずかに目を大きくした。
そんなギガイの方から、また昨日と同じ香りがする。
モヤモヤとした気持ちがレフラの中でますます膨れ上がっていき、レフラは眉を顰めずには居られなかった。
洋服への移り香だけのことなのか。それとも昨日のように首筋からも感じる香なのか。体格差がありすぎて、ギガイの前に立つレフラには判断ができない状態なのだ。
「ギガイ様」
んっ、とレフラが腕を伸ばす。いつもなら、ギガイのそばに居るだけで抱き上げてくれる腕なのに、なぜかこの匂いを感じる時には伸ばされない腕が不満だった。
だからこそレフラの方から求めて伸ばした腕だったのに。
「ちょっと待っていろ」
昨日に引き続き、指先にキスを落としただけで抱き上げてくれる気はないようなのだ。その状況にレフラの中で不満が不安に変わっていく。
昨日のように抱き上げてくれないギガイからは、やっぱり昨日のようにその首筋にも移り香がする状態なのかもしれなかった。
レフラは離れようとしたギガイの指先を握りしめた。
彫刻が施された重厚感のある扉は、黒族長の執務室に相応しい風合いと厳格さを感じさせ、安易に手を掛けることを躊躇わせた。
その扉の向こうは日頃から会談などを行うための部屋なのだと聞いている。ギガイ達が直接執務室から出入りするためのこの扉以外にも、通路から入るための二カ所扉が設置された部屋らしい。
その中は白族との会談が昨日に引き続いて行われている状況だった。
「レフラ様、どうしました? 今日はあまり集中出来ていらっしゃいませんね」
いつの間にかまた、扉の方を眺めてしまっていた。声にハッと我に返ったレフラへリランが苦笑を浮かべていた。
「あっ、申し訳ございません。大丈夫です」
慌ててリランが指で指していた文字の所へ目を落とす。それでも視線がいたずらに文字を追うだけで、一向に内容が頭に入ってくる様子がなかった。
「……すみません、やっぱり少しお休みをします…」
「そうですね。闇雲にやるよりは、出来ない時にはいっそう止めて別なことをする方が、効率が良かったりもしますから」
黒族の歴史や文化、制度について知りたいと望んでリランを教師役としてそれに付き合わせていたのはレフラの方だった。
「私の方からお願いしたのに、すみません……」
「そういう日もありますから、気にしないで下さい」
それなのにこんな時間を無駄にさせてしまった状況に、リランの言葉に頷きながらもレフラは項垂れてしまっていた。
でも、あの扉の向こうが何をしていても気になってしまうのだ。ギガイの首筋から感じた官能的な移り香がどうしても頭を過ってしまう。
昨日も聞けばギガイはきっと教えてくれただろう。でも、誰よりも大切にされていると分かっている。特別な存在だとハッキリと周りへも示して貰えているのだから。自分にだってできることが見つかって劣等感さえなくなれば、これぐらい気にしないでもいられると思っていたのだ。
(それなのに、どうしてまだこんなにモヤモヤするんでしょう……)
昨日ギガイから告げられた言葉は、白族の族長と自分を比べて感じた劣等感をしっかりと払拭してくれたはずなのに、今日もまた言いようのない感情が湧き上がってしまっていた。レフラはキュッと唇を噛みしめた。
1時間以上前から何の動きも見られない、重々しい扉へ目を向ける。
眺めていたって扉が早く開く訳ではない。でも開く瞬間を見逃したくない、とでも無意識に思っているのかもしれない。気が付けばさっきからレフラはジッと扉を眺めていた。
カチャッーーー。
そんなレフラの前で、ようやく扉の方から音がする。
開き始めた扉を確認すれば、そのまま座ってなんていられなくて、タタッと思わず駆け寄った。背後でリラン達いつもの3人が、レフラのそんな姿を小さく笑ったようだった。でも、今のレフラにはあの匂いのことが気がかりで、それを確認する気にもならないのだ。
「どうした?」
扉の前に人の気配を感じていたのだろう。
訝しげに扉を開いたギガイが、すぐ目の前に立っていたレフラを確認してわずかに目を大きくした。
そんなギガイの方から、また昨日と同じ香りがする。
モヤモヤとした気持ちがレフラの中でますます膨れ上がっていき、レフラは眉を顰めずには居られなかった。
洋服への移り香だけのことなのか。それとも昨日のように首筋からも感じる香なのか。体格差がありすぎて、ギガイの前に立つレフラには判断ができない状態なのだ。
「ギガイ様」
んっ、とレフラが腕を伸ばす。いつもなら、ギガイのそばに居るだけで抱き上げてくれる腕なのに、なぜかこの匂いを感じる時には伸ばされない腕が不満だった。
だからこそレフラの方から求めて伸ばした腕だったのに。
「ちょっと待っていろ」
昨日に引き続き、指先にキスを落としただけで抱き上げてくれる気はないようなのだ。その状況にレフラの中で不満が不安に変わっていく。
昨日のように抱き上げてくれないギガイからは、やっぱり昨日のようにその首筋にも移り香がする状態なのかもしれなかった。
レフラは離れようとしたギガイの指先を握りしめた。
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