泡沫のゆりかご 一部・番外編 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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第一部

寸刻の微睡み 1

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規則正しい柔らかな音が、止む事無く聞こえてくる。初めて耳にしたはずの音なのに、なぜかレフラは懐かしさを感じていた。

(この音は……?)

夢現な頭では、初めて耳にする音の正体など分からなかった。起きて確かめたいと思いながらも、この暖かい微睡みから抜け出すのがもったいなくて、正反対の欲望にむずがるように、レフラがもぞもぞと身じろいだ。

(……?)

そのまま寝返りを打とうとした身体を何かがしっかりと捕らえている感覚に、ようやくおかしいと感じたレフラがしぶしぶ瞼を持ち上げる。ここは一体どこなのか。見覚えがあるようで見慣れない天井にゆっくりと瞬きを繰り返す。それでもまだぼんやりとした頭では、なかなか把握が出来なかった。

取りあえず捕らえているのは何なのか。いやそれより先にあの音の正体から確認するべきか。起き上がろうにも動けない身体のまま、視界だけを彷徨わせた。

パチパチと何度も目を瞬かせる。ようやく焦点が合った視界に、日に焼けた肌が飛び込んできた。

(あぁ、そういえば)

昨夜の事を思い出し、レフラがそのまま視線を上げていく。不思議と心は凪いでいた。想像通り隆起した咽頭から精悍な顎先へと繋がって、目が閉じられた分だけ険の取れた、雄々しい顔がそこにはあった。

どうにか身体を身じろがせ、レフラがギガイの胸に触れてみる。指先に伝わる柔軟な筋肉の弾力とわずかな拍動。夢現に聞いていた音の正体を思いがけずに知ってしまえば、いまだに眠るギガイに複雑な感情が湧き上がる。

(ずっと抱いて寝ていたんですか)

御饌として嫁いだ身とはいえまだ得たいの知れない相手なはずだ。そんな者の傍で眠る姿は不用心と思われた。

(よほど侮られているのでしょうか)

まぁ実際に寝込みを襲ったとしても、黒族長であるギガイをレフラがどうこうできるとは思えない。それに加えて黒族の庇護を受けている立場なのだ。跳び族としてもギガイを襲う利が全くない。

(まあ少なくとも、足下を見られていてもおかしくないですが)

だが屈辱的な扱いからの始まりだったとしても、ここでギガイから与えられる一つ一つが隷属にしては贅沢すぎるのだ。

性格だって、もっと噂通りの残虐な人だと思っていた。だが、この数日の間にレフラを抱き寄せるギガイの腕は、施す淫辱に反して誰よりも優しかった。

素直であれば、大切にするという言葉。あれがこの状況の全てを表しているという事だろうか。

実際にレフラ自身が我を張らなければ、慣れない性的な行為にだって、手心を加えてくれる様子があった。
後孔や奥に感じていた痛みさえも、昨日の薬でだいぶましになっている。

(あれからなし崩しに抱かれるのだと思っていたのに……)

薬を纏った指の挿入の辛さに、再び縋るように泣き崩れて、気が付けば今だったのだから。本当に薬を入れるだけで許されて、そのまま抱き寄せられて眠ったという事なのだろう。

何があっても果たさなければ成らない務めなのだ。辛い目に遭わずに済むならそれが良い。その為にも。

(素直で良い御饌とはどういう事だろう)

望まれる姿であるべきだと思うのに、定めを前にしても歪な身体にしか成れなかった自分が及第点を取れる自信がなかった。

(間違いなく主のモノさえ受け入れきれないような、御饌ではないでしょうね)

務めが全く果たせずに、ただ泣くことしか出来なかった事を思い出せばひどく情けない。これでは何の価値も自分には残らないのだ。

(誰も子を成す事以外は求めていないのに……)

馬車の中で見た幼い頃の夢が脳裏へ浮上して、レフラの中に冷たい何かが落ちていく。振り切るように首を振る。

方法はどうであれ、跳び族を安泰へ導く役目を担っているはずだ。それは十分に価値がある事なのだから。だからまずは務めが果たせないままの自分ではダメなのだ。レフラはキュッと手を握った。
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