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本当のこと
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衣装合わせを終えて、僕たちは新居へと向かった。
「ねぇ、こんなに全部買い換えなくても良かったんじゃない?台所用品なんかは、使い勝手のいいものもあるんだけど。
それにしても、普通はできるだけあるものを使おうとするわ。こういうとこ、お金持ちってついていけないのよね、なんだか不安」
パソコン・オーディオなどの僕が趣味で買い集めたものは別として、家電製品や家具の類は全て新しいものを買って新居に配置させたし、掃除もクリーンサービスを手配し、結婚式直前に届く彼女の荷物の荷解きも業者に手配済みだ。本当は荷造りにも派遣させると言ったのだが、
「思い出をかみ締めながらゆっくり荷造りするのも良いものよ」
とやんわり拒否された。小マメな海は本当はそうして人に介在されるのを嫌うのは知っているけれど、これ以上ばたばたと準備に追われ、また海の体調が悪くなりでもしたらと僕は不安で仕方ないのだ。
「使い勝手の良いものがあるんなら、僕に言ってよ。僕がここに運んでおくよ。不安だなんて言わないで欲しいな。僕の生まれた環境は僕にもどうしようもないんだから」
だけど、そういう心配も彼女は嫌がることも解っているから、家のせいにして、僕はそう返した。
それから徐に僕はこう言った。
「僕、どうしても海に話して置かなきゃならない事があるんだ。」
今日、久米さんと僕たちが結婚する事になった経緯のことで話したとき、ようやく決心が着いた。やっぱりこの事は一緒になる前に話して置かなきゃいけない」
「何?そんなに改まって」
海は僕の真面目くさった顔に吹き出しながら返した。
「ねぇ、海は…健史の本名を知ってる?」
そして、僕は彼女にこう尋ねた。
「ホント何よ?!健史に梁原健史以外の名前でもあるって言うの?」
そう言うと海は大笑いした。だけど、
「それは通称名だよ。梁原健史は通称名、本名は梁健史彼は在日外国人だってこと、知ってた?」
僕の続く発言を聞くと、海の顔は一瞬にして青ざめた。
-*-*-*-*-
「彼は三世だし、もっと正確に言うと父親は日本人だから、本当は国籍の問題は無いはずなんだけどね。彼の母親は父親に内緒で彼を生んで育てたらしいから、彼の国籍は母親のものと同じなんだよ」
「どうして……」
「彼の父親が代々高名な政治家の家系だったからだよ。父親は長男ではなかったし、その当時は政治の世界に興味もなかったらしいから。彼らはお互いを知る前に恋に堕ちた。
母親は一般人ならともかく、政治家の一族の妻に外国籍の自分がなれる訳がないと、何も言わずに父親の前から姿を消したらしいよ。だから、父親はたぶん、彼女が外国籍であることも、健史という存在も知らない。
案の定、その後父親は政界に打って出たから、彼女のその選択は間違ってなかったと思うけど。名前を聞けば知ってるんじゃないかな。国会議員の諏訪正治」
僕は僕が知っているだけの健史の出生の秘密を海に告げた。
「えっ、あの諏訪正治……」
有名な政治家の名前に彼女は軽く声を上げた。
「でも、僕が本当に言いたいのは、健史の秘密なんかじゃないんだ。それは、僕自身のこと……
驚かないで聞いてくれる? 僕には……子供をつくる能力がないんだ。医者に僕の精子の数は、普通成人男子の10%あるかないかだと宣告された。実はあんなふうに女性を自分の部屋に上げたのも、海が来たあの日、あの時一回こっきりだったんだ。あの日はまさにその宣告を受けた日でね、もう何もかもどうでも良くなっていたんだ」
海は驚いてしまって、もう声も出ないような状態だった。安定期に入っているとは言え、まだこの話はすべきではなかったのかもしれない。だけど、今話さないと僕は一生話せないと思った。
「でね、僕……別れるって健史に電話したんだ。そのときに正直に彼にだけはその事を話した。彼が君を好きな事がわかってたから、同じ誰かに取られるのならいっそのこと健史が良いって、そう言った。そしたら、『俺と一緒じゃ倉本は絶対に幸せになれない!』って怒鳴ったんだ」
聞いている海の眼に涙があふれてくるのが判った。
「なのに、あの日―-健史がいなくなったあの日に彼の部屋の前で海を見たときはホントに胸がつぶれそうになったよ。あんな事言った癖にやっぱりって……って。だから……」
そこで僕の声も不覚にも涙で途切れた。
「だから……海を頼むという手紙を読んだ時、もし健史が戻ってきたらどうするかなんて思わずにもう、がむしゃらに自分のものにしようとしてた。君の意志なんか全く無視して、いきなりご両親に結婚させてくださいだなんて言って、さっさと僕の方でも承諾を取り付けて……もう彼が思い直して戻ってきたって絶対に君を返したりしてやらないんだって……」
そして、僕は首を垂れて言った。
「ゴメン、たぶん海は健史を待っていたと思うけど、僕は心のどこかでどうか二度と現れてくれるなと思ってた。僕はどんなに今から頼まれたって、君も子供も返却なんかしないって」
「ありがとう……」
すると、海は僕にお礼を言ったので、僕は驚いて顔を上げた。
「ありがとう、龍太郎、正直に言ってくれて。私、やっと解った……健史の本当の気持ちが。私……私……本当に嬉しい」
「どうしてお礼なんて……僕があんな事さえ言わなければ、僕と別れた後、君たちは自然に結ばれて……彼は拘っていたみたいだけど、国籍の問題だって子供ができたと分かれば乗り切れたんじゃないの?」
「ううん、そんなんじゃないの。龍太郎は解らなくて良いの。私は健史の本当の気持ちが解ったから。本当に愛してるってわかったから。それで、充分。龍太郎も、健史との子供だって分かっててそれでも結婚して欲しいって言ってくれた訳が分かったから」
海は涙を流しながら、何度も頷きそう言った。
「健史が僕たちのことを my precious――僕の宝物って言ってくれたように、僕にとってもこの子はかけがえのない宝物なんだよ」
そして、僕は海をそっと抱きしめて言った。
「3人で世界一幸せになろうよ。」
-*-*-*-*-
でも、僕にまだ1つだけ気になることが残った。
「ねぇ、それならさっき、どうして健史の国籍の事をいた時、顔色を変えたの?」
僕はそれを率直に尋ねた。
「私はそんなの何とも思ってないの。でも、親たちはね…ぎりぎり戦争を体験している世代だもの、そういう軋轢もいっぱい見てきたのよ。常々、『二つの祖国を持つのは不幸だから』ってはっきり言われてたわ。私、健史がそうだとも知らなかったし、彼にはそんな話一度もしたことはなかったんだけど…でも、感づいちゃったのか、それともお母さんが何か言ったのかなとか…そう考えたら悲しかったの」
「そう」
「もう今は平成なのにね」
海はぽつりとそう言った。
「そうだね。だけど、僕も健史に言ったんだ。『関わる役者が代わらないと時が昭和から平成になろうが何も変わらないんだって』そうずっと思ってた」
海ははっとしたように僕を見つめた。
「でも、いつの間にか時は経つよ。そして時代は平成に……僕たちの時代になっていく。これからは変わるよ。ううん、僕たちが変えよう」
僕の告白を海が本当のところどういう風に受け止めてくれたのかは正直分からない。でも、何だか、それからの海は全てを吹っ切ったように僕には思えた。
そして、彼女は妊娠6ヶ月の終わりの頃、僕の許に花嫁としてやってきてくれた。
当日はかつての友人が挙って祝ってくれた。当然その中には健史の姿はなかった。
ありがとう君がいたから今日の日が迎えられた。
君にとっては世界の滅亡の日なのかもしれないけれど。
どこで何をしているの、今。
せめて一言お礼が言いたい。
僕は誰にも聞こえないように、そっとその言葉を舌に乗せた。
「ねぇ、こんなに全部買い換えなくても良かったんじゃない?台所用品なんかは、使い勝手のいいものもあるんだけど。
それにしても、普通はできるだけあるものを使おうとするわ。こういうとこ、お金持ちってついていけないのよね、なんだか不安」
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「思い出をかみ締めながらゆっくり荷造りするのも良いものよ」
とやんわり拒否された。小マメな海は本当はそうして人に介在されるのを嫌うのは知っているけれど、これ以上ばたばたと準備に追われ、また海の体調が悪くなりでもしたらと僕は不安で仕方ないのだ。
「使い勝手の良いものがあるんなら、僕に言ってよ。僕がここに運んでおくよ。不安だなんて言わないで欲しいな。僕の生まれた環境は僕にもどうしようもないんだから」
だけど、そういう心配も彼女は嫌がることも解っているから、家のせいにして、僕はそう返した。
それから徐に僕はこう言った。
「僕、どうしても海に話して置かなきゃならない事があるんだ。」
今日、久米さんと僕たちが結婚する事になった経緯のことで話したとき、ようやく決心が着いた。やっぱりこの事は一緒になる前に話して置かなきゃいけない」
「何?そんなに改まって」
海は僕の真面目くさった顔に吹き出しながら返した。
「ねぇ、海は…健史の本名を知ってる?」
そして、僕は彼女にこう尋ねた。
「ホント何よ?!健史に梁原健史以外の名前でもあるって言うの?」
そう言うと海は大笑いした。だけど、
「それは通称名だよ。梁原健史は通称名、本名は梁健史彼は在日外国人だってこと、知ってた?」
僕の続く発言を聞くと、海の顔は一瞬にして青ざめた。
-*-*-*-*-
「彼は三世だし、もっと正確に言うと父親は日本人だから、本当は国籍の問題は無いはずなんだけどね。彼の母親は父親に内緒で彼を生んで育てたらしいから、彼の国籍は母親のものと同じなんだよ」
「どうして……」
「彼の父親が代々高名な政治家の家系だったからだよ。父親は長男ではなかったし、その当時は政治の世界に興味もなかったらしいから。彼らはお互いを知る前に恋に堕ちた。
母親は一般人ならともかく、政治家の一族の妻に外国籍の自分がなれる訳がないと、何も言わずに父親の前から姿を消したらしいよ。だから、父親はたぶん、彼女が外国籍であることも、健史という存在も知らない。
案の定、その後父親は政界に打って出たから、彼女のその選択は間違ってなかったと思うけど。名前を聞けば知ってるんじゃないかな。国会議員の諏訪正治」
僕は僕が知っているだけの健史の出生の秘密を海に告げた。
「えっ、あの諏訪正治……」
有名な政治家の名前に彼女は軽く声を上げた。
「でも、僕が本当に言いたいのは、健史の秘密なんかじゃないんだ。それは、僕自身のこと……
驚かないで聞いてくれる? 僕には……子供をつくる能力がないんだ。医者に僕の精子の数は、普通成人男子の10%あるかないかだと宣告された。実はあんなふうに女性を自分の部屋に上げたのも、海が来たあの日、あの時一回こっきりだったんだ。あの日はまさにその宣告を受けた日でね、もう何もかもどうでも良くなっていたんだ」
海は驚いてしまって、もう声も出ないような状態だった。安定期に入っているとは言え、まだこの話はすべきではなかったのかもしれない。だけど、今話さないと僕は一生話せないと思った。
「でね、僕……別れるって健史に電話したんだ。そのときに正直に彼にだけはその事を話した。彼が君を好きな事がわかってたから、同じ誰かに取られるのならいっそのこと健史が良いって、そう言った。そしたら、『俺と一緒じゃ倉本は絶対に幸せになれない!』って怒鳴ったんだ」
聞いている海の眼に涙があふれてくるのが判った。
「なのに、あの日―-健史がいなくなったあの日に彼の部屋の前で海を見たときはホントに胸がつぶれそうになったよ。あんな事言った癖にやっぱりって……って。だから……」
そこで僕の声も不覚にも涙で途切れた。
「だから……海を頼むという手紙を読んだ時、もし健史が戻ってきたらどうするかなんて思わずにもう、がむしゃらに自分のものにしようとしてた。君の意志なんか全く無視して、いきなりご両親に結婚させてくださいだなんて言って、さっさと僕の方でも承諾を取り付けて……もう彼が思い直して戻ってきたって絶対に君を返したりしてやらないんだって……」
そして、僕は首を垂れて言った。
「ゴメン、たぶん海は健史を待っていたと思うけど、僕は心のどこかでどうか二度と現れてくれるなと思ってた。僕はどんなに今から頼まれたって、君も子供も返却なんかしないって」
「ありがとう……」
すると、海は僕にお礼を言ったので、僕は驚いて顔を上げた。
「ありがとう、龍太郎、正直に言ってくれて。私、やっと解った……健史の本当の気持ちが。私……私……本当に嬉しい」
「どうしてお礼なんて……僕があんな事さえ言わなければ、僕と別れた後、君たちは自然に結ばれて……彼は拘っていたみたいだけど、国籍の問題だって子供ができたと分かれば乗り切れたんじゃないの?」
「ううん、そんなんじゃないの。龍太郎は解らなくて良いの。私は健史の本当の気持ちが解ったから。本当に愛してるってわかったから。それで、充分。龍太郎も、健史との子供だって分かっててそれでも結婚して欲しいって言ってくれた訳が分かったから」
海は涙を流しながら、何度も頷きそう言った。
「健史が僕たちのことを my precious――僕の宝物って言ってくれたように、僕にとってもこの子はかけがえのない宝物なんだよ」
そして、僕は海をそっと抱きしめて言った。
「3人で世界一幸せになろうよ。」
-*-*-*-*-
でも、僕にまだ1つだけ気になることが残った。
「ねぇ、それならさっき、どうして健史の国籍の事をいた時、顔色を変えたの?」
僕はそれを率直に尋ねた。
「私はそんなの何とも思ってないの。でも、親たちはね…ぎりぎり戦争を体験している世代だもの、そういう軋轢もいっぱい見てきたのよ。常々、『二つの祖国を持つのは不幸だから』ってはっきり言われてたわ。私、健史がそうだとも知らなかったし、彼にはそんな話一度もしたことはなかったんだけど…でも、感づいちゃったのか、それともお母さんが何か言ったのかなとか…そう考えたら悲しかったの」
「そう」
「もう今は平成なのにね」
海はぽつりとそう言った。
「そうだね。だけど、僕も健史に言ったんだ。『関わる役者が代わらないと時が昭和から平成になろうが何も変わらないんだって』そうずっと思ってた」
海ははっとしたように僕を見つめた。
「でも、いつの間にか時は経つよ。そして時代は平成に……僕たちの時代になっていく。これからは変わるよ。ううん、僕たちが変えよう」
僕の告白を海が本当のところどういう風に受け止めてくれたのかは正直分からない。でも、何だか、それからの海は全てを吹っ切ったように僕には思えた。
そして、彼女は妊娠6ヶ月の終わりの頃、僕の許に花嫁としてやってきてくれた。
当日はかつての友人が挙って祝ってくれた。当然その中には健史の姿はなかった。
ありがとう君がいたから今日の日が迎えられた。
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